第55話


 広間から見える通路のすぐ傍に、何かの文字が書かれているのを発見した。


 発見したんだが……。


「何て書いてあるか読めねぇ……」


 経年劣化か、あるいは死霊術師ネクロマンサーが細工でもしたか、文字が掠れてしまっている。


「ここだけ何か材質違うよなぁ……てか誰かメンテナンスとかしてないのか?」


 文字欠けに気付いていないのか、気付かぬ振りをしていたのか。


 下水には野生のスライムとか居るし、傭兵の行方不明事件からして、その辺は傭兵ギルドの管轄だったのかもしれない。


杜撰ずさんな仕事しやがって……現場猫案件だろコレ」


 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、触手を伸ばした四方の探索を進める。


 僅かにでも見覚えのあるものがあれば良いのだが、道中のゾンビは全部吸収してしまっている。


「失敗したかなぁ……でもなぁ……」


 魔力吸収してなかった負けてたかもしれないし……。


 不安を紛らわせるために言い訳と独り言を延々と続けているが、探索に伸ばしていた触手が人の声を拾う。


「(おっ、距離と方角は?)」


 もしかしたら下水道に詳しい聖女組が、そうでなくともゾンビ化も眷属化もしてない人が来たのかもしれないと希望が湧いたが、すぐにその希望はへし折られた。


 見覚えのある魚面の群れが、何事かを喋りながらこちらに向かって歩いて来る。


「(教会に全戦力投入したって訳じゃないのか)」


 注意深く潜伏し、隠れながら観察する。


 一際目立つ眷属が奴らの中心に居た。


 黒の下地に金の刺繍で、何かの紋様が描かれた豪華な服を着ている。


 あと手には杖を持ち、先端には謎に青く光る宝石がついている。


 周囲を普通っぽい恰好の眷属に囲まれているが、忙しなく目玉を動かし、時折背後を振り返ったり、どこか戦々恐々としているように見える。


「今はどの辺りだ……?」


 中心の偉そうなのが他の眷属に問う。


 偉そうな眷属……エラ眷属とでも呼ぶか。


「落ち着いてください司祭様。その質問はもう……」


「うるさい! 私の質問に答えろ!」


 エラ眷属を宥めるように冷静な眷属が声をかけたが、ヒステリックを起こしたエラ眷属が冷静な眷属を手に持った杖で殴り飛ばす。


 そのまま水路に落ちる眷属。


 頭を強打され平衡感覚が狂いでもしたか、もがくばかりで上手く這い上がれないようだ。


「(何か知らんが相当追い詰められてるな……教会の方は上手くいったのか?)」


 他の眷属が「町の中心付近です」とエラに答える。


 エラがこれ以上暴れないようにするためか、他の眷属も次々と声をかける。


「もう少し進めばあの死霊術師が居るはずです」「我らを助ける名誉を与えましょう」「司祭様のお言葉であれば無碍になどできるはずもありません」などなど……。


 散々おべっかを言われてエラは落ち着いたのか、鷹揚に頷くと「行くぞ」と言って歩き出す。


「あの者はいかがなさいましょう?」


 その言葉に、水路から這う這うの体で上がった眷属をチラリと一瞥するエラ。


「……誰か引っ張ってこい」


 自分の取り巻きが減るのが嫌なんだろうな。


 お優しい眷属の一人が、殴られた眷属の介抱に向かった。


「(どうやらここに来るらしいな)」


 そして取り巻きは下水道の地図が頭の中にあると、先ほどの会話から分かる。


「(吸収するしかねぇ)」


 急ぎ脳を強化して作戦を立てる。


 ……良いアイデアが浮かんできた。


 準備を済ませて、奴らがここに来るまで待つとしよう。




 カツカツと足音が近づいて来る。


「……死霊術師か?」


 なぜ疑問形で声を掛けられるのか。


 絶対居るとか何だとか、めっちゃ言いながら来てたじゃん。


 顔が違うからか?


「おや、こんな所に来るなんて、もしかして失敗でもなさいました?」


 俺の喉からヤギナの声が出る。


 声帯を模倣したのだ。


 あいつ、ゾンビ越しに話している時にも声音が変わらなかったからな。


 口調はアドリブだが、たぶんそんなに仲良くないだろうし、バレないだろう。


 バレないでくれ。


「その声……貴様で間違いないようだな」


 ビンゴ。


 良かった、違ってたら即殲滅する作戦に切り替える所だった。


「随分と何かに怯えていらっしゃるようで」


「黙れ!」


 軽く煽ってやるだけでヒスを起こして叫ぶエラ。


 しかし前に立つ取り巻きを押しのけたりは絶対にしなさそうだ。


「貴様には我々に協力してもらうぞ……!」


「ふぅ……」


 必死な上から目線に対して沸き上がる嘲笑を抑え、わざとらしくため息を吐く。


 追加で目元を指で覆いながら、ゆっくりと首を振り、ジェスチャーでも「呆れ」を示してやる。


「何だその態度は!? 立場が分かっているのだろうな!?」


「ええ、分かってますよ。こちらの提供する利益に対し、貴方達は対価を支払えず、負債を溜めている一方であると」


 いつぞやのやり取りから察した内容だが、そこそこ効果があったようだ。


 言葉に詰まり、口を魚らしく開閉パクパクさせている。


「……支払う能力はある」


 明らかに語気が弱まっている。


「何を根拠に? 貴方達は今、敗走しているように見えますが?」


「違う! 違うのだ……我々には、準備……そう、次の準備が必要なのだ」


 敗北を認めたくないだけの言葉に聞こえるな。


 内心でエラを冷笑しつつ、教会が上手くやれた確信を得てホッとする。


「取引とは信用があって成り立つものです。貴方は最初の取引を覚えていますか?」


 どんな繋がりがあったのかも把握しておきたい。


「……ああ、貴様の技術は空の器を保存するのに大いに役立った。見返りとして、我らは貴様の敵を討った」


 へぇ、そんな取引あったんだ。


 死霊術師の裏に誰か居るのか、居ないのかを聞きたかったが、下手に話の流れを変えるわけにもいかない。


「そうです。かつては対等な取引ができていましたが、今はどうでしょうか?」


 俺が何も知らぬことなどおくびにも出さず、したり顔で続ける。


「貴様は敵の正体を伏せていた……死神の聖女などと……アレを殺すのにどれ程の被害が出たと思っている!」


 ……今、聞き捨てならない情報が出てきたな。


 まあいい、現物が居るし確認は後だ。


 今は死霊術師ロールプレイを続けよう。


「その被害を十二分に補填できるだけの対価は支払ったつもりですが?」


「だが!」


「私はの話をしているんです」


 俺の冷たい対応に言葉を詰まらせ、こちらを睨んでくるエラ。


「……何が望みだ」


「そうですね……」


 エラ達が来た通路を見張らせている触手が、後ろから追いついてきた殴られ眷属と優眷属を捉える。


 先ほどまでの会話が聞こえていれば好都合なんだが。


 まあいい、頃合いだ。


「この身体の実験台になっていただきましょう」


 右腕をスライムにして伸ばし、膨張させて取り巻きを呑み込む。


 取り込んだ対象はエラの前に立っていた眷属。


 見せつけるように溶かしてやる。


「貴様ァ! 裏切る気か、死霊術師!?」


 エラが頑張って取り繕っていた尊大さなど消え失せ、裏返った声で叫ぶ。


 ああ、その言葉を言って欲しかった。


 他の取り巻きの頭上に、柱の上の方に隠していたゾンビ人形を落とす。


 前に作ったソノヘン人形と同じ要領で作っておいた。


 膨張させたので密度はスカスカだが、包み込んで溶解する分には問題ないだろう。


「ぎゃああああああ、ああぁぁ……ぁ……」


 無数の悲鳴が広間に木霊する。


 先に死なせると精神が夢に逃げられるとかいう話なので、生かしながら溶かしたのだが、大変うるさい。


 取り巻きが無残に溶かされていくのを見たエラは、腰を抜かしてしまったようだ。


「ひっ! な、なんだ……何をしたんだ!? 答えろ死霊術師!」 


「『百聞は一見に如かず』という言葉をご存知ですか?」


 たぶん『溶解』は精神も溶かせる。


 精神生命体らしいこいつらでも殺せる……はず。きっと。


 吸収せずに、溶かした取り巻き共を見せつける。


 肉が、血が、骨が、内容物が、精神が、魔力が、生き物を構築するおおよその全てが境界を失い、混沌と溶け合う様は、さながらこの世の地獄に見えるだろう。


「所詮この世は諸行無常。貴方も例外ではない。これはただ、それだけの事なのです」


「い……」


 混沌の中に、エラを足から呑み込んでいく。


「いやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!!」


 魂からの叫びと言うものがあるのなら、きっと今のがそうだろう。


 そう思えるくらいの断末魔の叫びを上げてくれた。


 わざわざこんな悪役じみた真似をしたのには当然理由がある。


 通路に目を向けると、硬直したまま動けないでいる眷属が二匹。


「逃げろ!」


 優眷属が殴られ眷属を通路の奥に突き飛ばし、彼は逆に突撃してきた。


「貴方もこの中の一つにしてあげましょう。置いて行かれるのは寂しいでしょう?」


 ちょっとノッてきたので、それっぽい台詞で眷属を迎える。


「化け物になるのが貴様の目的かっ!?」


「何も知る必要はありませんよ」


 この眷属も、何の抵抗を許す間もなく包み込み、溶かす。


 殴られ眷属だが……彼は無事に逃げ出せたようだ。


 きっと「死霊術師が裏切った」という情報を持ち帰ってくれるだろう。


「(よし、貴様らも内ゲバになれ!)」


 こっちばかり内ゲバの心配してられるかってんだ。


 相手にもその心配をお裾分けしてあげようじゃないか。




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