第54話


 怪物――――来る――――口――――開けて――――食われ――――……。


 ――――――――ここだ。


 魔術『光明』を発動。


 粘液質な巨体を変形させ、俺を包み込みながら食らい付いてくる怪物に光を当てる。


 乾坤一擲を決めた時から『精神安定』も併用していた。


 ちょっと頭がアレな事になっていたが、もう慣れた。


「油断してくれてありがとう」


 殺意を込めてお礼を言う。


 体内の触手を『溶解』し『破壊』の魔力を叩きこむ。


 多少の自爆もしたが、怪物の異質な魔力を消滅させる事に成功した。


 怪物の魔力核にこれを叩きこめば殺せる事を確信する。


 怪物を睨むと無数の目と視線がぶつかる。


 その時に、ふと前世で聞いた話を思い出した。


 好色の視線というものには「重さ」があると言う女性が居た。


 それをたった今実感した。


 したくなかった、こんなこと……。


 光を浴びて霧に変わっていく怪物が、霧になるその瞬間までそんな視線を俺に向けていた。


 げんなりしそうになる気持ちを殺意で奮い立たせる。


 死ぬより酷い目に遭わされそうになったんだ、いや既に遭ってるかもしれない。


 大分アレな状態にされたし。


 殺してやりたいと思うのは人として正常な反応だろう。


「死ねっ!」


 腕に『破壊』の魔力を宿らせて見えてきた魔力核を穿つ。


 異質な魔力を削りながら伸びる腕だが、途中から『破壊』の魔力が減衰していく。


「■■■■――!?」


 金属が引き裂かれるような絶叫。


 怪物が初めて悲鳴らしい悲鳴を上げた。


 効果は確実にあるが、異質な魔力と変質魔力『破壊』は相殺してしまうらしい。


「(やはり『溶解』してからの方が良いか!?)」


 溶かした快楽触手を壊す時は何の抵抗も無く、勢い余って自分ごと壊れてしまった。


 さっきのように魔力同士で相殺するような現象は見られなかった。


 溶かす事で抵抗力を無くせるのだろう。


 怪物の巨体が完全に霧に変化した。


 ダメージを受けた事に対しての警戒か、闇色の霧が俺から離れようとする。


「逃がすか!」


 追加で二つ魔術の光を生み出し、柱に影ができないよう展開する。


 闇の霧は宙を舞い、柱の間を縫うように天井に向かう。


 柱の間を跳び回って追いかける俺に、魔力核からは遠い希薄な異質魔力を展開してきた。


 薄いとはいえ無策で突撃すれば精神と魔力を削られてしまう。


「ちっ!」


 俺が触手から逃げた時の動きに、よく似た動きで魔力核を逃がす怪物。


 そして二つの事に気付く。


 一つは天上に張り付いた魔力視で見えないゾンビ。


 あのクソ死霊術師は「見届けられない」とかほざきながら、ちゃっかり監視していたようだった。


 目が合った瞬間「あ、ばれちゃった」みたいな顔になったのも絶妙に腹立たしい。この嘘吐きが!


 もう一つは怪物が広間の出口を目指しているという事。


 これは深刻な問題だ。


 もし逃がしたら馬鹿みたいに広大な下水道に潜伏される。


 そうなった後に発生するであろう問題は考えたくない。


「クソが!」


 悪態を叫びながら監視カメラの如きゾンビを吸収する。


 苛立たしい存在だが、下水を吸収するより魔力が回復した。


「(どうする!?)」


 粘液になれば動きが遅くなるだろうか?


 いや、たぶんならない。


 今まで本体が大して動かなかったのは、単にその必要がなかっただけだと思われる。


 必要があるなら、逃げる用の足を作り出すくらいやってのけるだろう。


 似て非なるものではあるが、スライム系同士だからか何となく予想はつく。


 敵を分析し、同類であると認識し、そして対処法を思い付く。


「(人の形は完全に捨てる!)」


 色々苦労して作った「アリド」としての姿を完全に放棄し、怪物と同じく霧のようにスライムの身体を変質――『希薄』させた後に『膨張』――させる。


 怪物の体積を上回る規模の薄い半透明なスライム体が、核から離れた薄い霧とぶつかる。


 削り合いはこちらに軍配が上がったようで、闇の霧を溶かし、壊して進む。


 だが魔力核に届く前に、怪物が対応してきた。


 霧の密度が高まり、闇の球体のような見た目になると、逃走を止めて俺に突っ込んできた。


 薄く伸ばした俺の身体が、怪物を『溶解』させる前に壊されていく。


 変質させた身体を元のスライムに戻し、次の一手を打つ。


 怪物を包み込むように身体を広げ、怪物がぶつかる瞬間に魔術の光を消す。


 黒い粘液に戻った怪物を受け止め、包み込んで『溶解』と『破壊』で押し潰す。


 怪物の触手が内側から俺の身体を突き破って逃げようとする。


 そうはさせまいと生やされた触手を根元から溶かし、落ちた触手もしっかりと溶かして壊す。


「(溶けろ! 死ね! くたばれ世界の敵へんたい!)」


「■■■■■■■■■■■!!!」


 暴れ回る怪物との消耗戦が始まった。


 俺の魔力が尽きるのが先か、怪物の魔力核が壊れるのが先か。


 快楽触手も混ざるが『精神安定』の前には無力だ。


 突き破って脱出を図る怪物と、押し潰そうとする俺の力は拮抗し、一時的な膠着状態が生まれる。


 一分か、十分か、あるいは数秒程度か……。


 時間の感覚が失せる程に死力の限りを尽くし続け……やがて力の均衡が崩れる。


 徐々に小さくなる怪物とその魔力核。


 抵抗力も弱くなってきている。


 あと少しといった所で、怪物が急激に小さくなった。


「!?」


「■■■■■■■■」


 溶かしきる前に生成された口が、何事かを呟く。


 急激に高まる嫌な予感。


 怪物の魔力核から亀裂が入ったような音が聞こえた気がした。


 魔力から音が聞こえるなど、見たことも聞いたこともない事象であるが、この怪物も『外なるもの』の一つ。


 この世界の常識など通用しない事は明らかだった。


 俺の『溶解』と『破壊』の組み合わせでも抑えきれないほどの力の膨張が起こる。


「(自爆か!?)」


 そう思って死の足音が近づいてくるのを感じたが、膨張した魔力核は、俺が破裂する寸前に砂の城のように崩れていく。


 崩れゆく魔力核の内側から、泥濘でいねいのように粘り気のある魔力が溢れ出すが、それも何事もなく無事に溶かせて壊せた。


「…………」


 さらさらと水路を流れる水の音だけが、余韻となって広間を満たしていく。


 勝てたのだろうか。


 恐らく勝てたのだろう。


 ふわふわと宙に浮いている感覚が消えず、どこか現実味がない。


「(……あ、そうだ)」


 先ほどまでの戦いを頭の中で反芻していると、一つ気になる事があった。


 魔術の光で天井をくまなく探す。


 他にあのクソ死霊術師の魔力視対策ゾンビが居るか確認しよう。


 ぼうっとする思考のまま、ズルズルとスライムの体で這いずりながら探索する。


「(そういえばスライムの体も久々だな)」


 一通り見て回り、他の監視ゾンビカメラが無い事を確認して一息つく。


 勝てたかー……。


 ようやく実感が湧いてきた。


 規格外の怪物である『外なるもの』を討伐できたんだ。


 精神的な余裕が生まれて、思考の幅が広がる。


「(あ、教会どうなってるかな……戻らないと)」


 だがその前にアリドとしての身体を作り直さないといけない。


 ああでもない、こうでもないと苦労しながら身体の再構築を済ませる。


「よし………………入ってきたの、どこだっけ?」


 正方形の広間と、複数の出入り口をぐるりと見回すが、どこから入って来たかを思い出せない。


 出入り口の位置が四方向共に似ているのも嫌なポイントだ。


 立体的に動き回りながら怪物と戦っている間も方向を覚えておく余裕はなかった。


 精神的に削られたり、ちょっとアレな事になっていたというのも影響してるかも。


「え、どうしよう……いや、流石に方角を示すようなものはあるはず」


 たぶん方角を示すサインのようなものがどこかにあると思う。


 問題は中身が異世界人である俺にそれが読めるかどうか。


「海の方は、確か南だよな……なら北に行けば戻れるか?」


 水路を見ても、水流の向きからは分からなかった。


 全方向に触手を伸ばして少しでも手掛かりがないか探索しながら、柱か出入り口付近にサインや目印になるものがないか探索する事になった。


 勝ったはずなのになぁ……。


 泣きそう。




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