第52話
「■■■■■■■――!」
黒い怪物が、再び名状しがたい声を上げる。
闇色の海に溺れる幻覚を見るが、今度はすぐに現実に戻れた。
戻った瞬間に、痛みを与える事に特化した触手が俺を狙って伸びてくる。
腕を伸ばし、柱を利用して立体的に動き、触手から逃げる。
柱を削りながら迫り来る触手に対し、魔術『光明』を一瞬当てて、黒い霧に変化させて追尾を振り切る。
魔力が徐々に減らされていく……。
怪物の闇のような身体だが、変質魔力の『溶解』であれば溶かす事ができた。
そして溶けた後に引っ込めた。
もしかしたら『溶解』はダメージになるのだろうか?
仮説だが、魔力で溶かせるものが、魔力の質によって決まるのであれば、俺の混沌とした魔力は大体のものが溶かせるのかもしれない。
「(手順としては……接近する、光を当てる、魔力の核っぽいのを溶かす、かな)」
それと霧化した後の対策として、精神を防御できる手段を用意しなければ。
まんま『精神防御』とか『精神防壁』とかで大丈夫だろう。
部屋の壁際の溝を流れる下水を吸収し、少しでも魔力を回復させておく。
汚いとか言ってる余裕は無い。
何のかは知らないが、魔力が混じってるのを感謝したいくらいだ。
回避の一手しか打たないせいか、怪物の攻撃が激しくなる。
「(油断してくれてる今の内に試せることをやらないとな)」
あえて一本の触手をスライム化した腕で包むように受け止めて、抉られながらも『溶解』する。
闇が凝固したような触手は溶けて液体になる。
魔力視で見ると、異質な魔力も液化しているようだった。
溶かされた事を警戒してか、他の触手は表面を削るように振るわれる。
痛覚があれば苦しい状態になるだろうが、痛覚の無い俺ならただの軽傷に過ぎず、すぐに再生できる。
「(溶かしたは良いが、吸収できないんだよな……これどうするよ?)」
悩んでいると液化した闇が蠢き、スライムの身体を突き破って脱出される。
触手がそれに触れると一体になってしまった。
「(もう一手間必要か)」
溶かすだけでは再生されるようだ。
そもそも霧になっても全然動けるのだから、溶かすくらいじゃダメージになるはずもないか。
収穫はあった。『溶解』は異質な魔力も溶かせるという情報を得た。
「(魔力そのものに直接干渉する方法があれば良いんだが……そもそも魔力って何だ?)」
どういった定義の力なのかが分からない。
何となく、漠然と、体感で理解しているが、言語化ができないのだ。
「(いや、難しく考えすぎてる気がする……単純に変質魔力で『破壊』とか『分解』とかで良いんじゃないか?)」
効果のあった『溶解』も対象を指定しない概念だ。
同様に対象に左右されず、その事象が起こりうるものであれば魔力にも効果が見込める気がする。
問題は魔力は壊れうるのか、分解しうるのか知らない事だ。
まあ、やるしかないのだが。
距離を取りながら考えを纏めていると、怪物の攻撃が鈍化している事に気付く。
千日手みたいな状況が面倒になったか?
諦めて帰ってくれると嬉しいんだが……。
「■■■■■■■――!」
再三の幻覚。
一瞬で打ち破るが、その一瞬の間に複数の触手に囲まれてしまう。
異界に帰る気はないが、攻め方を変える気はあったようだ。
今度の触手は痛めつけるための殺意マシマシのオプションはついていない。
「(何か新しい攻撃手段か?)」
嫌な予感を感じ、跳び回りながら追尾してくる触手を一つに纏めるよう立ち回り、魔術の光で霧にする。
闇の霧が俺に触れる。
変質魔力『精神防御』で全身を覆う。
異質な魔力によって『精神防御』が削られていくのを感じる。
「(効果はある。だが長くは持たない)」
魔術の光を消し、霧を粘液に戻した後に溶かす。
溶かせることが分かったので少量の粘液はどうとでもできる。
そんな俺の考えを嘲笑うように、柱をすり抜けて触手が俺を貫いた。
「んなっ!?」
身体の中に触手が入り込んでいるが、物理的な衝撃は無い。
柱を削ったり壊したような音も発生しなかった。
何の触手なのかを思考する前に、その効果が表れた。
「ひっ、ぎゅ!?」
甲高い、自分の声とは思えない声が出た。
全身を貫くような快楽が走り、力が抜ける。
足が崩れ、ぺたりと床にへたり込んでしまう。
「は? はっ!?」
ちょっと待って?
そういうのは良くないと思うんだが?
「異世界のかっ……んぎぃ!」
物理的な影響を受けない謎の触手が身体の中を這う度に凄まじい快楽に襲われる。
うっそだろお前!
こんな事する侵略者とか居る!?
人類なら沢山居そうだけど、異世界からだろう!?
「あ、ひっ」
絶え間なく襲い来る快楽に、情けない声が止まらない。
そして嫌なものが見えた。
あの快楽触手を何本も生やす怪物の姿が目に入ったのだ。
有効な手段だと判断された?
ふと、度を越した快楽も拷問になり得るという話を思い出した。
あの性格の悪そうな怪物なら、そういうつもりでヤるかもしれないと思った。
あれに蹂躙されたら間違いなく精神が壊れる。
精神に直接快楽を叩きこまれたせいか、身体が思うように動かない。
力を込めようとすると、足も手も、生まれたての小鹿のようにプルプルと情けなく震えるばかりだ。
だが、魔力なら何とか動かせる。
身体の中で好き勝手に動き回る触手を『溶解』で囲う。
僅かに抵抗されたようだが、一瞬ですぐに溶かせた。
俺を襲おうとしてくる触手から全力で逃げる。
「(クソッ! 俺が人間だったら酷い事になってたぞ!?)」
何が、とはこの際考えない。
変質魔力『精神防御』で防げなかった事から、アレは攻撃とは認識されないのかもしれない。
侵入される触手が増えると、与えられる快楽はどの程度増加するのか……。
もし倍々に増えていくなら、三本辺りからまともに行動できなくなるだろう。
「(『精神安定』だとたぶん霧の時の攻撃が防げない。防御も合わせて両方を展開する魔力はあるが、そうすると攻撃の試行回数を稼げない……)」
火力を出す前にやられては元も子もないが、火力が出ない攻撃にリソースを割いては倒しきれない。
取れる選択は二つに一つ。
下水を小まめに吸収してはいるものの、回復量より消耗の方が大きい。
魔術で一瞬だけ光を作るにしても、柱に隠れている快楽触手を霧にできない。
怪物も柱を利用して上下左右前後、四方八方から触手を伸ばしてくる。
学習している。
その結果がなぜ快楽責めという結論に至ったか不明だが、しっかりと効果があるのが腹立たしい。
相手の余力は不明だが、異質な魔力には十分な余裕が見て取れる。
敵は愚かではない。二度目からは対策されるだろう。
仕留めるチャンスは一度限りかもしれない。
ならば
「あっ」
快楽触手が壁際の水路に潜んで裏取りをされていた。
反応が遅れ、背後から体内に侵入される。
気合いで耐えようとするも、不意打ちに近い形で叩きこまれた強烈な快楽によって思考が漂白される。
「み゚ゃ」
よく分からない声が漏れた。
理性を取り戻した時には、眼前に複数の触手が迫っていた。
「(あ、マズ――)」
想像を絶する快楽が――
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