第51話


 ※ 三人称視点



 教会の回廊の先、生活区域にてソノヘンニールが眷属の侵攻を食い止める。


 このエリアにも足止め用の罠は設置してある。


 殺傷能力が控え目なため戦闘不能には追い込めないが、時間を稼げれば良いと考えていた。


 罠を最大限有効活用するための手段を考える。


 怒号を上げて迫り来る眷属達。


 前列の眷属の内、一人が罠に気付くが、後ろから押されて罠を発動させてしまう。


「(気付いた奴は手練れですね。アレを戦闘不能にしつつ足止めを狙いましょう)」


 漁に使われるような網が眷属達に覆い被さり、それには入口にあった粘液が大量に付着している。


 網によって身動きが取れなくなった眷属とは別に、最初に罠に気付いた眷属が、上から網が落ちてくる前に突撃してきていた。


 銛を振るい、ソノヘンニールの間合いの外から攻撃を仕掛けて、無理に踏み込まない冷静さがあった。


 しかしソノヘンニールも近接戦闘能力では負けていない。


 疲れを感じさせぬ動きで眷属に肉迫する。


 後ろの眷属達も、誤射を恐れてか銛を投げるのを躊躇ちゅうちょしているようだった。


 至近距離では穂先での攻撃を上手く振るえず、銛の柄や石突きで応戦するものの、軍配はソノヘンニールに上がった。


 石すら穿つような蹴りが眷属の膝を砕く。


 体勢を崩した眷属を投げ飛ばし、網を取り除こうとしている眷属の妨害をする。


「銛を投げろ!」


 誤射の心配がなくなった瞬間、後列の眷属の群れが銛を投擲してくる。


 投げ飛ばした眷属が落とした銛を拾い、杖術の要領で振るって迎え撃つ。


 計六本の飛来する銛を、今度は傷一つ負うことなく回避、あるいは受け流した。


 ここで、ようやく一人の眷属が倒れる。


「(残り十九)」


 居住区域は回廊より広く、眷属達は横に広がりを見せる。


 後ろにはまだ無傷の眷属が大勢居る。


 囲むように左右から回り込んでくるが、唐突に床が抜け、木材の割れる音と共に地下へと落下する。


 落とし穴という古典的な罠だが、暗い事もあって眷属達は気付けずに踏み抜いた。


 地下に罠はないが、分厚い鉄扉によって出入り口は塞がれ、壁も石によって覆われている。


 無論、事前に魔術や魔法を弾く仕掛けは済ませていた。


 一度落ちれば上がって来るのは困難。


 事実上の戦闘不能になると、ソノヘンニールとクタニアは考えていた。


「(残り十四)」


 落ちた眷属は五人。


 今の内に戦闘不能者を増やしたいと思っていたが、そう上手く事は運ばない。


 槍衾やりぶすまのように並べられた銛を前に、ソノヘンニールは攻めあぐねていた。


「(魔法を使えば……いえ、ここで魔力を無駄遣いできません)」


 睨みあう間に粘液付きの網から眷属達が解放される。


 その間に眷属の一人が倒れた。


 この場の眷属の戦力は残り十三。


 人数が半分以下になった事に眷属も焦りを覚え始める。


「数で押せぇ!」


 眷属が怖気を掻き消すように叫ぶ。


 銛を正面に向けたまま、五人の眷属が突撃してくる。


「フンッ!!」


 ソノヘンニールは足に魔力を込めて、床に全力で踏み込む。


 床に罅が走り、今にも崩れそうになる。


「させるかぁ!」


 声は地下から。


 落ちた眷属達は魔術、あるいは魔法を用いて氷の柱を建造し、床を支えた。


「突っ込めええええええええ!」


 ソノヘンニールに殺意が迫る。


 これには後退せざるを得ず、今度は拳に魔力を込めて、衝撃波を放つ。


 五人の内、一人を吹き飛ばした。


 僅かにできた隙間に身体を捩じ込み、致命傷を避ける。


 だが無傷とはいかない。


 両腕に、脇腹に、頬に、裂傷が生じる。


 両腕で左右の眷属を掴み、力任せに投げ飛ばし、後方からの銛投げを阻害する。


 残った二体の眷属の内、片方の足を蹴り穿ち、砕く。


 後ろからもう片方の眷属が、ソノヘンニールを貫かんと銛を突き刺す。


 エコーロケーションで位置を特定し、身を捻るものの回避はならず、背中を大きく抉られる。


「やったぞ!」


 深手を負わせたことに喜びの声を上げる眷属。


 しかしソノヘンニールの動きはまるで鈍らず、むしろ鋭さを増してさえいた。


 眷属は驚く一瞬の間に銛を奪われ、関節が可動域の限界を超える方向に曲げられながら投げ飛ばされた。


 ソノヘンニールは地下から這い上がろうと、氷を作りだす眷属達の上にそいつを落とし、復帰を妨害する。


 足を砕かれた眷属が、少しでも傷を与えるために力を振り絞り銛を振るう。


 攻撃を奪った銛で弾き、蹴り飛ばして地下へと叩き込む。


「(地下から復帰されるなら、数を改める必要がありますね……)」


 地下に落ちた眷属の様子をエコーロケーションで確認する。


 怪我をしていなさそうなのが一人。


 それ以外は何かしら怪我で復帰困難な状態にあると把握できた。


「(では、残りは十二……いえ、十一ですね)」


 投げ飛ばされた眷属の一人から生気が失せていた。


 起き上がった眷属達が銛を拾い集め、投擲の構えを見せる。


 更に一人は魔術を唱えているようだった。


「合わせろ! 『水鏡』!」


 魔術によって幻影が生じる。


 景色が一瞬揺らいだ後、銛を構える眷属の数が倍に見えるようになった。


 魔術によって攪乱かくらんをしながら一斉投射を行う眷属達。


 魔力視をすれば本物と幻覚の見分けはつくが、投げられた銛が届くまでの時間は極短い。


 幻影含めて全十八の銛を避け、受け流し、だが限界が来た。


 全てを識別して回避する事は叶わず、腹部を一本の銛が貫く。


「がふっ……」


 血が逆流し、口から泡と共に零れる。


 ソノヘンニールは身体の表面が沸騰しているかのように熱く、しかし内側は凍てついたように冷たくなっていくのを感じた。


「止めを刺せ! 息の根を止めろぉ!」


 眷属が叫び、突撃してくる。


 だが眷属が到達するより早く、ソノヘンニールの後方の扉が開かれた。


 無数の白い手が現れて、彼を抱きしめると奥へ退いていった。


 突如として現れた新たな敵と思われる存在に、思わず足が止まる眷属達。


 白い手が纏っていた幽玄な気配は、どこか眷属達に恐れを与えるものだったという事もある。


「増援!?」


 想定外の事態に判断が遅れる眷属達。


 その間にまた一人倒れたのを見た眷属が叫ぶ。


「構うな! 進め!」


 眷属が扉に向かうと、再び家具のバリケードが現れ、道を塞ぐ。


 今度は先ほどよりも分厚く、数が多いようだった。


「くそっ、またか!」


「愚痴は後だ! 壊せ!」


 眷属達が足止めを食っている内に、最終防衛ラインではソノヘンニールの治療が行われていた。


 死神の聖女であるクタニアだが、その権能は死を与えるに限らず、死を遠ざける権能もある。


 聖女の権能にて生きる力を取り戻したソノヘンニールは、腹部に突き刺さった銛を強引に引き抜く。


 銛には獲物の肉に喰いこんで外れないよう、釣り針のような「あご」と呼ばれる部分がある。


 無理に引き抜けば、当然傷は深まる。


「ぐぅ……」


「司祭殿、無理をなさらないでください!」


 魔術『再生』によって、強引に傷を治すソノヘンニール。


 しかし、失われた血液は戻らない。


 そしてこの魔術は多くの体力を消耗させる。


 彼の精悍だった顔つきは、血の気が失せ、今にも倒れそうなほどに憔悴していた。


 死を司る聖女であるクタニアは、その顔に死相が浮かんでいるのを見た。


 見えてしまった。


「勝つためには、無理をしなければなりません。そして、今がその時です」


 だが、その目に宿る意思は、燦然と輝いていた。


 彼の目を見たクタニアは、制止の言葉を失ってしまった。


「それより、魂を抜き取る奇跡を止めないようお願いします」


「……分かり、ました」


 今にも崩れそうになる身体に鞭を打ち、立ち上がるソノヘンニール。


 エコーロケーションによって得た情報から、最後の戦いが始まる事を確信する。


「それより、気をつけてください」


 バリケードの方向から聞こえてくる音が大きくなった。


「別動隊が、合流したようです」


「残りの敵は……?」


「十九です。ここから、バリケード破壊までに魂を抜き取れた数だけ減らせます」


 残った敵の数に、思わず息を呑むクタニア。


「……ここからは、私も戦場に立ちます」


 彼女も後が無い事を悟り、覚悟を決める。



 五年前の出来事、それらはソノヘンニールにも、クタニア達にも深い傷を残した。


 眷属達も、死霊術師も、また、多くを失い、計画の後退を余儀なくされた。


 誰彼もが、その時から今日までの間、ずっと長い夜の中に居たのだ。


 夜明けは誰に訪れるのか、その決着は近い。




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