第48話


 ※三人称視点



 教会にて、邪教徒の聖女と正教会の司祭が協力し、眷属の襲撃に備えていた。


 司教を守りやすい位置に移したり、クタニアが力を発揮しやすいよう儀式を行ったり……様々な準備を済ませた。


 普段であれば考えられない組み合わせだが、世界の敵が相手であるのなら因縁など気にしてる場合ではないと、幸運な事に協力関係になった四人は理解していた。


「司祭殿……貴方は、アリドをどう思いますか?」


 不意にクタニアがソノヘンニールに問う。


 ふむと少し考えた後、ソノヘンニールは口を開く。


「私見ですが、付き合い方次第では頼れる人かと」


「アリドは制御できるような存在でしょうか?」


 ソノヘンニールは首を振ってクタニアの言葉を否定する。


「制御しようなどとは思いませんよ。こちらから害を加えたりせず、善意をもって接すれば、自然と良い付き合いができるでしょう」


「……それでは、まるで人のようではありませんか」


 クタニアの言葉は、まるでアリドを人とは思っていないかのようだった。


「人だと思いますよ――少なくとも、心は」


「心……ですか……」


 ソノヘンニールは、アリドの身体がまっとうな人のものでないと目の当たりにしたが、その精神を人と同等だと認識していた。


「私にはアリドの魔力が人のものとは思えませんでした。魔力とは魂を源泉とする力……あの魔力こそ、彼の本質ではないのでしょうか」


「おそらくですが、あの魔力は混沌神の恩寵によるものでしょう。なので、魔力でアリドさんの本質を推し測る事はできないと思われます」


 ソノヘンニールは魔力で人を推し測る事をしない。


 それは先入観と呼べるものであり、真実に対して目を曇らせると、五年前に経験したためだ。


「どうして、そう思えるか聞いても?」


「私は人の感情というものに人一倍敏感でして、アリドさんから感じるものは、どこまでも『普通』の感情だったのです」


 それはつまり勘のようなものなのでは、とクタニアは思った。


 やや不信がるクタニアを見て、ソノヘンニールは苦笑する。


「聖女様がアリドさんに向ける感情は『不安』ではありませんか? 彼について分からない事だらけで、信じるための要因が不足しているのでは?」


 ソノヘンニールは、クタニアがかつて自分が抱いていた感情と同じものを、アリドに対して向けていると気付いていた。


 クタニアはその言葉に驚き、目を逸らして俯いてしまう。


「はい……不可解な魔力、不明な目的、未知数の力、どれもが私を不安にさせます」


 クタニアには、邪教徒の聖女として、世界の裏側を見てきた自負がある。


 しかしながら、アリドのような存在は一度も目にした事がなかった。


 それが不安を増長させている。


 一方でソノヘンニールは、アリドが得体の知れない存在である事を受け入れた。


 混沌神の存在は、実在を疑われるほど長い期間、人類の歴史上に現れていないのだから。


 そして混沌神の使徒も聖女も、にはどこにも居ない。


 それが現れたのだ。今までの常識が通用するとは思っていない。


「きっと、聖女様は難しく考えすぎなのでしょう」


 不安がるクタニアに、ソノヘンニールは諭すように声を掛ける。


「……そうでしょうか」


「魔力は混沌神の恩寵、目的は『外なるもの』の脅威をなくす事、彼の力の全容は、もしかしたら本人もまだ掴めていないのかもしれません」


 それは以前にソノヘンニールが見たまま、聞いたままの内容だ。


 お互いの腹の内を明かし合った後の会話で、これらを知った。


 ソノヘンニールは、アリドが混沌神から受けた使命も知っているが、それを語って不安を増やしても得はないと考えて伏せておく事にした。


「彼は頭の回転が早いようで、相手に応じて態度や情報の出し方を変えます。そのため分かりにくいですが、基本的には善人と呼べる側ですよ」


「私は信用されていなかったのでしょうか?」


「聖女様は、どの程度アリドさんを信用していましたか?」


 言葉に詰まるクタニア。


 口では信用をすると言っても内心の不安はどうしても拭えず、心から信用できたかと問われれば、答えは否だろう。


「アリドさんは、人というものの本質を良く知っているように思えます」


 アリドがそれについて語る時、辛辣な言葉が増える事から、ソノヘンニールは彼が人嫌いの気があると感じていた。


 ここでこれ言うと、クタニアに余計な不安を増やしてしまうと思い、ソノヘンニールはこれも胸にしまっておく事にする。


「彼はきっと本当の事や、信じ難い真実を語ってくれたでしょう。そして聖女様達の反応を見て、どの程度自分が信じられているかを推し測ったのだと思います」


「…………」


 アリドの言葉を思い出すため、クタニアは思考に没頭する。


 そしてアルシスカから聞いた話を思い出した。


 彼が混沌神から世界滅亡の予言を聞いたという事を。


「それと、魔力で人を測る事はお勧めしません。例えば、眷属が町民の皮を被って、魔力を偽装する事も有り得ますから」


「そう、ですね……私は、やはり未熟なのだと思い知らされます」


 またも気落ちするクタニア。


 少し前にアリドとの会話で気落ちしてから、どうもにもクタニアから毅然とした雰囲気が失せつつあるとソノヘンニールは感じていた。


 アリドも予想していたが、クタニアの本来の性格は「臆病かつ内向的で、人見知りが激しく、自分に自信が無い」というものだ。


 なお、オタク気質も持ち合わせているが、今の所は開花していない。


 アリドが居れば「陰キャ」と称されるであろう性格の持ち主であった。


 こうも落ち込むのは、無理をして毅然と振る舞った反動なのだろう。


「すいません、聖女様。気落ちさせてしまって申し訳ないのですが……」


「いえ……私が……」


「そうではありません――敵襲です」


 緩んでいた空気が、一瞬にして張り詰めるのを二人は感じ取った。


「数は……四十です」


「そんなに……!?」


 ソノヘンニールの報告に悲鳴のような声を上げるクタニア。


「確認です。眷属の魂を抜き取らない場合、別の肉体に移って戦線復帰してくるという認識で合っていますね」


「合っています……『外なるもの』眷属は、夢の中に本体があると言います。器のみの破壊では完全には倒せません」


 改めて、その厄介さに眉をしかめるソノヘンニール。


 そして予想以上の数に、法への配慮を捨てる事にした。


「魂を抜き取るという奇跡は、対象に触れる必要がありますか?」


 使徒や聖女の持つ奇跡の権能は、正教会においては、その詳細を暴かれるべきでないとされている。


 邪教においても、それらを不用意に知られてはならないとされる。


 だが、そんな事を気にする余裕は二人には無い。


「死神の祝福が施された場所であれば、触れずとも魂を取り出せるでしょう。それ以外だと触れなければ無理です。それと、一度に一人分が限界です」


「時間はどの程度かかりますか?」


「触れずになら二十秒ほど頂ければ……けど、祝福された場所で触れられるなら、十秒とかかりません」


 戦闘する場所、利用する罠、どの場所で、どれだけの撃破数スコアを出せば良いかを計算するソノヘンニール。


 アルシスカの帰還は、期待し過ぎると失敗に繋がると考え、計算には含めない。


 不意に思い付いた嫌な可能性を、クタニアに問う。


「自発的に肉体から脱出する事はできるのでしょうか?」


「いえ、夢を介さない限り、自力で器から離れる事はないと思います。それができるなら、私に何度も魂を抜き取らていないかと」


 それを聞いたソノヘンニールは「それなら詰みはしない」と安堵の息を吐いた。


 戦力比は、数だけで見れば二十倍の差があるが、個の質は二人の方が何倍も上だ。


 ならば戦い方次第で覆せる可能性はあると、ソノヘンニールは考える。


「なるほど、御教授してくださり感謝します」


 知られざる神秘を知った事に、最大限の謝辞を送る事も忘れない。


「いえ、直接戦うのは司祭殿ですから……私には、この程度しかできません」


 この程度と言うにはあまりに凶悪な権能だが、クタニアは、これは自分の力ではなく死神の力だと考えているのだ。


 ここに来てションボリしているクタニアを見て、少し焦るソノヘンニール。


 己を卑下する彼女を奮い立たせるために、言葉を注意深く選んで語りかける。


「アリドさんも言っていましたが……」


 そこまで言うと、クタニアがハッっとなって、言葉を遮り上擦った声を上げた。


「そっ、そうですね、分かりました、最善を尽くします!」


 規模の大小を問わず、戦場において士気というのは重要な要素だ。


 気を持ち直したクタニアを見て、思わず安堵の息が零れる。


「後方から支援をお願いします、聖女様」


「前衛は任せます、司祭殿」


 ソノヘンニールも戦意を高揚させるが、逆に魔力や気配は凪の海のように鎮まる。


 津波の前の、波が引いたような静けさが教会を満たす。


 生き残りをかけた戦いが、教会でも始まろうとしていた。




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