第47話


 話に聞いていた下水道の大広間に辿り着いた。


 触手の偵察で傭兵ギルドの職員、ヤギナが一人で何かをしている姿を見つけた。


 広さはサッカーのグラウンドを横に二つ並べたくらいだろうか。


 巨大な柱が立ち並び、あちらこちらに死体が転がっている。


 高さもかなりのもので、暗いこの場所では天井を目視できない。


 出入り口が複数あり、その内のいくらかから水が流れ込んできている。


 水は壁際の溝を流れ、どこかへと流れて行く。


「(RPGのボス部屋みたいだな)」


 ヤギナの位置は部屋の中央付近。


 散らばっている死体が警報機の役割を持つなら、奇襲は不可能だろう。


 獣人コンビの頭を吹き飛ばした変質魔力を右腕にセットしておく。


 音を消し、慎重に広間へ足を踏み入れる。


 だが一歩目の時点で気付かれて、ヤギナは振り返った。


「いけませんよ、傭兵ギルドで教え――」


 話の途中だが、右腕を射出する。


 音速を超える初撃に、ヤギナは対応する事はできなかった。


 頭部が吹き飛び、衝撃によって残った身体も後ろに倒れる。


「そう言うお前は、その行方不明者がそこかしらに転がってる場所で何やってんだ?」


 倒れたヤギナに近づきながら、そう声を上げる。


「……いきなりですねぇ、アリドさん」


 死体の一つが起き上がり、俺に声を掛けてきた。


 否定はしないんだな。


 そして腐乱死体に知り合いは居ない。


 であれば、中身は同じだろう。


「本体はどこだ?」


「せっかちですねぇ……少しお話でも――」


 戻した右腕を再度射出。


 今度は中身も吸収しておく。


「そのお話ってのは、要は時間稼ぎだろう?」


「では本題に映りましょう……私と協力しませんか?」


 右腕を戻しながら、少し考える。


 時間稼ぎだと思うのだが、死霊術師ネクロマンサーはゾンビ達で抵抗や攻撃をしてこない。


 態度や言葉から、随分と余裕が見える。


 中央でヤギナが何かしていた事から準備は終わってないと予想したが、実は既に準備を終えているのだろうか。


「この世界の人類も、狂った『外なるもの』どもの侵略も、うんざりなんですよ」


 俺が攻撃の手を緩めた事に勘付いてか、ゾンビに続きの言葉を紡がせる死霊術師。


「何が言いたい」


「私はこの世界の外、異世界へ渡る手段を求めているんです」


 一瞬、頭が真っ白になる。


 元の世界への帰還……その可能性が頭をよぎった。


「(いや、ありえんわ。今更戻っても何の意味もない)」


 即座にその思考を否定する。


 死霊術師は続ける。


「知っていますか? ある国では才能溢れる若者を、王族より才能があるという理由で暗殺したんですよ? 『外なるもの』の脅威がすぐ傍に迫っているにも関わらず」


 このまま聞いていれば、勝手に情報を吐き出してくれるか?


 少しだけ黙って様子を見る事にする。


 ついでに両腕の変質魔力を焼却セットに変更。


「私はこの世界に嫌気が差しているんです。そして『外なるもの』の存在を知った時、私は気付きました。別の世界があり、その異世界へと渡れるなら、こんな世界に固執する必要はないのだと」


「その異世界に渡る手段ってのは『外なるもの』に由来する知識か力なんじゃないか?」


「ふふふ、相変わらず話が早いですね……そうです、私は奴らの眷属と取引を行い、その手の知識と技術を手に入れました」


 なるほど、目的は理解した。動機も怪しいが違和感は無い。


「ここでそれの試運転中って感じか」


「ええ、なので、止めないでくれませんか? 貴方だけは安全を約束しますよ?」


 死霊術師の言葉にため息を吐き、肩の力を抜く。


 そして両腕を変化させ、八本の燃える触手で、届く範囲の死体を燃やし尽くす。


「安全が分からないから試運転してんだろうが。誰が信じるそんな口約束」


「この場から去って、ある場所を目指してくれれば良かったんですけどねぇ!」


 交渉決裂と判断したか、あるいは最初からその気だったか、複数ある出入り口にゾンビの群れが見えた。


「そもそもだ――」


 迫りくるゾンビを触手で焼き払いながら告げる。


「――生まれた世界で上手く世渡りできない奴が、異世界へ行ったところで上手くいくわけねぇだろ」


「そんなの……行ってみないと分からないでしょう?」


 僅かにだが、動揺が見えた。


「人類の居ない世界に行くなら、世捨て人にでもなれば良い。人類の居る世界に行くなら、結局変わらんよ」


「知った口を……!」


 知ってるからな。


 それを教えてやる義理はないが。


 広間の出入り口に居るゾンビ達の半数程が向かって来る。


 範囲を見極められたか、ギリギリ届かない範囲で立ち止まった。


 変質魔力『伸長』を追加付与。


 薙ぎ払う力は弱まるが、撫でるだけで燃えるので問題はない。


 このまま全てのゾンビを焼き払えば勝てる、そう思った所で四方八方に居るゾンビ達が一斉に声を上げ始めた。


 文字にする事が困難なその響きは、まるで法則性や規則性が見いだせない。


 獣の唸り、海鳴りや潮鳴り、それと奇怪な断末魔、そういった音が混じり合う事で生まれた異様な不協和音に、強烈な違和感と不快感を覚える。


「(止めないとマズいか!?)」


 燃える触手を更に伸ばし、出入り口のゾンビをまとめて焼こうとするが、ゾンビ達は蜘蛛の子を散らすかのようにバラバラに逃げた。


 諦めずに触手を振るうが、ゾンビのおかわりが通路から更に追加される。


 ゾンビから響く異様な声は徐々に激しさを増していき、やがて狂気の絶叫となって広間を満たす。


 そして唐突に声が止む。


 糸の切れた人形のように、全てのゾンビが倒れた。


 逆に、起き上がる影が一つ。


 最初に頭を貫いたヤギナと呼ばれていたゾンビ。


 そこから黒い粘液が溢れ出す。


 明らかにヤギナの体積を超える質量が、広間の床を飲み込むように広がる。


 触手を迫り来る粘液にぶつけるが、燃えてくれないようだ。


 逆に俺の触手が引き摺り込まれそうになる。


「チッ」


 力を込めて引き戻せば、粘液の吸引からは逃れられた。


 全身を包まれたら死ぬという事は確信できた。


 逃げるため、柱に触手を巻き付けて、縮める事で自分の身体を持ち上げる。


 効かなかった焼却セットの変質魔力を解除して、粘液の動きを確認する。


「あリどサン、逃ゲるなラ、イまの内でスヨ」


 粘液に口が生え、狂ったイントネーションで語りかけてくる。


 死霊術師はこの粘液を操れるのだろうか。


「人類がクズってのは心底同意できるが、俺はお前ほど絶望しちゃいねぇんだよ」


「……ふフフ、死体がノこッテいれバ、大ジにしてアげまスね」


 なぜかは知らんが、随分と気に入られたようだ。


 割と辛辣に対応した記憶しかないんだが。


「いらん世話だ」


「サい後までミとどケらレまセンが、ガ……あ――」


 死霊術師の気配が、魔力が消える。


 そして黒い粘液の中心から、魔力のが溢れ、粘液の隅々まで行き渡る


 どうやら介入可能なのは粘液が自律行動を開始する前までらしい。


 床に広がり続けていた粘液が、今度は波が引くように一か所に集まっていく。


 粘液が引いた後には綺麗な床が見えた。


 どうやら大量のゾンビは全てあの粘液に飲み込まれたようだ。


「さて、蛇が出るか鬼が出るか……それ以上の化け物が出る気しかしねぇけど」


 現段階で分かる事は、火や高熱でのダメージは期待できないという事だけ。


「ゲームならボス戦だーって盛り上がる所だけどさ、リアルに命懸けだとクッソ気が重いな」


 独り言で軽口を叩いても、まったく気は軽くならない。


 覚悟を決めよう。


 魔力の残量を確認し、前世知識から属性攻撃的なものを現実に落とし込む場合、必要になる概念を思案する。


 ここで逃げたところで、その先に、きっと生き残れる未来は無い。


 死なないため、やれるだけの事をやる。


 それだけだ。




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