第46話


 クタニアを無事説得できて後は動くだけとなった。


「俺は単独で死霊術師ネクロマンサーの作戦を妨害しに行く。三人はここで眷属を撃退してくれ」


 戦力分けは、たぶんこれが一番良いはずだ。


「アリドさん一人で大丈夫ですか?」


 ソノヘンさんが心配するように聞いてくる。


「欲を言えば、目的地に一番近い下水道入口への案内があれば助かる」


 そう言うと、クタニアがアルシスカの方を向く。


「アルシスカ、彼の案内をお願いしても?」


「……クタニア様がおっしゃるのであれば」


 ちょっと嫌そうにするものの、案内を引き受けてくれるらしい。


 しかし随分と嫌われてるなぁ。


「じゃあ案内よろしく。他に何もないなら行動開始しよう」


 他の面々を見渡すが、特に質問もないようだ。


「よし、行ってくる。こっちはよろしく」


 そう言って外に出る。


「すぐに戻ります」


 アルシスカもクタニアに言葉を残し、俺に続いた。


 前を譲り、アルシスカの後ろに付く。


「一番良い場所で頼む。先導よろしく」


「……分かった……走るが、ついて来れないなら言ってくれ」


 アルシスカはそう言って走り出した。


 足に自信があるのだろう。


 実際に下水道では驚異的な動きを見せていたしな。


「(遅れるようなら随時足の筋肉を強化するか)」


 空を見れば、太陽が傾き始めていた。


 もう間もなく夕暮れ時となるだろう。


 徐々に影が差してくる町並みを、縫うように進んで行く。




 町が夕日で朱色に染まるまで走り続けた所で、ようやく目的地に到着した。


 一回強化を挟んだが、置いて行かれるような事態にはならなかった。


「……ここだ」


 場所は疫病被害が最も集中した地域にあった。


 入り組んだ暗い路地裏の袋小路になっている場所で、当然人気は無く、海風が家の間を通り抜ける音だけが不気味に響いている。


 マンホールのような金属製の蓋が地面にあり、ここから下水道に降りることができるようだ。


「鍵がかかっているはずだ。ピッキングするから少し……いや、開けられている?」


「誘われてるな。十中八九罠だろう」


 死霊術師は、クタニア達が来る事を予測していたのだろう。


「……分かってて行くのか?」


「その罠は対聖女用だと思うぞ。俺への対策じゃないならぶち抜ける」


 たぶんね。


「そうか……だが、お前がしくじったら終わりなんだろう? 油断するなよ」


 心配そうに注意をうながしてくるアルシスカ。


 デレ期の到来か?


「分かってるよ。まあ最悪、人を辞めればいいだけだ」


「…………もう辞めてるだろ」


 ぼそりとそんな事を言われる。


 心は人間のつもりなんだけどなぁ。


 ため息を吐いてから、アルシスカは夕日が沈む方角を指さす。


「ここを下りてから、方角的に海の方へ向かうと、巨大な空洞が広がっている場所がある。そこが五年前に死霊術師と戦った場所だ」


「分かった。だが、その前に……」


 気付けば、海風に混じって死臭が漂ってきた。


 袋小路の出入り口を塞ぐように、焦点の合わない虚ろな目をした群衆が現れた。


「いつの間にッ!?」


 アルシスカが焦った声を上げる。


 俺は上を見る。


 ふむ、屋根の上にまではゾンビを配置していないようだ。


「ちょっと我慢しろ」


 アルシスカの腰を両手で掴む。


「はあッ!?」


 いきなりの事に目を白黒させているが、気遣う余裕はない。


「フン!」


 屋根の上をめがけてアルシスカをブン投げる。


「はあああああああああッ!?」


 空中で手足をジタバタさせるが、着地は綺麗に決めるのが見えた。


「お、おま……ッ!」


「さっさと戻れ。お前の足なら振り切れる」


 どこに、とは言わない。


 万が一にもゾンビを介して情報を聞かれたら、教会が落とされる危険性が増す。


 アルシスカは吐こうとした言葉を飲み込み、こちらに背を向けて屋根の上を走り、この場を離脱した。


「この調子だと下にも待ち伏せされてそうだな?」


 ゾンビの群れの方を向きながら、魔術『隆起』で強引にマンホールを破壊する。


 金属製の蓋が落ちて行き、下からは肉質なものとぶつかった音が響いてくる。


 本当に居るのか……。


 ゾンビの群れが襲い掛かってきたので、下水道へ続く穴に身を投げる。


 落ちながら両手をスライムに戻し、変質魔力『発熱』、『着火』、『耐熱』、『耐衝撃』を付与。


 アンデットは火に弱いというファンタジー知識を頼りに戦闘準備を整える。


 着地の衝撃は強化したスライムの身体で軽減し、魔力視を使いゾンビの位置と数を確認。


「(左右に沢山! 数える余裕ないわ!)」


 両腕を伸ばして力任せに薙ぎ払う。


 抵抗は弱く、吹き飛ばされたゾンビ達が一瞬遅れて発火した。


 あ、俺の触手も発火したわ。


 耐熱つけておいて良かった。


 燃え盛るゾンビ達で下水道内が明るくなり、そして気付く。


「(魔力視に映らないゾンビ……死霊術師の『対策』か)」


 一匹どころではなく、大量に居る。


 わざわざ性能を知るために、あえて何かさせるような舐めプはしない。


 何かされる前に殺せるなら、殺す。


 脳を強化し、処理能力を向上させる。


 両腕の触手をそれぞれ四つに分裂させ、計八本の燃える触手で見える範囲のゾンビを焼却する。


 死角をカバーする為の目が、上から落ちてくるゾンビを捉えた。


 その場から跳び退き、次々と落ちてくるゾンビを出落ちさせていく。


 黒焦げになった死体の山が出来上がり、ようやく打ち止めになった。


 変質魔力を解除して、消費した魔力をゾンビを吸収する事で回復させる。


「確か、海の方角だったか……」


 念のため糸触手で逆側を探索しながら、教えられた方角に進む。


 進みながら進路側も糸触手で偵察を行う。


「(ゾンビが偵察機として機能するなら、両腕が変化するのは見られたかな)」


 その機能を警戒して獣人コンビを不意打ちで瞬殺したが、対策として数を用意されたのだろうか?


 確実にこちらの情報を獲得するために。


「やだなぁ……」


 暗い下水道を急ぎ走りながら、ひとりごちる。


 頭の良い敵とか一番嫌なタイプじゃん。


「(接敵までに何か新しい手札考えないと、逆にやられかねん)」


 見られたなら、いつかは対策はされる。


 急いでいるのは対策を講じられる前に開戦したいから。


 足止め用と思われるゾンビを糸触手が発見した。


 数は五匹……一匹一匹が距離を取っており、まとめて処理されないような陣形を組んでいる。


「早速か……」


 足を止め、右腕を水路に隠して伸ばしていく。


 魔力と物理、それぞれの迷彩も忘れない。


 分裂させてそれぞれのゾンビたちの背後を取り、一番奥のゾンビを仕留める。


 他のゾンビたちが一斉に振り返るが、触手は既に水の中だ。


 今度は他のゾンビの目に入らなくなった一番手前のゾンビを仕留める。


 するとゾンビたちは三角形になり、それぞれの背後を監視できるようにした。


「(対応が早い……暗殺の手口は伏せたいな)」


 右腕を戻し、既に見られているであろう燃える触手を準備する。


 本体で一気に肉薄し、一匹焼却する。


 別々の方向に逃げようと背を向けるゾンビだが、走り出した直後にもう一匹。


 幸い足は遅く、最後の一匹にも追いついて焼却。


「(別々の方角に逃げようとしたのは何故だ?)」


 何か仕掛けがあったのか、後から不意を突くためか、ただの攪乱かくらんか……。


 分からんが、何かしら準備や対策をされる前に片付けたい。


「兵は神速を貴ぶ……だっけか?」


 頭の良い奴に考える時間を与えてはいけない。


 下水道の奥へ、奥へと、急いで向かって行く。




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