第45話


 下水道の隠し部屋に居た死神の聖女、クタニアと協力できる事になった。


「ところで一つ質問なんだけど、教会と協力できるならしても良いって思う?」


「ええ、教会に私達を受け入れる度量があれば、ですが」


「この町のは大丈夫だと思う。俺が混沌神の使徒って知られても司祭とは仲良くなれたし」


 たぶん、きっと、仲良くなれたと、そこはかとなく思う。


「なるほど……既に教会と接触していたのですね」


「ああ、どういった関係か分からないから伏せてたが、大丈夫そうだから話す事にした」


 頷くクタニア。


 黒頭巾のアルシスカは無反応だ。


「問題ないなら、早く合流して各々の役割を決めよう」


「分かりました。眷属も死霊術師ネクロマンサーも、既に計画を成すために動いているのでしょう」



 俺は二人を連れて教会に戻った。


 相変わらず人気のない教会だが、僅かに死臭と生臭さが漂ってくる。


 僅かに超音波を感じ取れた。


 発信源に向かうと、そこには四肢を血で染めたソノヘンニールさんが居た。


 一瞬焦りを覚えるが、怪我をしたとかではなく、返り血のようだった。


「今戻ったよソノヘンさん。こっちはどうだった?」


「おかえりなさい、アリドさん。問題はありませんよ、司教様は御無事です……ところで、そちらの方々は」


 軽く言葉を交わした後、ソノヘンさんが俺の後ろに居る二人に目を移す。


 一歩前に出て、クタニアが一礼してから名乗る。


「はじめまして司祭殿。私は死神の聖女をさせていただいております、クタニアと申します。こちらは私の従者であるアルシスカ」


 どうやらアルシスカは死神の従者と言うより、死神の聖女の従者らしい。


 長いから獣人コンビには略されたのかね。


「御丁寧な挨拶、痛み入ります。私はこの教会で司祭をさせていただいております、ソノヘンニールと申します。どうぞ自由に呼んで下さい」


 社交辞令のような挨拶が交わされる。


 両者微笑みを絶やさないが、どこか空気が重くなってる気がする。


「よし、じゃあ情報をまとめよう」


 両手を叩いて空気を切り替える。


 全員の視線が俺に集まった所で話を進めよう。


「まず『敵』の存在。これは眷属と死霊術師の二勢力だが、その戦力の詳細は不明だ。傭兵ギルドは完全に支配下にあると思われるが、牛耳ってるのは死霊術師の方だろう。眷属の方は規模が把握しきれないが、恐らくそう多くない。魂の抜けた身体が無数に有っても、眷属の絶対数が足りていないと予想できる」


「色々気になる話が出ましたが、質問は最後にしましょう」


 ソノヘンさんが掴んでいない情報をいきなり出したからな。


 クタニアも同じ意見のようで、黙って聞いている。


「そうしてくれると助かる……で、次は敵の『目的』だ。眷属は司教の洗脳によって『外なるもの』をこの世界の神に据えようとしている。死霊術師は不明だが、傭兵ギルドを支配している事から、やはり死体を集めて何かしようとしてるんだろう」


 下水道に入った傭兵が毎年行方不明になってるって言ってたしな。


 不思議だね、何で原因の究明と対策を何年も放置してるんだろうね。


 やっている姿勢を見せてはいるのだろうが、中身はスカスカだろう。


 問い質せば、恐らくクタニア達に罪を擦り付ける算段だったに違いない。


「最後に『勝利条件』だが、これは二つで良いだろう。一つは『眷属に司教を渡さない事』一つは『死霊術師の計画の阻止』だ」


 このくらいで良いだろう。


「何か意見や質問は?」


 ソノヘンさんとクタニアが一瞬視線を交わすが、ソノヘンさんが手を差し出して先を譲る。


 紳士だなー。


「死霊術師ですが、計画を阻止するだけで良いのですか?」


「仮に死霊術師が居なくても自動的に計画が進行するタイプだったら、術者を倒しても意味がない可能性がある。本質として計画が達成されたら俺らの負けになるんだ」


「確かに……すいません、考えが足りていませんでした」


「いや、クタニアの聖女としての使命的に考えれば撃破が最良なんだろうけど、聞いてる感じ頭良さそうなんだよね死霊術師。んで、クタニアに一度負けていて、何の対策も練らずに戻って来るような性格じゃないだろうなーって」


 俺の言葉を受けて、クタニアは自分の思考に没頭してしまったようだ。


 それを見て、ソノヘンさんが俺に声を掛ける。


「すいませんアリドさん。その死霊術師について教えてくれませんか?」


「分かった」


 かくかくしかじかでクタニアから聞いた内容を伝える。


「なるほど、アリドさんの予想通り第三勢力が居たのですね」


「やろうとしてる事は、予想だけど五年前の計画の廉価版なんじゃないかな? 死体の貯蓄場所は下水道のどっかで、俺は当てがないけど、クタニア達なら心当たりがあると思ってる」


 その話題に反応してクタニアが自分の世界から戻ってきた。


「あ、はい。五年前に戦った場所であれば、細かい場所は分かりませんが、範囲は絞れるかと」


 ヨシ、これで忘れたとか言われたら泣いてた。


「んじゃ後で教えてくれ」


「はい、分かり……いえ、待ってください。私も向かいたいのですが」


 んー……気持ちは理解できるんだが、対策さメタられてる場合、足手まといになる可能性がなぁ。


 ここは言いくるめるか。


「戦力分担の話になるが、俺としてはクタニアに眷属の魂を抜いて貰って、次の器に入り込んで無限におかわりがやって来るって事態を避けたいんだ。眷属は最終手段として、薬で魂を抜かれた町民の命を全部使って数で押し切る戦術があるはず。クタニアそれを阻止できる切り札なんだ」


「しかし……」


 今一つ納得しきれていないようだ。


 いや、頭では最適な行動は分かっているのだろうが、心理的な要因が邪魔をしているのだろう。


 悪いとは思うが、もう一押しする。


「それと、クタニアは体力に自信あるか? 例えば数時間全力疾走できるとか」


「うっ、それは……」


「分かっていると思うが、超広大な迷路のような下水道をひたすら走って動く事になるぞ。一般的な死霊術に対して特効があるんだろうが、さっきも言ったが何の対策もしてないとは思えないし、仮に死神の聖女としての権能が及ばない敵が出た場合、対処できるか? あるいはそういった事態を想定した備えは?」


「…………」


 クタニアは唇を噛んで俯いてしまう。


 どうやらその可能性は考慮してなかったようだ。


 ちょっと一例を出してみよう。


「例え話だが、俺が死霊術師なら、クタニアの権能で処理できる大量の死体の中に、一匹だけ対策済みのを混ぜて奇襲を仕掛ける」


「……よく、思い付きますね」


「人ってのは一度手にした『便利』や『贅沢』は手放せないもんだよ。例えそれに依存してしまうとしてもな。そういった人類の心理的な特徴を把握していれば、ある程度頭が回るなら誰でも思い付ける」


「……私も、まだ未熟という事でしょうか」


 かなりションボリしてしまった。


 伸ばしていた背筋が丸くなり、猫背になってしまう。


 あと後ろからアルシスカがめっちゃ睨んできている。


 ちょっとフォローもしておこう。


「未熟とひとまとめにするのは良くないぞ。雑なレッテル貼りは思考停止と同じだ」


 改善点が漠然としてしまうと、何をすればいいか分からなくなるからな。


「……では、どういう事なのでしょう?」


 ぼそぼそと小声になってしまっている。


 口をへの字に結び、目も半開きになって、覇気がない。


 もしかしたら彼女の本来の性格は、先ほどまでのような凛としたものではないのかもしれないと思える豹変ぶりだ。


「知識と経験の差だろう。他人と接する機会の多さと、時間の長さは、聖女なんてやってると少なくなるんじゃないか?」


「それは……確かにそうかもしれませんが……」


「クタニアには死神の聖女としてやってきた知識と経験がある。その分、他が欠けていてもそれは仕方のない事だろう」


「……そうでしょうか?」


 自信喪失しちゃってる感じが凄い。


「ああ、じゃあ、こう聞こう……『君は今まで一人で生きてきたつもりか?』」


 テンプレなクサイ台詞だが、効果はあったようだ。


「――――いいえ、違います」


 クタニアは俯いていた顔を上げて、強く否定をする。


 その眼には力が籠もっていた。


 ヨシ、持ち直せたな。


「一人で何もかもはできない。足りない部分は誰かに補ってもらえば良い。人類の歴史だって、一割くらいはそんな感じだろうしな」


 そんな言葉で締めくくる。


 まさか俺がこんな説教じみた事をする羽目になるとは。


 別にクタニア相手に父性が沸き上がったりしてないんだがねぇ。




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