第44話


「五年前、ランゴーンでは疫病による死者で溢れていました。海風の混じって血と薬の臭いが家の間を流れて行き、陰鬱な空気が町を支配していました」


 どこか遠くを眺めて語る死神の聖女。


「町が死んでいく……そんな表現がぴったり当てはまる状況でした」


 淡々と、過去の話を紡ぐ。


「私達は当時、この地に溢れる死者の魂を冥府に導くためにやって来たのです。けれども死体の多くは、どこかへと打ち棄てられていました。調べると、それは教会でも領主でもなく、傭兵ギルドが主導して行っていたというのです。感染拡大を防ぐため、傭兵が疫病で死んだ者達の処理を、依頼として請け負っていたと言う話でしたが、それは表向きの理由でした」


 表向きは慈善活動というか、誰もやりたがらない事を率先してやっていたと。


 信用と人気を稼いでいた訳だ。


「実際は、死者を冒涜する『死霊術師ネクロマンサー』の存在が裏に居たのです。死体の処理を行っていた傭兵は、その死霊術師の手駒でした。奴は数多の死体を集め、積もる怨恨と暗い願望を束ね、何か恐ろしい計画を実行しようとしていました」


「その計画の内容は何も分からない感じ? それとも予測ならできる?」


「予測はしました。創造か、召喚……そのどちらかかと」


 たしかソノヘンニールさんの話によれば死者は二千は行っていたはず。


 千人規模の死体を生贄にして何かを作るか呼ぶかしようとしていたと。


 ちょっと想像もつかないな。


「私達は、死の神の恩寵を用いて、一度はその計画を阻止しました。しかし死霊術師を仕留める事はできず、逃げられてしまったのです」


 死を司る人と神様との力比べになったのかな。


 確かにそれなら負ける道理は無いだろう。


「奴を退散させた後、私達は死者の魂を冥府へ送り出しました。これで徐々に町は良くなるはずでしたが、逃げた死霊術師と入れ替わるように新たな災厄が町にやって来たのです」


「『外なるもの』の眷属か」


「はい。眷属らは疫病で傷心した人々に付け込み『異夢の秘薬』と眷属らが呼ぶ薬でもって、町の人々を同様の眷属に変えていきました」


「質問いいかな? 言いたくないなら良いけど、薬の名称とかどうやって知ったんだ?」


「私の聖女としての権能でして、魂を取り出して、色々できるのです」


「なるほど便利そうだな」


 俺がそう言うと、首をかしげる聖女。


「なんか変な事言ったか俺?」


「いえ、混沌神の使徒ともなると、私くらいの権能では怖気づく事もないのですね」


 ああ、される側の気持ちを考えると怖く思うのか。


 ……思うか?


「まあ君の事は味方として見てるから、別に怖がる必要もないだろう」


「……心が広いのですね」


「むしろ混沌としてるんじゃない?」


 知らんけど。


「話を区切って悪かったな。続けてくれ」


 聖女は何か言いたそうな表情を一瞬したが、すぐ元に戻って続きを話す。


「では続けますね……薬を飲んだ者は、夢で『外なるもの』と繋がり、幸福な夢を見せて依存させるようです。そして薬によって夢を見る度に眠りは深まり、最後には魂を肉体から連れ出されてしまい、空っぽの身体に眷属の意思が入り込むのだと」


 精神攻撃というか精神拉致か。


 ひょっとしてこの町に潜む眷属って、本質は幽霊みたいな精神体なのだろうか。


「死神とは、肉体から離れた魂を正しく導く役割を持った神でもあります。故に私はこの行いを許容する訳にはいかなかったのです。死霊術師に続いて眷属との戦いになり、私達は多くの仲間を失いました。しかし逃げる事はできません。魂を貶める眷属を、野放しにはできませんから」


「君らの目的は、死神の役割を冒す、眷属と死霊術師の撃退で合ってる?」


「はい。その認識で間違いありません」


「把握した……ところで他の仲間は?」


 そう聞くと、僅かに目を伏せる聖女。


 どうやらあまり良い話は聞けないようだ。


「時が経ち、町が落ち着きを取り戻す事で、人々が眷属の薬に依存する事も少なくなりました。徐々に眷属の影を町から減らしていく事ができていました……でも、あと少しという所で、死霊術師は戻ってきたのです」


 勝ちを確信して油断した所に不意打ちでも喰らったか。


 その死霊術師は頭の切れるやつなのかもな。


「……なすすべもなく、残された僅かな仲間も失ってしまいました。生き残ったのは、私と、彼女……アルシスカの二人だけです」


 聖女が「アルシスカ」と口にするタイミングで黒頭巾に目を向けた。


 どうやらそれが黒頭巾の名前らしい。


 黒頭巾改めアルシスカに目を向けるが、やっぱり目を合わせてくれない。


「それでも私達は諦めず、けれど、より慎重に、より隠密に、僅かながらも眷属を狩っていました。何か状況をひっくり返せる手段はないかと、一縷の望みに賭けて、私は再び眷属の魂を取り出して、尋問を行いました……そして眷属らの計画を知ったのです」


 眷属を増やすのは手段、目的は別にあったって事だな。


「眷属らは、自らが崇める『外なるもの』を、この世界の神の一柱にしようと言うのです」


「……世界を乗っ取るつもりか?」


 真剣な面持ちで頷く聖女。


 そんな事が可能だと言うなら普通に世界の危機では……。


「その計画の成就には正教会の司教、又は大司教の洗脳が必要だというのです。けど、計画は上手く行っていないようでして……町の教会に何度も侵入を試みているようですが、司祭の存在によって計画を何度も阻止されているらしいのです」


 流石ソノヘンニールさん。


 とはいえ、少し心配になってきたな。


 眷属も下水道に多少なり戦力を割く予想だったが、奴らは俺が思った以上に司教の存在を重視しているようだ。


「その数で押す作戦は実行されたのか?」


「いいえ、私達は、眷属が数を揃えたら強引にでも攻め入る事を知り、アルシスカに頼んで眷属狩りを急ぎました」


 なるほど、五年間も単独で教会を守り切る事ができた裏側には、彼女らの存在があったのか。


 なら教会に攻め入る戦力はそう多くないかもしれない。


「そして今に至ると」


「はい……それで、一つ懸念事項があります」


「死霊術師だな。完全にフリーになっている」


「ここ数年の状況は、恐らく死霊術師の望む状況であり、事実として、誰もが再来した奴の目的も、術者の所在も掴めていません」


 たぶん、定期的に眷属の魂から情報抜いてるなコレ。


 そんで眷属と死霊術師は協力関係にあるが、やはり目的は別々だな。


「その死霊術師が今になって動き出した」


「数年に渡る準備期間に何をしていたのか、知る術はありません。動き出した奴を止められるか、止められないか……もう、そのどちらかしかないでしょう」


「眷属と死霊術師、そのどちらかに目的を達成されたら、この町終わるんじゃないか?」


 嫌な予感しかしないよね。


「私もそう思います」


 同意をしてくれる死神の聖女。


 死神の聖女のお墨付きを貰ってプレッシャーが増した。


 まあ結局の所、やれることをやるしかないんだが。


 まず合流について考える。


 ソノヘンさんは邪教徒でも差別しない。


 彼女らは自らの使命の為に正教会を助けた。


 これなら話が拗れる事もなくスムーズに協力できそうだな。


 有り難い事に、こちら側の目的は齟齬や行き違いを起こさないで済みそうだ。


 共闘は叶いそうだし、名前くらい名乗ろうか。


「俺の名前はアリド。いちいち混沌の使徒呼ばわりじゃ長いだろうし、こっちで呼んでくれ」


「私はクタニアと申します。私の事も名前で呼んでください。どうかよろしくお願いします、アリド」


 柔らかく微笑みながら彼女――クタニアは俺に名前を教えてくれた。




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