第43話
黒頭巾と見つめ合うこと数分。
俺が何もせずに様子を見ていると、こちらに向けていた短剣を下ろした。
呼吸なども落ち着いてきたようだが、俺を見る目つきには警戒の色がありありと浮かんでいる。
ちょっと話しかけてみよう。
「色々聞きたい事があるんだが」
「…………」
無言で返された。
どうやら言葉を交わす意思はなさそうだ。
黒頭巾はじりじりと移動をして、落ちていたもう片方の短剣を拾う。
動きを目で追っていくと、倒した獣人コンビが目に入った。
「(吸収したいけど、頭吹き飛んだし記憶は吸収できないかな)」
ちらりと倒れている首無し死体に目を向ける。
何か黒頭巾を説得するのに適した話題はないものかな。
適当にそれっぽい話題を振って出方を窺うのもアリか。
「一応聞きたいんだけど、君って外なるものの眷属と関係がある?」
黒頭巾の視線がこちらに向く。
「……お前から、話せ」
震える声で、それでも気丈に答える黒頭巾。
自分からは情報は出さないぞ、という決意が伝わってくる。
なんでここまで怖がられているんだろうか。
化け物と戦ってきたなら、俺が多少異形めいていても、ここまで動揺は示さないと思うんだが。
「どちらかと言うと、俺はこの世界の人類側だよ。外なるもののせいで世界が滅ぶらしいから、その対策として色々やってる」
俺も死にたくないしな。
「……世界が、滅ぶ?」
黒頭巾が怪訝そうな声で疑問を口にする。
知らないのはちょっと意外だな。
いや、ソノヘンニールさんも驚いていた気がする。
ひょっとしたら、混沌神以外の神々は使徒や聖女にそこまでぶっちゃけてないのかもしれない。
「俺の会った神様はそう言ってたぞ」
軽い調子で言ってくれたよ。
「それは、本当に、この世界の神か?」
その疑問はもっともだね。
俺もちょっと疑問に感じる事あるもん。
「混沌神らしいよ」
「さっきも言っていたが、お前、本当に、使徒なのか?」
実は名乗って良いとは言われたけど、認めるとは言われてないんだよな。
俺は使徒に分類されるのだろうか。
だがここで「ちょっと分からない」とは言えない。
なので俺だけの特異性を示して行こう。
「俺の魔力見てみる? ちょっと特殊なんだけど」
「……もう、見た」
目を逸らし、恐怖に震える声で呟かれた。
これは魔力が怖がられる原因っぽいな。
この話題はここまでにしよう。
「で、話を戻すが、俺は眷属やその協力者との敵対をしている。君もそうなら協力関係になっておきたいんだ」
「…………」
黒頭巾は考え込むように眉間に皺を寄せる。
「ちなみに、状況的に時間はもう残っていないと思うぞ」
考え込むなら、説得の余地がありそうだ。
もう少し揺さぶりをかけてみよう。
「傭兵ギルドと眷属は協力関係にあり、依頼を通して得た情報を元に例の薬を浸透させた。そして侵透による町民の眷属化は完了間近。奴らは司教を狙い、地上の教会にも向かっているだろう」
俺の予想だけどな。
そこまで的外れでもないだろう。
どうやら俺の言葉は有効だったようで、黒頭巾は見るからに焦っている。
「少し、待て」
そう言うと、黒頭巾は狭い機材の裏側を通り、見えない位置に移動した。
念のため魔力迷彩を施した触手カメラを追跡に這わす。
壁に魔力で何かの文字、あるいは紋様を描くと、壁の一部がスッと音もなく動く。
そして奥に入っていった。
隠し扉か……最初の下水道にもあったな。
邪教徒と言うのはこういったものが好きなのだろうか。
秘密基地っぽくて俺は好きだよ。
隠し部屋の中を覗くと、黒頭巾と少女らしい人が会話をしていた。
小声で話しているため、何を話しているかは聞き取れない。
あまり近づくとバレそうなので、隠し部屋の外から眺めるだけに留める。
そこそこ長い時間が経って、話がまとまったのか黒頭巾が出てくる。
「来てくれ」
「分かった」
隠し部屋に案内され、中に入る。
広さは六畳間くらいだろうか。
目に付くものは奥に鎮座する祭壇と、その手前に立つ少女。
白い祭服に身を包み、錫杖のようなものを携えている。
病的と言うよりは色素が抜け落ちたような、新雪のように白い肌と、海を思わせる紺碧の髪と瞳を持ち、神秘的な雰囲気を纏っていた。
それ以外にも、俺が印象的に感じたものは、彼女の纏うその気配。
前世で死んだ時の事を思い出す、死の気配。
混沌神と会った時に感じた、神の気配。
その両方を、目の前にいる少女からひしひしと感じるのだ。
「はじめまして、混沌神の使徒」
「はじめまして、死神の聖女……で、合ってる?」
まずは挨拶。挨拶は大事。
古事記にもそう書いてあるに違いない。
「ええ、合っています」
よかった……これで「違います」って言われたら凄く恥ずかしかった。
そんな内心を知ってか知らずか、話が続く。
「それで、貴方は私達と協力関係を結びたいと」
「ああ」
話が早いタイプかな。
「ですが、私達はまだ貴方を信用しきれません」
長くなるタイプだな。
「仕事でもしろと? 流石にそんな猶予があるとは……」
俺の言葉を遮るように手で制してくる。
「いいえ、貴方は混沌神と会った事があると聞きました」
お、流れが変わった。
「ああ、あるな」
「ここでも会えますか?」
「奥の祭壇って死神専用?」
「いえ、そういった用途に限定していませんし、ここでは出来ません」
「じゃあたぶん行ける」
「ではお願いします。もし貴方が交信に成功すれば、混沌神の気配を感じ取れると思いますので」
「分かった、やってみよう」
祭壇の前を俺に譲る死神の聖女。
祈りを捧げるが、少し心配もある。
大した用でもないのだが、果たして混沌神は来てくれるだろうか……。
いつもの空間。
『やあ!』
「ウッス」
『じゃっ!』
「あざッス」
現実に戻る。
ノリとフットワーク軽すぎんか、あの神様。
というか今の一瞬で伝わったんだろうか。
「……ほんもの?」
振り返ると、口を半開きにして驚いている聖女の姿があった。
あ、伝わるんだ。
「今、貴方は……」
「まあ、会えたね」
会話は一瞬で終わったけどな。
視線を彷徨わせ、心ここに在らずといった感じになってしまった聖女。
どうすれば良いのか分からず、なんとなく黒頭巾に視線を向ける。
サッと目を逸らされた。
じっと見つめていると身体の向きを変えてしまった。
少し悲しい。
再び聖女に目を戻すと、さっきまでの様子とは打って変わって真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「交信していただき、ありがとうございます。私達は貴方を信用します」
「……そうれはどうも。まあ、礼は来てくれた混沌神に言ってくれ」
俺がそう言うと、少し驚いた顔になる聖女。
「謙虚なのですね」
「それほどでもない」
口に手を当てて上品に笑う聖女。
これは……友好的になってくれたと思って良いのだろうか。
「それはともかく、まずは情報交換がしたい」
俺がそう言うと、彼女も真剣な表情になる。
「分かりました……では私達から、この町で知り得た全てをお話ししましょう。それと私達の目的を話すのに、少し身の上の話をさせていただきます」
「そちらの目的を知らないと協力しようがないからな、話してくれるなら助かる」
死神の聖女は語り出す、彼女らの目的と、この町で見聞きした全てを。
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