第42話
音を立てず、獣人コンビの後を追う。
不意を打てるよう、あくまで隠密重視で動く。
あの扉の先に居るのが対抗勢力かもしれないが、長年拮抗状態を作っていたなら簡単にはやられないはずだ。
触手カメラを通して、吹き飛ばされた山羊の獣人が起き上がるのが見える。
無言で武器を抜き放ち、扉の中へ突撃していく。
そっと後ろから触手カメラで扉の内側を覗く。
そこに映っていたのは負傷を恐れず戦う獣人コンビと、顔を黒い布で覆った小柄な人物。
黒頭巾の人には尻尾があり、それは鼠のように細く長い。
二振りの短剣を構え、二人の侵入者に対して応戦している。
部屋は明るく、そこそこの広さがあり、戦う事に不便はしなさそうだ。
何かの機材やパイプが散見される事から、下水道の設備として機能する部屋なのだと予測できた。
「この……人形めッ!」
悪態を吐きながら侵入者の猛攻を防ぐ黒頭巾。
「人形とは随分な言い草じゃないか! 死神の従者!」
「そうだな、俺らは特別製だ。これまでの駒と同じと思うな」
声に反応して、急に喋り出す獣人コンビ。
能面のような顔が一変し、不敵な笑みを浮かべたり、不機嫌そうになったりする。
「(なんだ? 急に人間っぽくなったな)」
特別製と言っていたが、何がどう特別なのか。
ぜひとも黒頭巾の人には聞いてほしい。
「人の振りをするなッ! 気味が悪いッ!」
まったくもって同感だが、ここは「特別製だと!?」みたいな感じで反応してほしかった。
まあそれで何もかも語ってくれるとは思わないけど。
獣人コンビの攻撃は鋭く的確で、目も合わせず上手く連携して動いている。
黒頭巾も負けておらず、短剣と身のこなしで怒涛の連撃を捌き、時折反撃を加えて獣人コンビに傷を増やしていく。
だが、獣人コンビの動きに劣化は見られない。
それどころか、傷から流れる血の量が常人に比べると少ないように思える。
「(こいつらも動く死体に近いモノなのか?)」
黒頭巾は肩で息をするほどではないが、呼吸は荒い。
獣人コンビは呼吸をしているのかすら怪しい。
戦況は黒頭巾がやや劣勢だろうか。
「悪いが時間切れってやつさ! ここで死ねや!」
「足掻くな。抵抗は無意味だ」
言葉から察するに、獣人コンビの属する勢力は、ずっと前からこの場所を抑えていたようだ。
だが、時間切れとは何だろうか。
「(誰にとっての時間切れだ?)」
黒頭巾側か、それとも獣人コンビ側の方か。
「誰が人形如きにッ!」
黒頭巾の持つ短剣に、魔力が奔る。
しかしそれを見た獣人コンビは、黒頭巾と同様に、それぞれの持つ武器に魔力を奔らせた。
「なッ!?」
驚く黒頭巾。
「言ったろうがよォ!」
「俺らは特別製だとな」
武器に魔力をどうこうするのは特殊な技術なのだろうか。
ともかく、獣人コンビの猛攻は先ほどよりも強まる一方だ。
対して黒頭巾の動きは徐々に精彩を失っていく。
そろそろマズいか。
開け放たれたままの扉の近くに到着した。
「(とりあえず、不意打ちで確殺するための準備だ)」
両腕をスライムに戻して魔力を付与する。
加える変質は「硬質化」、「伸長」、「加速」、「誘導」、「溶解」の五つ。
以前、虫の魔物を触手で貫いたように、今回も似たような手段で仕留めに行く。
込める魔力量は虫の時の倍以上だ。
これだけ込めれば大丈夫だろうってくらい詰め込んだ。
形状も、より殺意の高いものに整える。
触手カメラで戦況を確認し、介入のタイミングを見極める。
黒頭巾の戦い方は巧妙で、追い詰められないようパイプや機材を使い立体的に動き回っている。
まるで黒い弾丸が部屋中を跳弾しているかのようだ。
獣人コンビは腕や足が斬り落とされるような重傷は避けるものの、それ以外の致命的な欠損に繋がらない攻撃は無視して猛攻を仕掛ける。
衝撃を受け流すように短剣で攻撃を逸らし続けているが、やがて限界が来たのか、片方の短剣が弾き飛ばされる。
「ッシャア!」
「終わりだ」
残った片方の短剣で凌ぐも、ついに壁際に追い込まれてしまった黒頭巾。
「くっ……!」
黒頭巾を仕留めんと、獣人コンビの視点が集中している。
ここだな。
扉の内側に入り、獣人コンビの後頭部を狙い、極太の槍のようになった両腕を勢いよく伸ばす。
空気の破裂する音と、獣人コンビの頭の破裂する音がほぼ同時に響く。
その大きな音は下水道で反響して長く耳に残った。
「……これマジ?」
俺のやった事だが、攻撃の研究は後回しにしていたので、ここまでの威力が出るとは思わなかった。
いや、確実に殺せるよう魔力は多めに使用したが、それにしてもである。
空気の膜を突き破った感覚があったので、たぶん音速を超えたと思う。
目にも止まらぬ速度で伸びた両腕は、二人の獣人それぞれの頭部を粉々にしたようだった。
首から上を無くした二人の身体がそのまま一歩、二歩と進むが、そこで動かなくなって倒れる。
その元凶たる両腕は、黒頭巾の頭の左右の壁に突き刺さっている。
獣人の頭だった肉片や骨片を服に張り付けた黒頭巾は、何が起きたのか理解できないといった表情をしていた。
目元しか見えないが、目元だけでも分かるくらいだった。
黒頭巾はゆっくりと瞳だけを動かし、左右の壁に突き刺さる俺の腕を見て、それがどこから伸びているかを辿るように視線を這わせる。
目が合った。
「あ、こんちわ」
軽い感じで挨拶してみる。
一瞬の空白の後、
「ヒェッ」
なぜか怯えられた。
おかしいな、異世界転生して人助けしたら良い感じの空気になるはずでは。
……まあこんな腕してたら仕方ないか。
腕を壁から引っこ抜き、縮めて人の腕に戻す。あと足も人のものに戻した。
これでどこからどう見ても人間だ。
「大丈夫、見ての通り人間だ」
「う、嘘だッ!」
上擦った声で叫ぶ黒頭巾。
後ろが壁だというのに、尚も必死に下がろうとする。
目の焦点が定まらないように見えるし、混乱しているのかもしれない。
「とりあえず落ち着こうか」
「できるわけないだろッ!? 何なんだお前ぇッ!?」
どうしたものか。
そういえばこの黒頭巾、死神の従者とか言われてたな。
ひょっとしなくても邪教徒と呼ばれる分類の人だろう。
ならば事前に考えていた通りに名乗れば良い。
「混沌神の使徒でーす」
ニッコリ微笑みながらフレンドリーに自己紹介。
「信じられるかああああッ!!?」
黒頭巾の絶叫が響き渡る。
喚き散らしながら、手の残った短剣をその場でブンブンと振り回す黒頭巾。
何を言っても駄目そう。
こりゃ落ち着くの待つしかないな。
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