第39話


 眼前に倒れ伏す眷属達を見下ろしながら、どうするか考える。


 ……そういえば、最初に殴り倒した奴は死んでない可能性があるな。


 中身を吸収した眷属が持っていたナイフのような刃物を奪い、最初に倒した奴に近づく。


 適当に刃物を突き立ててみるが、ピクリとも反応しない。


「死んでるか?」


 確かに良い感じに拳が入ったが、死ぬほどじゃなかったと思う。


 不思議に思っていると、背後に付けている目が信じ難いものを映した。


 ソノヘン人形ドールに首を折られた眷属が、音もなく、ゆらりと立ち上がった。


 折れた首はそのままで、後頭部が背中にくっついている。身体が揺れる度に、頭が振り子のように動く。


 そして、さっきまでとは比べ物にならないほど俊敏な動きで迫りくる。


 ソノヘン人形を操り、振り向きざまに回し蹴りを叩きこむ。


 動く死体となった眷属は回避する事も無く直撃するが、吹き飛ぶ瞬間にも攻撃を行い、ソノヘン人形の足に軽い傷をつけた。


「(死んでも動く? なら……)」


 直感的にその場を飛び退く。


 一瞬遅れて、さっきまで俺が居た位置を凶刃が通り過ぎた。


 倒れた状態から、魚が跳ねるように飛び上がり、距離を取られる。


 ソノヘン人形に蹴り飛ばされた方も、何事もなく起き上がった。


 骨が折れてぶら下がる頭を手で掴み、身体の前に持って来ながら首を捩じり、顔がちゃんとこちらに向くよう調整までしている。


 俺には戦場で余計な動きをしているようにしか見えんのだが。


「(余裕のつもりか?)」


 なら遠慮なく、その隙を突こう。


 首が折れてない方の眷属に俺とソノヘン人形の両方で向かう。


 首折れ眷属は追いかけてきたが、僅かに遅れたため数秒は二対一だ。


 その数秒で十分だ。


 下がろうとする眷属の背後に、魔術『隆起』を使用、地面を持ち上げて壁を作る。


 逃げ場をなくした眷属にソノヘン人形を突っ込ませると反撃してきた。


 紙一重で躱した後、伸びきった腕を掴み、関節の可動域を越えた方向に力を込め、骨の折れる音と靭帯の千切れる音を響かせる。


 組み付かれて動けない眷属の眼孔に指を突っ込み、中身を吸収する。


 この手口で仕留めた眷属は、今この状況でも動かない。


 ならば、これは有効な攻撃手段のはずだ。


 後ろから追いついてきた首折れ眷属が凶刃を振るう。


 頭の中を掴んで死体を振るい、盾にする


 盾にしながらも中身の吸収は継続しておく。


 脳が無くなれば仕留めきれるのか、まだ未知の何かがあるのか、分からないのであれば念を入れるに越したことはない。


 確実に殺しきる。


 首折れ眷属の振るう刃が深く刺さるよう肉盾を動かし、動きを封じれないか試す。


 よほど力が強いのか、刃物は肉に深々と沈んだ。


 刃物を引き抜こうとした所で、ソノヘン人形が腕を掴む。


 ソノヘン人形で再び腕をへし折り、地面に叩きつけるように抑えつける。


 中身を吸収し終えた肉盾を捨て、首折れ眷属の中身を吸収するため手を伸ばす。


 暴れる眷属は空いている手で頭を掴み、自らの肩に噛みついた。


 骨肉の砕け千切れる音が響く。


 片腕を切り捨ててまで逃れようとする首折れ眷属だが、拘束から逃れるよりも、俺の手が奴の頭を掴む方が僅かに早かった。


 これ以上余計な事をされる前に、もう片方の手で頭の内側を吸収する。


 三人……三体? 三匹で良いか。


 三匹いた眷属はこれで完全に沈黙した。


 冷たくなっていた思考に、人間的な熱が戻るのを感じる。


「はぁー……何か面倒なの出てきたなぁ……」


 思わずため息が漏れる。


 ゾンビか何かかこいつらは。


 面倒だからじゃなくて、念を入れて完全に吸収した方が良いなコレ。


 吸収前に改めて周囲を目視、魔力視確認。


 ヨシッ!


 右手を添えて、掌からスライム部分を出して死体を包んで吸収する。


 外から見ると何かの魔術や魔法っぽく見えるだろう。


 俺が羽虫ドローン使ってるし、似たような発想は警戒すべきだろうという判断だ。


 スライムバレは可能な限りしたくないからね。


 何がどうヨシなのかは知らない。気分でやった。後悔も反省もない。


 三匹とも完全に吸収し、ようやく下水道に向かえるようになった。


「(ソノヘンさんにこの敵襲を伝えた方が良いかな? いや、敵の動きを予測してみるか……)」



 まず、教会に戻らないパターン。


 敵は教会と下水道に戦力を分けるだろう。


 そしてその戦力の比率は下水道の方が高いと予測できる。


 教会に残っているのは、薬中司教とシスター二人だけだと思われるはずだし、今さっきの戦闘でこちらの戦闘力が敵に伝わった可能性もある。


 下水道に向かう俺とソノヘン人形を軽視する理由は無い。


 司教を眷属化する事がどれだけ重要なのか、情報がないので断言はできないが、隠れていたゾンビ眷属三匹分の重要度と予測するとそれほどでもない気がする。


 そうであればソノヘンさんが対処すべき戦力を削減できる。


 更に利点はある。


 下水道なら人目を気にする必要がないという事だ。


 つまり、俺は「人らしさ」にこだわる必要なんてなくなるのだ。


 全力で戦えるなら、あのゾンビ眷属はものの数ではないだろう。


 早期に眷属の対抗勢力とも接触しておきたい。



 今度は逆パターンを考えてみる。


 教会に戻った場合、最悪な状況になる事が一つある。


 それは、そのタイミングで攻められたら敵の戦力が一点に集中するという事。


 まず間違いなく人数的には不利だ。


 教会は立地的に四方を敵に囲まれる危険もあり、そうなれば流石に厳しい。


 俺が自分の身を守るだけならともかく、ソノヘンさんが薬中司教を守るのに命懸けそうなんだよねぇ。


 運良く攻め込まれなかったとして、この情報共有にどれ程の意味があるのか。


 事前に「こっちから敵を動かす」という旨の話をしていたのだから、当然襲撃は予測済みだろう。


 ならばゾンビ眷属の存在だが、既に知っていたら無駄足にしかならない。


 彼はずっと昔から戦っている人なのだから、知っている可能性は十分ある。


 あとは……先に下水道に入られて待ち伏せされて不利な状況を作られる可能性もあるな。


 一番厄介なのは逃走経路を用意されていた場合、俺の情報が持ち逃げされる危険があるという事だ。


 プロパガンタに利用されるのが一番怖い。


 俺の存在が世界の敵にすり替えられるのは絶対に避けねばならない。


 自分で言うのもなんだが、なろうと思えば世界の敵になれる能力スペックあると思う、この混沌神製メイド・イン・カオスのスライムボディ。


 ここまで色々考えたが、これなら戻らない一択だろう。


 戻るリスクに対するリターンがあまりにも少ない。


「(敵が俺の予測通りに動いてくれるなら、ここはさっさと下水道に向かった方が良いな)」


 予測が外れていたら意味はないが、そこまで大きく外れないと思っている。 


 敵が俺の想像以上の馬鹿だったら外れるかもだが、あり得ないだろう。


 もしそうなら、とっくの昔に国とか教会が片付けてると思うわ。




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