第38話


「依頼が完了したのを確認できたら、ここにサインすれば良いのですね?」


「個人依頼はそういう感じみたいだね」


 俺は真っ直ぐ教会に戻り、ソノヘンさんと会話をしていた。


「んで、傭兵ギルドで考え事してて気付いたんだけど、もしかすると眷属とその対抗とは別に、三つ目の勢力があるかもしれん」


「詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」


「もちろん」


 傭兵ギルドで感じた違和感と、掴んだ情報との摺り合わせを行い、そこからくる推測をソノヘンさんに話した。


「……という訳だ」


「なるほど、アリドさんとしては、その勢力をどう見ますか?」


「敵で良いと思う。利害が一致すればこっちにつく可能性もあるが、たぶんそうはならない。仮に第三勢力と呼ぶとして、奴らの目的はかなり悪質なものだと思う」


「町民を眷属に差し出してでも成したい事なのでしょうからね……まっとうな事が目的とは到底思えませんか……」


 そこに気付いているなら、話は早い。


「そう、そして厄介なのが、眷属と第三勢力の両方を同時に止める事が極めて困難だという事。眷属は第三勢力に見返りを用意できなくなっているらしいし、喧嘩別れでもして、別行動を取られたら厳しい状況になると思う。俺とソノヘンさんがどんなに強くても、手を伸ばせる範囲は限られてる」


「では、やはり決別される前に敵を動かざるえなくして、各個撃破の運びとするのが理想ですね」


「うむ、そうなるな」


 欲を言えばもっと味方が欲しい。


 数は力だよ、とは前世でも良く言われていた。


 味方にできそうなのは眷属の対抗勢力くらいしか思い当たらない。


「あ、そうだ、実は傭兵ギルドで嘘ついてきたんだ」


「……あまり感心しませんが、どのような事を?」


「下水道入るって言ったら渋られたから、ソノヘンさんがついてくるって」


「ふむ……眷属に監視されてる可能性……いえ、傭兵ギルドなら第三勢力ですか」


「まあそっちも情報を集める手段を持ってると思うよ。それに眷属も視野に入れて良いと思う。まだ繋がりがあるだろうから」


「……ああ、そうですね、町民の情報を渡していたのですから」


「でもソノヘンさんは教会から離れられない」


「ええ、いえ、しかし僅かな時間であれば……」


 その申し出に俺は首を横に振る。


「ソノヘンさんは教会に居て貰って良いよ。むしろチャンスかもしれない」


「私が教会から離れなければ、後ろ暗い者共は近づいて来ないと思いますが」


「大丈夫、一つ良いアイデアがある」


 そう言って、俺は右手をスライムにする。


「ちょっとキモいかもしれんけど、じっとしててくれ」


「わ、分かりました……」


 若干引き気味に答えるソノヘンさん。


 そんな彼の感情を無視して、全身をスライム化した手で覆い、型を取る。


 あと少し髪の毛も貰う。


 イルカ魚人の因子ゲットだぜ。


「よし、もういいぞ」


 ソノヘンさんの型の形に、変形させた俺の一部を整形する。


「……それは」


 俺の横にはソノヘンさんそっくりに擬態した俺の元右手があった。


「近くで見ると違和感を感じるかもしれないが、遠くから見る分には分からんだろう。たぶん」


「……なんと言いますか……凄いとしか言いようがないですね」


 こうも褒められるとちょっと照れくさくなるね。


 ソノヘンさんは呆気に取られた顔して、自分そっくりな人形を見ていた。


 右手を再生成して、ソノヘン人形ドールとの接続は糸触手で行う事にする。


「これ作ってから聞くのも何なんだけど、下水道探索に当たって必要そうな道具って何かない?」


「そうですね、灯りになるものと、可能であれば地図が欲しいですが……」


「地図ってあるのか?」


「一部の権力者と設計者が持っているくらいですね。悪用されないよう、貸し出しも名声のある人物に限定されるでしょう」


 こういう所で名声が必要になるのね。


 今は無名も良い所だし、借りるのは無理だな。


「まあ、何とかなるだろう。身体を変形させて命綱みたいな感じで入口付近に巻き付けておけば問題ない」


「そんな事もできるんですね。しかし長さはどの程度まで伸ばせるんですか?」


「どこまで伸びるか正直よく分からないんだよねぇ……でも、この町の端から端までくらいなら伸ばせると思うし、平気じゃないかな」


 想像以上の長さだったのか、驚きの表情を浮かべるソノヘンさん。


「いやはや……アリドさんには驚かされてばかりですね」


「俺もたまに自分のスペックにびっくりするよ」


 お互いに顔を見合わせ、少し笑う。


「とりあえず、下水を進むための灯りだけ用意したいけど、何かある?」


「私物ですが、ランプがあるので、それを渡しますね」


「おお、ありがとう」


 ソノヘンさんは一旦自室に戻って、ランプを持ってきてくれた。


「後は下水道に入るための通路ってのがどこにあるのか教えてくれ」


「ランプを持ってくる時に、大まかな地図を描いて持ってきました」


「有能」


 仕事が早くて助かる。


「じゃあ俺は下水道に向かうけど、こっちも気をつけてくれ」


「ありがとうございます。アリドさんも、どうか気をつけて」


「見送りはいらんぞ」


 ソノヘン人形ドールを連れてるからな。


 教会の一室で分かれて、そのまま教会から出る。


 念のため、周辺を目視と魔力視で確認する。


「(……丘の下に何人か潜んでいるみたいだな)」


 魔力が見える。


 草木の生い茂る場所に、何者かが身を隠しているようだ。


 早速動いてきたか?


 司教が薬物依存状態なのは知っているだろうし、完全に引き込みたいと画策してるのかもしれない。


 隠れている奴らの所に真っ直ぐ向かい、声を掛ける。


「こんにちは、眷属さん」


 カマをかけつつ挨拶してみる。


「――――」


 俺に声を掛けられて、飛び出しながら刃物を取り出した不審者たち。


 数は三人。


 その反応は「正解です」って言ってるようなもんだぞ?


 全員フード姿にマスク、更に手袋をして肌の露出を極限まで抑えている。


 とりあえず、刃物を出したなら正当防衛は行使できるだろう。


 この世界の法律知らんけど。


 もし危なくなったら、ソノヘンさんの所に逃げればいいか。


 一人で教会と司教を守ってたなら、結構な実力者なのは間違いないはず。


 前世で格闘技なんて習っていないが、傭兵の記憶の追体験で多少は身についた。


 と、思う。


 刃物を構える不審者たち。


 考え事は後だな。


 一番近い奴に駆け寄り、そのまま殴り飛ばす。


 放たれた拳は、不審者の顔面に吸い込まれるように突き刺さる。


 首が大きく仰け反り、そのまま気絶したのか仰向けに倒れた。


「一匹」


 残った不審者二人は毛ほども動揺を見せずに、刃物を振りかざし近づいてくる。


 少し下がると追ってきたので、ソノヘン人形ドールを操り、横から片方の不審者に蹴りを叩きこむ。


 放たれた蹴撃が不審者の頭部を捉える。


 嫌な音が響き、後頭部と背中がくっつくほど仰け反った後、頭から地面に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。


「二匹」


 俺は最後に残った不審者と相対する。


 顔は見えないが、焦りや不安、恐怖といったものを感じない。


 どこか淡々とした動きで攻撃をしてくる。


 振り下ろされた腕をいなし、体勢を崩した相手の眼孔に指を突っ込む。


 そのまま指をスライムに変化させ、眼球を突き破って頭の中を吸収してしまう。


 不審者は何度か痙攣した後に、全身を弛緩させて崩れ落ちた。


「……ん?」


 記憶が読めない。


 頭だけじゃなくて全身を吸収する必要があるのだろうか?


 この辺の検証は、あまり進んでいないんだよな。


 人の手に戻しつつ、眼孔から指を引き抜く。


 もう一度周辺を目視と魔力視で確認してみるが、人影は見えない。


 教会に町民が寄らない事が幸いしてか、この現場付近に人は居ないようだ。


 不審者のフードを上げてみると、やはり鱗に覆われた肌と、片側だけ残った魚のような出っ張った目があった。


 思ったより弱かったとか、俺って人基準では結構強いんじゃないかとか、これは人殺しになるのかとか、眷属だからセーフなのかとか、色々考えたい事はあるが……。


「……どうするか、死体これ


 面倒だし、全部吸収して証拠隠滅しとくか?




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