第37話


 あれからも過疎地域を探索したが、直接的な薬のやり取りは発見できなかった。


 だが新しい発見はあった。


 あの眷属だが、目が覚めるタイミングで魚から普通の人に戻ったのだ。


 鳥の獣人っぽい人だった。


 獣人が魚になるのは明らかに異常だし、眷属が町中に入り込んでいる事は確信できた。


 とりあえず朝一で教会に向かい、昨晩の発見をソノヘンさんと共有した。


 重要なのは、紙に書かれていた内容だ。


「不明の住所ですか……それと『悪魔の岩礁』? というのは聞いたことがありませんね」


「この場所にあるのか、それか何かの合言葉だと思うんだがな」


「そうですね、私もその線が濃いと思います」


 紙に書かれていた住所を告げると、ソノヘンさんが情報をくれる。


「そこは水中居住区ですね。細かい場所は分かりませんが、港の近くにあります」


「水中?」


「はい、海中で働く魚人の方々が、そのまま海で暮らし出したのが始まりと言われています」


「へぇー」


 流石異世界って感じだ。


「しかし、そうなると簡単には乗り込めんな」


「乗り込むつもりだったのですか?」


「最終的にはね。何の準備もせずに行くつもりはないよ」


「そうですよね、流石に使徒様といえど、そんな事はなさいませんよね?」


 頷いて、そんな事はしないとアピールする。


 大丈夫、まずは触手で偵察するさ。


 心の中でそう返事をしておく。


「まあ、それはそれとして、一つ相談があるんだが……」


「何でしょうか?」


「今手持ちがなくてな。傭兵ギルドに俺を指名する依頼を投げてくれ」


「……一応確認させて下さい。理由は本当にそれだけですか?」


 それだけだよ、とは言えない表情をされたので急遽理由をでっちあげる。


「地下を調べたい」


「地下というと……下水道の事でしょうか?」


 この町の下水道は入れる感じなのかな?


 なら調べておきたいな。


「ほら、アレだ、眷属化停滞の理由か、眷属の本拠地があるかもしれないじゃん」


「そういう事ですか……しかし、そのような事をして大丈夫でしょうか?」


 何がだろう。


 眷属へこちらの動きがバレる事かな?


「んー……ギルドに眷属が入り込んでるのは確実だろうけど、逆に言えばこちらから相手を動かす事ができると思うんだよね」


「相手の出方を窺うという訳ですね」


 何だか良い感じに話が進むな。


 この町の裏側で何が起きているかを知る機会になるかもしれない。


「たぶんだけど、外なるものの眷属と、それを防ぐ勢力は拮抗してると思うんだよね。で、両者大きな身動きが取れない。根拠は五年という時間が経っても、この町が陥落していない事。俺らはそこに、どんな一石を、どこに投じるかを選べる状況にあると予測できる」


「こちらの思惑通りに、誘導すら可能であると?」


「情報さえあればな」


 こんな事を言っているが、自信はない。


 実際の所は、混沌神からは使徒を名乗って良いと言われたが、俺の戦力がどのレベルなのか不明なので、盤面にどの程度の波が起こせるか分からない。


 まあそれでも何とかするしかないのだが。


 これまでもぶっつけ本番ばかりだったし、現実にリハーサルは無い。


 やれることをやるだけだ。


「では、少しお待ちください。今から依頼書を作成しますので」


「分かった」


「内容は……『教会の水回りが悪くなったので、個人的に知り合ったアリドさんに教会から下水道の調査依頼を出した』というのでいかがでしょう。教会の近くにも下水道に繋がる通路がありますので」


「良いと思う……ただ一日で探索が終わるかは分からない。あとマジで金がない」


「では、依頼の拘束期間中は、教会で衣食住を担保する旨を依頼書に記載しておきましょう。報酬は私から払いますよ」


 凄く助かる。


 やはり持つべきは仲間だね。


「しかし、状況が大きく動くのであれば、私は教会を離れる事ができません。下水道探索は、アリドさん一人に任せる事になってしまいます」


「大丈夫だ、問題ない。たぶん。きっと」


「……はい、お願いします」


 若干ラグがあったが、ソノヘンさんも俺を信じてくれたようだ。


 まあ懸念事項もあるし、俺一人の方が良いだろう。


 仮にだが、眷属と対抗してるのが邪教徒だとしたら、ソノヘンさんの存在は話が拗れる要因になりかねない。


 それなら教会に居て貰った方が良い。


 邪教徒相手なら「混沌神の使徒」を名乗ってスライムハンド見せれば説得できるかもしれないしな。


「ところで、報酬は先払いだと嬉しいなって」


「……ああ、そうですね。傭兵ギルドに眷属が居る事を考えると、その方が良いでしょう」


「……うん、そうだね!」


 一瞬、こちらを訝しむような視線になった気がするが、気のせいだろう。


 ……単にお金が欲しかっただけなんて言えない。




 そして時刻は昼前。


 ソノヘンさんが依頼書を作成し終えたので、それを持って傭兵ギルドへと向かった。


 扉を開けて中に入る。


 丁度空いている時間なのか、人影がまばらだった。


 受付には変わらず、例の職員さん、ヤギナと呼ばれていた彼女が立っている。


 近づいて行くと、こちらに気付いて口を開く。


「ようこそ傭兵ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 定型文で迎えてくれる職員さん。


 改めて良く観察してみると、彼女は動物的特徴のない普通の人間に見える。


「教会から依頼書を持ってきた」


「分かりました。預からせて頂きますね」


 特に嫌な顔をせずに受け取る。


 彼女は教会に対して、特に何の感情も抱いていないのだろうか?


 表情をつぶさに観察していても、感情に変化は見えない。


「(この人は疫病の事を知らない? いや、親衛隊なんて名乗る連中が居る時点で、結構長いんじゃないのか?)」


 もちろん、疫病の件より後に親衛隊ができた可能性もあるが、あの獣人二人はたぶん眷属と関わりがある。


「こいつらだけ」「もう少し、誰か居ないのか?」というあの夜の会話を考えると、薬に依存しそうな人物の情報を渡していたと推測できる。


 薬を服用した者の末路を、知らないはずがない。


 獣人二人は、見返りを用意できてないと、眷属と思われる男を罵倒していた。


 逆に言えば、昔は見返りがあったという事だろう。


 つまり協力関係だったという予測ができる。


「(あれ、もしかして、眷属と、眷属の対抗勢力の他に、まだ別の勢力がある?)」


 それがあの獣人二人なのではないか、という考えが浮かんできた。


 その思考を遮るように声がかかる。


「あの、アリドさん、この依頼を受けるつもりでしょうか?」


「何か問題でも?」


「いえ、下水道の調査と言っても、下水道の道は複雑でして、ガイドも雇わず入ると迷って出れなくなる可能性が高く、大変危険ですよ」


「大丈夫だ、問題ない」


 というか、そのガイドが眷属の可能性を考えれば、雇うなんてもってのほかだ。


 何なら入口付近から動かず、触手だけ伸ばして探索すれば迷う心配はない。


「……大丈夫だと言う根拠はありますか?」


 流石に「触手伸ばすんで」なんて言えない。


 どうすっか。


「司祭のソノヘンニールさんが一緒に行動する予定だ」


 あからさまな嘘をついてみる。


「本当ですか?」


 ふむ……食いつくか。


「逆に聞きたいんだけど、何で疑うんだ?」


「すいません、アリドさんが心配で……下水道に行ったきり、帰ってこない傭兵が毎年一定数居るものですから」


 ……怪しいな。


 ソノヘンさんの同行を疑った事への返答としては少しズレてる気がする。


 だが、ここはあえて突っ込まない。


「気にするほどじゃないだろう。即日で調査を終えて、水回りの問題が再発しないか一晩様子を見るだけだし」


「そうですか……分かりました、この依頼はアリドさんが受注をしたと処理します」


「ああ、よろしく」


 どこか不服そうな表情をする職員さん。


 依頼書を返してもらい、傭兵ギルドの外へ出る。


 この依頼書を魔力視込みで、表裏両面を確認したい衝動に駆られるが、ぐっと堪えて教会に戻った。


 さて、これで何かが動くだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る