第36話
ソノヘンさんと協力関係になった事で、この世界の常識的な情報が手に入った。
長い時間話していたので、窓から差し込む光はすっかり茜色に染まっていた。
「……もう夕方か」
「今日はもうお帰りになられますか?」
泊めてって言えば泊めてくれそうな気はするが、その必要性はないと思う。
他に居るらしいシスターや司教の情報が手に入るかもしれないが、それが問題解決に繋がる可能性はたぶん低い。
「んー……そうだな、町に戻る」
「分かりました」
図書室から出て、教会の入口に戻る。
と、その前に一つやりたい事があるんだった。
「あ、そうだ。帰る前に祭壇に祈ってみても良いかな?」
「もちろんです。神もお喜びになるでしょう」
聖堂に行き、両手を合わせて祭壇に祈る。
もしかしたら、また混沌神と会話できるかもしれない。
まあダメだったら、その時は諦めよう。
『来たよ!』
「早い」
三度目の白い空間。
とりあえず聞きたい事は色々とある。
『使徒を名乗りたいなら名乗っていいよ!』
「権利が軽い」
『君を回収するタイミングは死んだ時だよ!』
「俺の命が軽い」
『ついでに君の身体は普通のスライムじゃないよ!』
「扱いも軽い」
『君が会った奴も世界の敵、教会の言う外なるもので合ってるよ! 沢山居るよ!』
「敵の扱いすら軽い」
『俗世の事は知らないよ! 自分で調べてね!』
「…………」
何々が軽いってネタが何も思い付かねぇ。
『発想が軽いね!』
オチをつけられた!
『じゃあね!』
目が覚めるように、現実へと意識が戻る。
相変わらず話の早い神様だった。
「……はぁ」
「どうされましたか?」
漏れたため息に、ソノヘンさんが反応する。
「いや、問題ない。一応、使徒を名乗って良いって言われた」
「……混沌神にでしょうか?」
「うん」
俺が頷いた事に心底驚いたような顔になるソノヘンさん。
「それは……何といいますか、凄い事ですね」
「そうなのか?」
「ええ、神々との直接的な交信は、使徒様、聖女様でも難しいとされています」
なるほど、他の使徒たちは簡単には神様を会話ができないらしい。
勝手に役割を押し付けられてるんだし、相談くらいは受けて貰いたいものだと思うのは、俺が転生者だからだろうか。
まあいいや。
その後、帰り際に五年前の疫病の被害が最も集中した地域を教えて貰ってから帰路についた。
帰り際に屋台があったので適当に買い食いをして、昨日と同じ宿屋に泊まる事にした。
昨日と変わらないおっさんと、昨日と同じやり取りをして、やっぱり昨日と同じ部屋に入る。
ポケットの中の銀貨は、銅貨数枚にまで減っていた。
「明日は仕事しないとだな……」
明日分の泊まる金がもうない。
陰鬱な気持ちになってくる。
嫌だなぁ……働きたくないなぁ。
宿から一歩踏み出した瞬間に、戻って休みたくなるに違いない。
俺は前世でそうだった。
「はぁ……しんどい」
ベッドの上でゴロゴロとだらけていると、一つ良いアイデアが浮かんできた。
ソノヘンさんに楽して稼げる依頼を、俺を指名して出して貰うという方法だ。
傭兵団に所属してると個人指名できないらしいが、逆に言えば所属してなきゃ指名を受けれるという事じゃないか。
金策になるし、ついでに敵の妨害や調査をすれば、まさに一石二鳥。
これは良い。
明日ソノヘンさんに頼みに行こう。
やっぱり、持つべきは仲間だね。
仕事を探すのは、それがダメだった時に考えよう。
完全にダメ人間の思考になっている気がするが、結果さえ出せれば問題あるまい。
あ、ソノヘンさんで思い出した。
「そうだ、新しい臓器作らないと……」
ソノヘンさんには心臓の音が無いのでスライムバレしたんだよな。
心臓だけ作れば良いかな……。
いや、駄目だな。
いっそ完全に人間と同じ臓器を作ろう。その方が問題が起こらないはずだ。
変質魔力の増加で自由に動かせる魔力は更に減るが、背は腹に変えられない。
夜が更けるまで、自分の身体の改造に時間を費やす事にした。
そして深夜。
もう町に人影はまったくない時間だろう。
記憶の追体験か町の探索かで悩んだが、追体験はいつでもできるという事で後回しにする。
昨日と同じく糸触手を窓から伸ばし、夜の町を探索する。
昨日と違うのは探索するエリアだ。
ソノヘンさんから教えて貰った疫病の被害が多かった地域……そこを重点的に探る事にする。
眷属が潜んでいるとすれば、やはりこういった場所だろう。
黒いローブで全身を覆った男の家もこの地域内だったし。
怪しさしかない。
早速、極僅かに明かりが窓から漏れている家を発見する。
経年劣化によって生じたのか、木でできた窓枠には罅が入っていて、容易く触手を侵入させる事ができた。
わざわざ穴を開ける手間が省けたな。
分厚いカーテンから僅かに羽虫ドローンを出して、部屋の中を確認する。
部屋には一般的な家具一式が揃っており、至って普通に見える……ただ一点を除いて。
その一点とは、恐らくは部屋の主であろう人物。
いや、人だろうか?
ぬらぬらと不気味に光る、鱗のようなものに覆われた深海のような色の肌。
顔の造形は人のものからはかけ離れていて、突き出した目玉と、耳まで裂けた口は魚を彷彿させる。
手の指は人と同じく五本だが、指と指の間には水かきがある。
鎖骨の辺りには切れ目があり、呼吸に合わせて魚のエラのように開閉していた。
そいつは口を開けたまま、だらりと四肢を弛緩させ、虚空を見つめながら椅子に座っている。
理由は分からないが、呆然自失としているように見える。
「(……これが眷属か?)」
魚要素の強い魚人かと思うかもしれないが、そんな人はこれまで町中で見たことがない。
ソノヘンさんもイルカの魚人だが、肌の色が違うだけで顔の造形は人と同じだし、髪もある。
部屋のテーブルの上には、青く輝く液体の入った瓶が置いてあった。
蓋が開いており、中身を飲んだ後だと予測できる。
「(あれがソノヘンさんが言っていた薬っぽいな)」
幸せな夢を見れる薬なのだという話だ。
であれば、あの眷属は今、夢を見ているのだろうか。
羽虫を侵入させ、部屋を一望するために高い位置に移動する。
目を凝らすものの、特にめぼしい物は発見できなかった。
何かしら手掛かりは欲しい。
リスクはあるが、羽虫を触手に戻し、眷属の衣服を漁る。
すると一枚の紙がポケットから出てきた。
内容はどこかの住所と「悪魔の岩礁」という言葉が書かれていた。
眷属はピクリとも反応しなかったので、紙は戻しておいた。
起きないのを良い事に、このまま家探しを続行したが、得られたものは紙に書かれた情報だけだった。
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