第35話


 頭を抱えるようにして考えに耽るソノヘンニールさん。


 落ち着くまで待つにしても手持ちぶさただな……。


 目に付いたのはテーブルの上にある茶菓子だ。


 白いクッキーのような見た目で、手に取って匂いを嗅いでみると、バニラアイスのような香りがした。


 一口食べてみる。


 生クリームの味にクッキーの歯ごたえ。


 めっちゃ甘い。口の中いっぱいに甘さが広がる。


 紅茶を口に含むと、渋みと甘みが合わさり丁度良い味わいになる。


 とても美味しい。


 共に飲みこんだ後に、クッキーのバニラな香りと紅茶のフローラルな香りが調和しながら鼻から抜けていく。


 口の中に甘さが残る事も無く、一緒に口にする事でいくらでも食べられそうである。


 よくよく考えてみると、人の姿になってから初の食事だったわ。


 別に食べなくてもいい体だが、美味しいものは美味しい。


 それが前世ぶりともなれば、手が止まらなくなってしまうのは仕方ない事だろう。


 ……気が付くと、茶菓子は絶滅してしまっていた。


 どうして……。


 クッキーを掴もうとした手が何もない空間をフラフラと彷徨い、力なくテーブルの上に落ちた。


「……私は、アリドさんを疑っていました……いえ、今もまだ、信じ切る事ができていません」


 落ち着いたのか、ソノヘンニールさんが口を開いた。


「まあ、それはお互いさまだし別にいいよ」


「そうですか……いえ、ありがとうございます」


 彼は長く息を吐いて、姿勢を正した。


「で、どっちの事情から話す? たぶん俺らは敵同士じゃない。隠し事は無しにしよう」


「先に正体を明かしてくれたのですから、こちらの事情から説明します」


「分かった」


 さて、どんな話が聞けるだろうか。


「私たち教会は、この世界の外から来た『外なるもの』の討伐を目的として行動しております」


「それって一般教徒も知ってる感じ?」


「いいえ、司祭以上の役職に就いている聖職者だけが知っています」


「一般に公開しない理由は?」


「その一般の中に、外なるものの『眷属』と呼ばれる存在が紛れ込んでいる事があるのです」


 俺の知っているやつは到底紛れ込めそうにないが、中には紛れ込める奴も居るって事か。


「その眷属ですが、実はこの町にも紛れ込んでいるのです」


「……マジで?」


「ええ、少し前に言った薬の話、憶えてますか?」


「それが眷属を増やす薬って事?」


 ソノヘンニールさんは重々しく頷く。


「薬を飲んで直ぐにそうなる訳ではないようですが、飲み続ける事でじわじわと眷属化するようです」


「依存性が高そうだな」


「ええ、その通りです。飲んで眠りにつくと、幸せな夢に浸れると言われています」


「……五年前の件のおかげで需要が高いのか」


 狙ったのか、偶然か、いや眷属が社会に混じってるなら必然と考えるべきか。


「そしてその薬ですが、実はここの司教様が服薬してしまっているのです」


「えぇ……」


「なので、私は五年前から教会に近づく者を監視しておりました」


 夜に感じた振動は、やはりソノヘンニールさんだったようだ。


 アレは眷属を警戒してのものだったか。


「情けない事ですが、眷属が町でどのような活動をしているのか、現在の私では知る手立てがありません」


「今の町って、眷属化が進行してる可能性がある?」


「否定しきれません……ですが、眷属の戦力が揃っているなら、教会は既に襲撃されているとは思います。しかし、今のところそれがない」


「何かしらの勢力が眷属化を妨害していると?」


「可能性はあると思います」


 可能性として思い当たるのは一つある。


 最初の町の下水道に居た奴ら――あれらと同じように、邪教徒なんかが秘密裏に活動しているかもしれない。


 今度時間がある時に、再度あの記憶を追体験してもいいかもしれない。


 今なら言葉も分かるしな。


「私の置かれている状況は今話した通りです」


「なるほど、把握した」


「ここまでで何か質問はありますか?」


「んー……外なるものってのは、何年前から現れたんだ?」


 俺が転生した時点で人類の敗北が決定的になっていたようだが……。


「教会が神託によって外なるものの存在を知ったのは、今から十年ほど前ですね」


「十年か、結構前なんだな」


「最初は全国的に捜索が行われましたが、発見に至りませんでした。それが明確な脅威として認識する事になったのは、八年前に町が一つ、無数の口と触手が生えた積乱雲のような怪物に滅ぼされてからです」


 俺の知っている怪物とは違うようだ。


 何種類居るんだよ。


 知りたいけど知りたくない。


 現実を見たくない。


「町を滅ぼしたその怪物はやがて空に浮かんで雲に紛れ、人の手の届かない天空を流れて行きました。これが最初に発見された外なるものです」


「どうやって対処するんだ、それ」


「当時、教皇庁に使徒様と聖女様が集まり、会議が開かれました。その隙に、別の外なるものによって甚大な被害が齎され、会議はうやむやに……」


 ぐだぐだじゃねーか。


 奇跡の力を既得権益にして情報を秘匿してるから、その道の専門家や天才が対策考えられないのでは?


 その結果、何の対策も立てられませんでしたってか。


 老害とか居そう。いや居るな。間違いない。


「混沌神が俺に言った事を教えるわ」


 ソノヘンさんにも俺の感じてる危機感を共有してもらおう。


「……なんでしょう?」


「『人類は内部暴動内ゲバで滅びるから因子回収しといて』って言われた」


 ソノヘンさんの一瞬表情が消えた後、力なくうなだれる頭を抱えてしまう。


「…………混沌神は、確かに、そうおっしゃったのでしょうか?」


 絞り出すように言葉を出すソノヘンさん。


 まあ、その気持ちは分かる。


「言ったねぇ。俺がスライムな理由だと思う」


「……アリドさんの体は、どういったものなのでしょうか?」


「たぶん何でも溶かして吸収できる。魔力を吸収すると、その魔力が俺の魔力になるし、物質を吸収したら、その物質に身体を変質させる事ができる」


「流石、使徒様と言うべきでしょうか……規格外の力をお持ちなんですね」


 これはスライムの特性なのか、俺が特殊なスライムなのか。


「スライムが知性を得たら、俺と同じ事ができるかもしれないぞ」


「それは……失礼ですが、恐ろしい話ですね」


「いや、俺もヤバイと思うよ」


 実際こんな能力を持った奴がありふれていたら今頃世界はスライムが支配しているだろう。


 食事も睡眠も必要なく、環境適応力も高い。


 そして成長の限界は、恐らく無い。


「アリドさんは、混沌神から与えられた役割を果たしにこの町へ来たのでしょうか?」


「いいや違う。人類が滅びると個人的に困るから、何とかしようと思ってる」


「そうですか、そう言って貰えると心強い限りです」


 ほっと息を吐くソノヘンさん。


「前世は人間でな。文明的にかなり違う場所で人生を過ごしたんだ」


「にわかに信じ難い話ですが、信じましょう」


「俺だけだと限界があると感じてな……味方探しもこの町に来た理由の一つだ」


「なるほど、私はアリドさんのお眼鏡にかなったという事でしょうか」


 俺は頷いて肯定を示す。


「俺は正体がかなり異質だから、他人を信用できる条件がかなり厳しい。だから信用に値するソノヘンニールさんとは協力関係になりたい」


「願ってもない事です。こちらから頼みたいくらいですよ」


「よし、それじゃあ今から俺らは仲間って事で」


 そう言って右手を差し出す。


 ソノヘンさんが両手で俺の手を包もうとするのを見て、口を挟む。


「お互い対等な立場でな。俺は使徒かもしれないが、教会に属するとは限らないぞ」


 俺の言葉にソノヘンさんは苦笑を浮かべる。


「……分かりました、私達は対等な立場の仲間という事ですね」


「うむ、それでいい」


 ちゃんと右手同士で握手を交わす。


 よし、やっっっっと仲間ができた!




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