第34話


 ソノヘンニールさんがお茶菓子を持って図書室に戻ってきた。


 俺の前にお茶菓子を「どうぞ」と置いてから、カップに紅茶が入ってない事に気付いておかわりを注いでくれた。


 めっちゃ気配りしてくれるじゃん。


 良い人だと思うんだよなぁ。


 対面に座る彼と目を合わせる。


 この先、人間社会で上手く立ち回るのに味方は絶対必要だ。


 信用できるかどうか、ここで完全に見極める事にしよう。


「これは例え話なんだけど、触るだけで魔力的な力による拘束や精神汚染を防げる能力があるとして、それは使徒や聖女の持つ力だと思う?」


「それは魔術や魔法を介してでしょうか?」


 魔法って魔術とは別にあるのか……気になるが、後にしよう。


「いや、特に何もない。本当に、ただ触るだけでそういった効果が発生する」


「それは……実在するのなら、確かに神の恩寵を身に受けていると思える力ですね」


 やはり、あの少年は使徒だったのかね。


「その神の恩寵っていうのは、本人は受けてる自覚がない場合もあったりする?」


「あります。使徒や聖女として覚醒する時に、神と対面すると言われていますね」


 なるほど、未覚醒だったと。


「例え話だから仮になんだけど、もしそういった人が居たら教会はどう動く?」


「……その人の身柄を求めるでしょうね」


 まあ、そうなるな。


 あの能力は普通に暮らす分には発見されにくいだろう。


 冷静に考えると、どこで内ゲバが起こるか分からない今の段階で教会に任せるのはよろしくないと思う。


 あれはあれで正解だったのかもしれない。


「話は変わるんだけど、邪教ってのはどういった神を信仰していると、そう言われるんだ?」


「教会は神々を『善き神』と『悪しき神』に分類をしました。悪しき神を信仰する者達を、教会は邪教と呼んでいます」


「具体的にどんな神様が悪しき神って言われてる?」


「そうですね……殺戮や破壊、死などの負のイメージが強い神が悪しき神と呼ばれています」


 ふむ、概ね想像通りの内容だな。


「その邪教徒に対して教会はどう対応してるんだ?」


「教派によりますね。一部の過激な教派は目の敵にしてますが、一部は神や邪教そのものではなく、その力を悪用する人にこそ罪があると説く教派もあります」


「なるほど、ソノヘンニールさんは?」


「私は……そうですね、人に罪があると説く教派です」


 ……本当か?


 いや、ここは一度信じてみよう。


 現状、疑っても回答は出ないのだから。


 ならば一度信じて、今後の言動や行動、反応に違和感がないかを探った方が良い。


「なら、仮に俺が混沌神を信仰しててもソノヘンニールさんは問題ないと思う訳だ」


「ええ、信仰は自由であるべきです。しかし、アリドさんは混沌神を知っておられるのですね」


 この反応は……混沌神ってマイナーな神様なのか?


「珍しいのか?」


「混沌神は、実は使徒や聖女が確認された事のない神なのです」


 マジかよ。


 これって実在を疑われているってレベルなのでは……。


「逆に他の悪しき神の使徒や聖女は確認されてるって聞こえるけど」


「確認されてますし、記録も残っていますよ」


 それは残っているのか。


 俺が出会った混沌神って疑った方が良い存在だったりする?


 前提が崩壊しそうになって混乱していると、ソノヘンニールさんが口を開く。


「アリドさん、こちらからも質問をして良いでしょうか」


「こちらばかり質問というのもフェアじゃないし、構わない」


「ありがとうございます」


 一呼吸置いてから、じっとこちらを見て、言葉を紡ぐ。



「これは例え話なのですが、心臓の音もなく、かと言って死体が動いている訳でもない、しかし外見も、喋る言葉も人と変わらない……そんな生き物が居るとしたら、それはどんな生き物だと思いますか?」



 …………ヤバイか?


「そうだな、人間の魂をスライムに突っ込んで人形に詰め込んだらそんな感じになるんじゃないか」


 あえて本当の事を話してみる。


 到底信じられないだろうが、彼はどう反応するか。


「面白い発想ですね。仮にそうなら、その人の魂を持つスライムは一般的な常識は持っていて然るべきだとは思いませんか」


 あくまで例え話としてその存在について話したいようだ。


「だが、住む場所が違えば常識も違うだろう」


「なるほど、確かに一理ありますね」


 しばし沈黙が場を支配する。


 どうしようかな。


 行ける所まで行くか。


 たぶん、向こうも覚悟を決めて今の例え話をしたはずだ。


「この世界に、異なる世界からの侵略者が来たとして、人類は結束できると思うか?」


 例え話という前置きはしない。


「できる……と、言いたい所ですが、実際は難しいでしょう」


「ソノヘンニールさんは、そういった『世界の敵』を知ってるか?」


「……ええ、知っています」


 核心に迫り、探るような視線と視線がぶつかり合う。


 念のために臨戦態勢を取ろうかと一瞬悩んだが、やめておく事にする。


 今のところ信じた事を裏切られてはいないし、違和感もない。


「アリドさん、先ほどの例え話ですが、覚醒していない神の恩寵を受けた人が居たとして、貴方はその人に何を望みますか?」


 質問が飛んできた。


 答えは決まっている。


「普通の暮らし」


 俺自身が普通に暮らしたいし、あの少年にも普通の暮らしを送ってほしい。


「……そうですか。きっと、貴方はそうしたのでしょうね」


 たぶん、お互い言いたい事は伝わっている。


 味方である……最悪でも、敵ではないという確証が欲しいんだろう。


 手っ取り早いのは秘密を明かす事だ。


 俺は右手を軽く上げ、スライムに戻す。


「そ、それは!?」


 目を見開き、驚愕の表情を浮かべるソノヘンニールさん。


 それに俺は問いかける。


「ソノヘンニールさんは、人の定義って何だと思う?」


「…………難しい問いですね」


「哲学的な話じゃない。単に、貴方が、どう思うかだ」


「私が……私は、その人が、人としてあるべきものを持つ限りは、人と呼べると思います」


 この手を見て、この質問に真剣に答えたのを見て判断を下す。


「(この人は味方にできる)」


 右手をスライムから人の形に戻す。


「アリドさん……貴方は、一体……」


「混沌神が俺を人外に転生させたって言ったら信じる?」


 驚きのあまりか、口を半開きにして固まるソノヘンニールさん。


 そのまま数秒が経ち、再起動した彼が恐る恐るといった感じで口を開く。


「アリドさんは……ひょっとして、使徒様なのでしょうか」


「たぶん違う。いやでも会った事あるな……やっぱりそうかもしれないけど、種族的に人じゃないんだよね、俺」


 気が遠くなったように、ソノヘンニールさんの頭がふらりと傾く。


 彼は自分の手で頭を支えて、どうにか倒れないように耐えた。


「……すいません、私は今、自分の目と耳が信じられなくなっています」


「あ、うん……落ち着くまで待とうか?」


「そうして頂けると助かります……」


 どうやらキャパオーバーしたらしい。




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