第33話


「話はここまでにして、本来の目的に戻りましょう」


「ん、ああ……使徒の本か」


 そういやそんな話もあったな。


「お手伝いしましょうか?」


「いや、自分で探すよ」


 したくなさそうな話も聞かせて貰ったし、これ以上何か頼むのも悪い気がする。


「では、お帰りの際に声を掛けてくれれば、先ほど聞かれた地区を教えましょう」


「分かった」


「私は大体、最初に会った中庭か聖堂に居ますので……では、後程」


 そう言ってソノヘンニールさんは図書室から出て行った。


 扉が閉まり、静寂が部屋を支配する。


 さて、探すか。


 時間はまだ正午前くらいだろうか。


「たしか、手前の方に揃えてくれてるって話だったか……」


 本棚の前に行き、ざっと本の背表紙を確認する。 


 太陽、月、戦、秩序……書かれている文字は神様の司っているものだろうか?


 あの少年の能力に類似するケースが発見できれば良いんだけど……。


「豊穣、天秤、守護……守護か」


 手に取って中身を確認してみる。


 名前、活動地域、教派、教会が使徒や聖女を「聖人」として認定した年代と、その後の活躍が歴々と書かれている。


 具体的にどんな能力を持っているかは書いていない。


 能力の分析をするなら活躍の内容から推測するしかないか……。


 そうなると斜め読みは難しい。時間がかかりそうだ。


 ペラペラとページを捲って最後まで軽く目を通すものの、やはり能力の解説はなかった。


 特定のワードがあったら、そこだけ読んでみる方法でやってみるか。




 ざっと三冊ほど目を通してみたが、特に成果は得られなかった。


 活躍した内容の解説が大雑把すぎる。


「魔物の大群を堰き止めた」とかそんな感じで、なんか凄い事やったって事しか書いてない。


 著者は小学生かよ。


 思わずため息が漏れる。


 このままこの辺りの本を読むべきか、別の事をするべきか。


 少し考え、奥には何の本があるか目を確認してみる事にする。


「なんかの教派の歴史、炊き出し指南書、これは楽譜か? ……雑多だな」


 奥の本だなには様々なジャンルの本が乱雑に収められていて、目的に沿うようなものを探すのは骨が折れそうだ。


「手前側を探すか、奥を探すか……」


 教会関連で知りたいのは使徒や聖女の能力だ。


 それと邪教と普通の教会の関係性。


 どういった神様を崇めるのが邪教なのか、その線引きが知りたい。


 手前の本棚ならじっくり読めば能力の推察はできるかもしれない。


 奥なら運が良ければ邪教に関する本を見つけることができるかもしれない。ただし運が悪いと永遠に見つからない。


「どうするかなぁ……」


 俺が悩んでいると、扉が開いてソノヘンニールさんが入ってきた。


 彼の手にはトレイがあり、その上にティーポットとカップが置いてある。


「おや、目的の本は見つかりませんでしたか?」


「あー……まあ、使徒達の歴史じゃなくて、能力の方が知りたかったんだ」


「能力……奇跡の力ですか。それは難しいかもしれませんね」


 ソノヘンニールさんが机の上にトレイを置いて、こちらに向き直る。


「教会において、使徒様や聖女様のもたらす奇跡の力は、神聖不可侵であるとされています」


「つまり、中身を暴くという行為、それ自体が不敬だと」


「そのようになっています」


 所謂いわゆる、神秘主義ってやつかな。


「……ソノヘンニールさんは、俺のその疑問に怒ったりはしないのか?」


「私はその疑問に怒りを覚えたりはしません。ただ、誰もがそうではないとだけ」


「なるほどね、既得権益のように扱う奴も居ると」


 俺のその言葉には答えず、苦笑で返すソノヘンニールさん。


 しかしこれはマズい気がする。


 同格の敵に対して対策メタが張れるであろう使徒や聖女の能力を、教会は把握しきれていないのではないか?


「ところで、喉は渇いていませんか? よろしければお茶をどうぞ」


 あまり突っ込まれたくないのか、持ってきたものに話題を変えた。


 こちらもあえて突っ込む必要も感じないので、その話題に乗る。


「貰えるものは貰う主義だ」


「ではカップに注ぎますね」


 慣れた手つきでカップに紅茶が注がれる。


 湯気と共に花のような甘い香りが立つ。


 椅子に座ると、目の前にそっとカップとソーサーが置かれた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 礼を言ってから一口飲む。


 紅茶に詳しくないが、前世で市販されていたものよりも香りが強いと感じた。


 渋みはあるが後を引く事もなく、飲んだ後にはすっきりとした爽やかさが残る。


 たぶん良い紅茶なのではなかろうか。


「ええと、なんて言えば良いんだか分からんけど、結構なお手前で?」


「褒め言葉として受け取らせて頂きますよ。ありがとうございます」


 二口目、三口目と紅茶を静かに飲む。


 ……今、すっごい穏やかにゆっくりと時間が流れている。


 こんなことしてて大丈夫かと、焦燥感が湧いてくる。


「アリドさんがなぜ使徒様の起こす奇跡を知りたいのか、私には分かりませんが、焦っていては見つけられるものも見落としてしまうものです」


 ふと、ソノヘンニールさんがそんな事を言った。


 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に、内心を見透かされたような気がして、一瞬手が止まってしまう。


「……そう見えるか?」


「ええ、少なくとも、私の目には」


 本当に見ただけで分かる事か? 実は心の中が読めたりしない?


 こちとら表情筋が無意識に動く事はないんだぞ。


「表情には出てないと思うが」


「何かに追われ、急がなければならないと、そんな空気をアリドさんから感じたのですよ」


 確かに、時間的な余裕が不透明な今、可能な限り最速で情報を集めて対策を立てねばと考えている。


 だってさあ、混沌神がさあ、世界滅ぶ前提で俺呼んだんだもん。


 折角転生したのに酷くない?


「後学のために聞きたいんだけど、どんな空気?」


「言葉で説明するのは難しいですね……私は五年前、そういった空気が蔓延していた時代を知っていますから」


「そっかー……」


 改めて自分の内面に目を向けると、随分と肩に力が入っているように感じる事ができた。


「進展がないと、そう感じる事もあります。得るものは無く、失うばかりだと感じる事もあるでしょう。しかし、生きている限り、どこかへと足を踏み出せています。回り道や遠回りになっていたとしても、着実に」


 若干気落ちしたのを感じ取られたのか、励まされてしまった。


 いや説法だろうか?


 ともかく、言っている事はもっともだ。


 急ぎ過ぎて損をする事はないと思っていたけど、案外どこかしら見落としがあったりするかもしれない。


「やっぱ主観だけだとダメだな。方向性が固定化される」


 額に手を当て、自嘲気味に呟く。


「時には誰かを頼る事も大切ですよ。孤独は人を容易く狂わせます」


「分かってる。頭では」


「ふふ、余計なお世話でしたかね」


「余計じゃなくなるよう頼ってやる……今から質問の内容考えるわ」


 紅茶を飲みながら情報の更新と整理と、目標の再設定をしよう。


 ソノヘンニールさんは「茶菓子を持ってきましょう」と言って出て行った。


 至れり尽くせりだ。良い人すぎて心配になるレベル。


 まあここは遠慮なく甘えさせてもらうとしよう。




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