第32話
「五年前の事です……この町で疫病が流行し、多くの死者を出しました。私はその時にこの町に来て、人々の治療に協力していました」
「言い辛いかもしれないけど、死者の数と症状は?」
「主に老人や子供、元から身体の弱い人が重篤化しまして……二千は下らないかと思います。症状は発熱、咳、たんなどでした。最初はただの風邪と軽視されていたようで、気づいた時には町中で咳の音が聞こえない場所はない程になっていたようです」
パッと思い当たるのはインフルエンザかな……悪化すると肺炎に繋がって、最悪死に至るケースがあると昔どっかで聞いた。
異世界だし魔力とかいう謎エネルギーあるし、前世のインフルより強力だったりするのだろうか。
「その時は多くの人々が疫病という災いを退けてくれるよう、神々に祈りを捧げに来ていましたが、結果は今の状況が物語っていますね」
神様は助けてくれませんでしたと。
「……どうやって事態は収束したんだ?」
「コーラス商会という新進気鋭の商人らが、この町に特効薬を持ってきたのです」
なるほど、話の流れは大体読めた。
「それによって疫病はひとまず落ち着きました。しかし、教会から町の人々の心は離れて行きました」
「祈っても変わらないってか」
「そうでうすね。どれほど真摯に祈り、
そっと目を閉じるソノヘンニールさん。
当時の事を思い出しているのだろうか。
あるいは別の事だろうか。
「コーラス商会は、疫病からの復興の折にも様々な支援を行ってくれました」
復興支援ねぇ。
「それってさ、町の物流の至る所に、そのコーラス商会ってのが一枚噛んでるって事態になったりしない?」
「ええ、今ではコーラス商会の手の及ばない場所は限りなく少ないです」
「それを危惧する人は居ないのか?」
「救われた恩のある町の人は受け入れているでしょうから、表立ってそうと言える人は今や誰一人として居ないでしょう」
結構問題なんじゃないのか、それは。
そのコーラス商会ってのはどうも胡散臭いな。
「話を戻しましょう……疫病の脅威が去ると、人々は自分の事から、他の事に目を向けるようになります」
「あっ」
察した。
「教会に務めていた教徒の方々は町から離れて暮らしていましたので、幸か不幸か、感染者は居なかったのです」
「で、身内を
ソノヘンニールさんは苦笑しながら頷いた。
「そうです」
「……もしかして、この教会って他の人居ない?」
「いえ、司教様と、シスターが二人ほど居ますよ」
外から見たら結構でかかった記憶あるんだけど、四人で足りるのか?
「その司教さんは当時と同じ人? 今何してるの?」
そう質問すると、少し遠い目をするソノヘンニールさん。
「司教様は、その、五年前の件で心を病んでしまわれまして……」
ソノヘンニールさんは少し言い辛そうに続ける。
「司教様は疫病に
「可哀想アピールすんなってか? 自分がやってる奴ほど他人の行為を認めないもんだ」
身内死んだら八つ当たりしても許される、なんて考えも可哀想アピールだろうが。
ああ、だから町の人は来ないのか。
自分のやった事で人が傷ついたと思いたくないが故に。
ずっと被害者で居たいんだろうな。
やっぱ人類ってクソだわ。
胸糞ゲージが溜まってきたので毒が出てしまった。
「アリドさんは、誰かの為に怒れる方なのですね」
そして即座にその毒気が抜かれた。
いつの間にかソノヘンニールさんの表情は穏やかなものになっていた。
聖職者の鑑がこの野郎。
どうしよう、なんか無性に恥ずかしい。
「……傭兵は善意とかじゃなくて損得で動くんだって教わったんだが? 今のはアレだ、好感度稼ぎみたいな?」
なんか余計に恥ずかしい言い訳が口から出てきた。
「損得であれ、偽善であれ、他者を
この人も俺の事を子供を見るような優しい目で見てきやがる!
さっきまでの重苦しい空気はどこへ行った!?
「よし、話を戻そう」
「語れる事は大体話し終えましたよ」
「じゃあ質問!」
「ええ、何なりと」
これで勝ったと思うなよ……。
何の勝負だよというツッコミは無しで。
で、何を質問しよう?
「……そうだ、疫病の爆心地、いや、中心地? 流行の発祥の地みたいな?」
「感染源ですか? 残念な事に特定はできませんでした。恐らく貿易船の乗員ではないかと思われていますが、候補が多すぎる上に、貿易はこの町の生命線なので止める事もできなかったのです」
「なるほど……いや、それも知りたかったけど、こう、この地区は避けられてるー、みたいな場所ってない?」
「そういう場所ですか……確かにありますが、どのような理由で知りたいかを聞いても?」
ここで逆に質問されるか……。
何か教えたくない理由があるのか?
ちょっとカマかけてみるか。
「道に迷った時に、やたら人気のない場所に出てさ……その時に怪しい風体の男を見たんだ」
ソノヘンニールさんの表情がスッと消える。
さっきまで纏っていた穏やかな空気が霧散するのを感じた。
「ふむ、どのような人物でしょう?」
「黒いフードで顔と体全体を覆っていて、手袋もしてたかな……よほど人に見られたくなさそうな感じだった」
「会話をしたりとかは?」
「いや、相手からは認識すらされてないと思う」
ソノヘンニールさんは握りこぶしを下唇と顎の中間に当てて、何事かを考える姿勢になった。
「そうですか……アリドさん、もしそのような人物が薬を無償で渡すと言ってきても、決して受け取らないでください。いえ、受け取っても良いですが、服用は絶対に避けてください」
ああ、薬かぁ。
昨晩のやり取りを思い出す。
「もっと他に誰か居ないのか」だっけか?
あれは薬の買い手になりそうな人物の情報を渡していたのかもしれないな。
「そいつらは反社集団なのか?」
「それに近いものですが、ある意味反社よりも危険な集団です」
「なるほど、そういった手合いが町の人が避けるような地区に巣食っていると」
「ええ、なので、できれば近づいてほしくありません」
こう言われると、あまり突っ込んだ質問をし難くなるな。
「分かった、用事か仕事でもなきゃ近づかないようにしよう……だから教えて」
まあするんですけどね。
だって場所分からなかったら、うっかり近づいちゃうかもしれないじゃん?
悪びれない俺の言葉に少し悩んだ様子を見せるものの、
「約束ですよ? 帰り際に町を一望できる場所で教えましょう」
どうやらソノヘンニールさんの方が折れてくれるらしい。
良い人で助かる。良い人すぎてちょっと罪悪感湧くけど。
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