第31話
小高い丘から見下ろす白い街並みは絶景と呼べるような光景だった。
前世だとギリシャとかでこういう町があったんだっけか。
海外旅行なんてした事なかったし、する事もないと思っていたけど、まさか異世界でこんな異国の絶景を観光できるとは思いもしなかった。
振り返れば結構大きい教会がある。
巨大な正面扉は解放されっぱなしで、赤いカーペットの道が見える。
中に入ると、赤い道の左右には横長の椅子がずらりと並んでいる。
最奥には祭壇があり、大きなステンドグラスから注ぐ光で彩られて神秘的な空気を纏っていた。
「(前世の教会と似たような感じなんだな)」
まあ前世で教会に入った事ないんだけどね。
漫画とかゲームとかでのイメージしかない。
ここに礼拝に来ている人はほとんどいないようだ。
端っこの方の椅子に、老人が一人でちょこんと座っているくらいだ。
「(今のところ、夜に感じた超音波みたいな振動は感じないな)」
祭壇の手前まで進んでみると、左右に伸びている回廊が見える。
なんとなく右に見える回廊に行く。
道なりに進んでいると、四角く区切られた中庭があった。
そこには黒い祭服を着た青い肌の人が一人、庭の手入れをしているのが見えた。
とりあえず声をかけてみる。
「こんにちは」
「おや、ようこそ神々の家へ。何か御用でしょうか?」
「いや、特に用はないんだ。なんとなく見に来ただけというか……」
正面から見ると、鼻から下の口元から首の正面部分が白い。
首から下も正面部分が白いのだろうか。ちょっと気になる。
そんなイルカっぽい印象のある人は、穏やかな微笑みを浮かべている。
「なんとなくですか……とは言え、わざわざこんな町はずれまで良く足を運んでくれましたね。歓迎しますよ」
「ありがとう。折角だしいくつか質問していいかな?」
「ええ、構いませんよ」
どうやらこの人は快く質問を受けてくれるようだ。
「神様って沢山いるけど、ここは何かの神様を祀っているの?」
「いいえ、信仰とは自由であるべきという考えから、特定の神のみを祀る事はしないのですよ。聖堂の祭壇は、信仰に応じた神々の元へ私たちの祈りを届けてくれます」
「へぇ、神像とか飾ったりしないんだ」
「ええ、神像は非常に信心深い一部の教徒や、特定の教派の司教様以上の方々が個人的に所持する事があるのですが、一般的に公開される事は少ないですね」
なるほど、昔下水道で見つけたあの像は結構貴重な物だったのかもしれない。
次の質問に行こう。
「傭兵ギルドで、大昔に戦神の使徒の傭兵が居たって聞いたんだけど、どんな人かって情報残ってたりしない?」
「使徒様や聖女様の歴々の逸話は教会が所蔵しておりまして、図書室に行けば該当する文献を見つける事ができるかもしれません」
「そこって一般の人でも入れる?」
「ええ、もちろん。興味があるならご案内しますよ」
ええと、他にまだ聞きたい事あるかな。
まあ歩きながらでも聞けるか。
「じゃあ図書室に行きたい」
「では、ついてきてください」
そう言って教会の人が歩き出す。
「あ、そうだ。名前聞いていい?」
「私の事はソノヘンニールと呼んでください」
名前よ。
いや、日本語で考えるから変に感じるんだ。
この世界では案外普通の名前かもしれない。
「その名前ってこの辺りだと一般的なの?」
「いえ、珍しいと思いますよ」
珍しいんかーい。
「私たちの世代の話なんですが、その頃に親となった人々の間で『絶対名前被りしない名前を付ける』という
「……なんか、いや、なんも言えねぇ」
「お気になさらず。私は自分の名前をそこまで嫌っていませんよ」
聖人か?
「(……マズい、名前の話で質問したい事が全部吹っ飛んだ)」
「折角ですので、貴方の名前も教えていただけませんか?」
「アリド。普通なのか変なのかは知らない」
「私は良い名前だと思いますよ、アリドさん」
これは聖職者。間違いない。
それはそれとして、結局図書室に到着するまで質問したい事は思い出せなかった。
ささやかな雑談をしながら図書室に着いた。
「使徒様や聖女様に関する書物はこちらです」
右手には無数に並ぶ本棚が奥まで続いているが、目的の本は手前にあるようだ。
左手には本棚はなく、代わりに机と椅子が並んでいる。こちらは読書スペースだろうか。
「他の人も見に来るのか?」
「一応、興味のある方々が手に取りやすいよう手前に用意してますが、残念な事に人は稀にしか来ませんね」
「この町の識字率ってどうなんだ?」
「成人であれば八割は読めて、五割は書けると思いますよ」
前世に比べると低いが、中世から近世くらいだとすれば割と高い気がするな。
「暇つぶしに本を読むような人も居ないのか」
「今の時代、民衆は信仰よりも、経済や現実に重きを置いているのでしょう」
「そういうもんか」
「そういうものです。それに……いえ、これはもう終わった話ですね」
なんだ、気になるような事を言うじゃないか。
「前に何かあったのか?」
「ええ、しかしあまり気分の良い話ではありませんので……」
ソノヘンさんの表情が曇る。
しかしここは聞いておきたい。
「興味がある。傭兵としてやって行くにも情報は多いに越したことはないんだ。その昔の出来事が古傷になっている依頼者が居たら、知っていた方が尾を踏むような事をせずに済むだろう?」
「……なるほど……そうですね。アリドさんは、確かに傭兵としての証を身に付けていらっしゃる。その言い分は尤もです」
どうにか言いくるめる事ができたようだ。
ギルドで貰ったドックタグも役に立ったらしい。
「少し長い話になりますが、お時間はよろしいでしょうか」
「問題ない」
「では、そちらの椅子にどうぞ」
俺が座ると、机を挟んで対面にソノヘンさんが座った。
一度深呼吸をした後、重々しくその口を開き、過去の出来事を語り出す。
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