第30話
翌朝、適当なタイミングを見計らって部屋から出る。
昨晩と同じような様子のおっさんに鍵を返して宿の外に出ると、既に市場の方から人々の賑わいが聞こえてくる。
この町の朝は早いようだ。
「(さて、どこに行くか……)」
昨晩調べられなかった教会か。
仕事をこなしつつ情報を集めるのも選択肢としてはアリだ。
交易関係の仕事をしてる人から話を聞ければ、他の町や国の事を知れるかもしれない。
傭兵ギルドでその辺の話だけ聞いても良いだろう。
ギルドに行ったら必ず仕事を受けなくてはならない、という決まりはないはずだ。
「(教会はいつでも行ける。まずは話だけでも聞きに行くか)」
俺は傭兵ギルドへと足を向けた。
到着し、中に入ると昨日と、受付には同じ職員さんが居た。
やっぱりあの場所が定位置なんだろう。
昨日と違う所は、それなりの人数の傭兵がたむろしている事だろう。
朝だと多いみたいだ。
書類や番号札を持って待っている様子は前世を思い出す。
「(誰か手持ちぶさたな人は居ないかね?)」
適当に傭兵の顔を見回していると、見覚えのある顔があった。
昨晩見た獣人のコンビだ。
驚いてそちらを見ていると、目が合った。
二人は軽く言葉を交わしたあと、こちらに歩み寄ってくる。
「よう、見ない顔だな。新入りか?」
軽く手を上げて声をかけてきた山羊の獣人。
馬の獣人の方は、特に何も言わず後ろで腕を組んで立っている。
「ああ、昨日傭兵になったばかりだ」
俺の言葉に目を合わせる獣人コンビ。
「なるほどねぇ。んでよ、お前どっかの傭兵団に入ったりしたか?」
「いや、どこにも」
ニカっと笑い、馬人の肩を叩く山羊人。
「ほら、フリーだってよ! 勧誘しようぜ!」
「相手にも事情があるかもしれんだろう」
眉をひそめて苦言を呈する馬人。
一つため息を吐いた後、俺と目を合わせてくる。
「君は傭兵団についてどの程度理解がある? 何か聞きたい事はあるか?」
どうやらこちらの都合に配慮してくれるらしい。
ここだけで見れば良い人そうだが、昨晩の事があるんだよなぁ。
「それじゃあ……名前は?」
「俺のか? それとも傭兵団の?」
「別にいいじゃねぇか両方答えりゃあよ」
律儀にどちらかと聞いてくる馬人と、フォローするような回答を出す山羊人。
この場合フォローされたのは俺と馬人の両方だろう。
この山羊人は場を取り持つのが上手いのかもしれない。
態度とは裏腹に切れ者なのかもしれない。
「そうだな……俺はオクトヘアだ」
馬人はオクトヘアと言うらしい。
「俺ちゃんはソルトホースってんだ、よろしくな!」
山羊人はソルトホース。
彼はドヤ顔で続く言葉を口にした。
「んでもって、俺らの傭兵団の栄えある名前は『ヤギナ親衛隊』だっ!!」
「あ、すまん。入団は見送りという事で……」
つい即答してしまった。
オクトヘアの方は「やっぱりか」みたいな表情をしている。
名前で避けられてる自覚があるらしい。
「おいおい、こう見えても俺らの傭兵団はこの町じゃ上から五本指に入るんだぜ?」
「……無理に入れとは言わん」
この町で有数の評価を得ている傭兵団だとアピールされるが、オクトヘアの方は既に諦めが入っている。
「それにどんな依頼主でも一発で名前を覚えて貰えるんだぜ!」
まあ確かにインパクトはデカイ。
一応、追加で質問してみる。
「ヤギナって誰?」
「おいおいおい、まさかヤギナを知らねぇとはモグリかてめぇ!?」
「……昨日なったばかりの新米だと言っていただろう」
ため息を吐きながらツッコミを入れるオクトヘア。
しかしソルトホースは、ツッコミをガン無視して語り出す。
「いいか、受付を見てみろ。美人さんが居るだろ? 俺らが命懸けで仕事を終わらせてきた後、いつもと変わらず優しくしてくれる彼女! そう、彼女がヤギナだ! 戦場から帰ってきたって実感させてくれる、俺らの母親にして女神さ!」
正直突っ込む気力もない。オクトヘアも同じ様だ。
額に手を当てている彼と目が合った。彼は静かに首を振った。
悲しい事だが、どうやらこの山羊人は手遅れらしい。
「という訳で、どうだ?」
なにがどういう訳で、なにがどうなのかさっぱり分からないが、
「遠慮しておきます」
丁寧に断っておいた。
思わず敬語になったよね。
ふと受付に目を向けると職員さんが顔を赤くしていた。
公開処刑みたいな事をされた彼女の名はヤギナというらしい。
「まあまあ、そう言うなって。仮入団みたいな感じで少しどうよ?」
「やめろ。これ以上恥の上塗りをするな」
オクトヘア先輩が止めてくれた。正直助かる。
「(名前的に活動はこの町のみっぽいし、昨晩の件がなかったにしてもここへの入団はないかな)」
ぶーぶー文句を言うソルトホースをオクトヘア先輩が巧みにあしらっていると、声が響く。
「番号札28番の方、受付までどうぞ!」
手に持った番号札を確認するソルトホース。
どうやら呼ばれたのは彼のようだ。
受付に行くのを見届けてから、オクトヘアがこちらに身体を向ける。
疲れたような雰囲気が俺達の周囲に満ちていた。
「すまなかったな。ツレが変に絡んで」
「いや、いいけど、勧誘ってどこもあんな感じなのか?」
「そうでもない。ウチは評価の割に人手不足が深刻でな、人手が足りてる所はそもそも勧誘じたいしない」
「ああ、だよな」
賑やかな空気から一転、落ち着いて会話ができるようになった。
騒がしくなった受付方面とは、別の世界ができているようだった。
「傭兵で一番死者が多いのは、右も左も分からない新米だ。その中でも特に団に所属していない奴が多い」
オクトヘアがそう言葉を投げかけてくる。
俺は答えず、視線で返す。
「一度入団したら退団できない所もあるが、ウチは違う。もし、どうしようもない状況になったら誰かに頼れ。独力で解決しようと思うな。オススメは俺かアイツと、ヤギナかオーベッドのようなギルド職員……この辺りだな」
「一応、善意には感謝しよう」
「ハッ……俺らにも利益があってこそだ。善意なんてあやふやなものじゃないさ」
「そうか。なら、せいぜい利害が一致する事を祈ろう」
「そうだな、それでいい。傭兵とは、そういうものだ」
ニヒルに笑うオクトヘア。
利害の一致か……。
願わくば、敵であって欲しくないと思ってしまう。
その後、獣人コンビは仕事へ向かった。
皆忙しそうにしていて話を聞ける空気ではないと判断し、俺は教会へ向かう事にしてギルドを後にした。
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