第28話


 俺が居るこの港町は、ランゴーンと呼ばれている。


 貿易とか漁業とかで賑わっている町のようだ。白い家が眩しい。


 貰った仕事は海岸の近くにある海産物の養殖場の警邏だった。


 時折、強い魔物が寄ってくるんだとか。


 傭兵ギルドで貸し出しされていた武器を持って時間まで見回るだけ。


 楽な仕事だ。


 そう思っていた時期が俺にもありました。


「どんだけ居るんだよ」


「おう、良いペースだな坊主」


 養殖場の管理者の老人が、ぼやく俺に声をかけてきた。


 折角なので一つ聞いてみる。


「これ、なんて名前なんだ?」


「俺らは『海腐れ』って呼んでる魔物の一種だ」


 海に似た色合いの、どろどろに溶けた蛞蝓なめくじのような生物。


 とても弱い。


「スライムと蛞蝓を足して割ったような見た目してるよな」


「実際そんな感じだぞ、何でも食っちまいやがる。今日はこれでも少ない方だ」


 五分に一匹は見つけている気がするが、これで少ないのか……。


 正午くらいから始めて、もう日が傾いている。ずっとこいつを剣で突いて始末してたんだ。


 たぶん季節的には秋。日の入りも早くなっているが、それでも長く感じる。


 海腐れは動きが鈍く脆弱なので、駆除が単調な作業になるからだろう。


 どこだよ強い魔物。


「これっていつまで続くんだ?」


「もうちょいだ。潮が引くか、日が沈んじまえば来なくなる」


 海腐れは海から這い上がり、養殖場に向かって一直線に進む。


 回り道とか、危険を避けるとかの動きはない。


「夜は動かないって、こいつら目があんの?」


「あるみてぇだな。昔、物好きな学者が丁寧に解体して研究したらしいぞ」


 また一匹、目に付いたので剣で突く。


 この海腐れ、死ぬと溶けたような皮膚だけが残り、中身は水のようになって流れてしまう。


 どういう生態なんだろうかと、確かに気になるな。


「研究すんなら駆除に使えそうな薬なりなんなり開発してくれりゃあ良いのにな」


「あるぞ。クソ高えけどな。しかも使い切りだ」


「誰が買うんだよ」


「誰も買わねぇよ」


 草生えるわ。


 この世界で「草」とか言っても伝わらないけど。




 その後も老人とくだらない話をしながら海腐れを駆除し続けた。


 夕日が水平線に八割は沈んでいる。


「よし、もう来ねぇみてぇだな」


「俺、たまに強い魔物が来るって聞いたんだけど、海腐れの事は聞いてなかったな」


 騙しやがったな、あの職員。


「かはは、実際に大物が来る事はあるが、今の時期じゃ滅多にねぇよ」


「まあ良いんだけどさ。これで金貰えるんなら」


「おう、依頼書に達成のサインしてやっから、ちょっと待ってろ」


 ニカっと笑って養殖場の近くに建てられている小屋に入っていく。


 なんとなく海の方を魔力視を使って眺めてみる。


 近場に大きな魔力の持ち主は居ない。海腐れのものも見えない。


「(吸収できなかったなー……人間社会で生きていくと難しくなるな)」


 遠く、沖の方には強めの魔力の煌めきが見える。


 今日倒した海腐れ。あれら全てを吸収できたなら、少しは力が増したかもしれないと思うと、勿体ないの精神が湧いてくる。


 小屋の扉が開く音で、意識を思考から現実に戻す。


「ほらよ、また機会があったら頼むぜ」


「あいよ、また機会があったら来るわ」


 依頼書を渡される。薄暗くなってきたが、まだ字は読める。


 内容をさっと確認して、依頼が達成された事を確認した。


「そいつを受付に渡しゃあ金が貰えるんだぜ」


「そんぐらい知ってるわ」


 呵々かかと笑って「じゃあな」と気軽な態度で別れを告げる老人。


 こちらからも軽く返し、ギルドに向かった。




 傭兵ギルドに到着する頃にはすっかり日は沈み、魔導灯が暗くなった町を照らしていた。


 ギルドの方は随分と静かだったが、隣に建てられている酒場が大いに賑わっているようだ。傭兵達が自慢話でもしてるのだろうか。


 気になるが、用があるのはギルドなので、そちらの扉を開けて中に入る。


 閑散とした受付には、出る前と同じ職員さんが立っていた。


 定位置なのかね? 子供扱いしてくる以外には文句はないんだが……。


「ようこそ傭兵ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 こちらに気付いた職員さんが口を開く。


 テンプレな挨拶に対し、俺は借りた武器と、達成した依頼書を渡す。


「はい、依頼の達成を受理しました。こちらが報酬となります」


 そう言って差し出された硬貨は、銀貨が数枚。


 ……相場が分かんねぇ。


 とりあえず銀貨をポケットに入れて、質問を投げかける。


「そういえば傭兵ギルドって、いつ開いて、いつ閉まるんだ」


「朝の七時から、夜の九時まで開いてますよ」


 そう言われて、周囲を見回すと柱の一つに時計が掛かっているのが見えた。


 今は大体八時のようだ。


「分かった。それともう一つ質問。安く泊まれる宿を知りたい」


「傭兵ギルドの一員なら安く泊まれる場所がありますよ」


 たぶん、そこに泊まると俺が宿に居る時間や、活動のタイミングをギルドに握られるだろう。


 一方で、ギルドの意向に沿っている証明にも使えるかもしれない。

 あるいは素直な子供だと思われるか。


 少し考え、生じるメリットとデメリットを天秤に掛けてから答えた。


「そこで良い」


「では簡単な地図を描きますね。少し待っててください」


 不要になったであろう紙に地図を描いてもらった。


 傭兵ギルドからはそう遠くない所のようだ。


「ありがとう」


「はい、どういたしまして。またいらしてくださいね、アリドさん」


 ニコリと笑って俺を見送ってくれる職員さん。


 その笑顔に背を向けて、俺は再び夜の町へと歩を進めた。


「(名前、覚えられてんなぁ……)」


 まあ、気にされるような見た目にしたのは俺自身なんだけどね。


 覚えられた理由は、実は魔術の方が原因しれないけど。


 目立つのは嫌だが、悪い事ではない。むしろ必要な事だろう。


 実力は隠したいが、過小評価されては地位や立場を得られない。


 混沌神は、他の神々が使徒や聖女に「世界の敵」の事を神託にて伝えたという。


 しかし、人間社会に混じってからまだ日は浅いが、一般的な生活を送っている人々から「世界の敵」やそれに類する言葉を一切聞かない。


 おそらく、その情報は隠蔽されている。


 この状況だと、誰が敵で、誰が味方か分からない。


 ライズヘローの件を考えれば、相応の立場にある人が、洗脳やら何やらで狂ってる可能性があるのだから。


 ギルドの勧める宿に泊まるのは、これらの見極めの一環になると判断したから。


 一応、まだこの町に敵の魔の手が及んでいないという可能性もあるが……。


「(楽観視はできないよなぁ……)」


 だが、人間社会での生活に一歩踏み出せた。上手く入り込めた。


 悪い事ばかりではないと気持ちを切り替え、俺は宿を目指した。




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