第25話


 傭兵ギルドの扉を開けて中に入ると、思っていたよりも綺麗な光景が広がっていた。


 受付と思わしき場所に向うと、ギルド職員のお姉さんの方から声が掛けられる。


「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「登録がしたい」


「分かりました、少々お待ちください」


 至って丁寧な対応が返ってきた事に内心で驚く。


「(思ったよりマトモだな……異世界テンプレの絡まれイベントはなさそうか?)」


 今の俺の外見は黒い髪に黒い瞳で、身長165センチメートルほどの人間だ。服装はこの世界でも違和感のないコートにズボンといった感じ。


 顔立ちは中性的で整っているよう仕上げた。多分魅力的に感じる人は多いと思う。


 俺はまだヒモニートを諦めた訳ではない――というのは冗談で、見た目が良い方が何かと事を有利に運べる機会が多いだろうという打算の結果だ。


 男女どちらに対しても有効活用できる顔と身体にしたかったので、この姿になった。


 少年と別れてから、なんやかんや色々工夫して人に擬態する事はできた。


 魔力視対策のカモフラージュも万全なはず。


 肌や髪の質感も完璧で、どこからどう見ても普通の人間になっている。


 だから大丈夫だ、問題ない……はず。きっと。


 ……わりぃ、やっぱ不安だわ。


 俺がスライムバレしないか不安になっていると、奥から職員さんが戻ってきた。


「登録にするにあたって、まず能力テストを行い、その後にギルドとの契約をして頂きますが、よろしいでしょうか?」


「ああ、問題ない」


 なんせちょっと前に盗み見したからね。どんな契約かも分かっている。


「では、こちらへ」


 そう言って俺を先導するように歩く職員さん。


 ギルドの奥へ進んで行くと解放されている大きな扉があり、その奥には丁寧に整備された訓練場と思われる場所が広がっていた。


 地面には硬い土、草地、砂地、ぬかるみなど、場所によって様々な地形が用意されている。


 周囲を見渡せば、四方を分厚い壁に覆われていて、天井は手前半分ほどあるが、奥の半分はない。


 ざっと目算で奥行き、横幅共に1キロメートルはあるだろうか。


「(随分と大きいんだな。戦闘の教習所でもあるんだろうし不自然ではないのか)」


 人がまばらに居て、みなそれぞれ何かしら身体を動かしたり、魔術を行使している。


 職員さんに続き奥へと進んで行くと、強面のおじさんがこちらを見据えて居た。


 筋骨隆々とした肉体で、身長も俺より頭二つ分は高く、それだけなら威圧感が凄かっただろう。


 だが、しかし、


「(筋肉モリモリマッチョマンのケモミミ……!)」


 そのおっさんに生えてる、おそらく犬耳であろうケモミミに目を奪われる。


 ある意味で転生してから一番の衝撃を受けた。


「オーベッドさん、こちらが新規登録希望の方です」


 職員さんの言葉に頷き、俺の正面に立つ犬耳おじさん。


「お前かが……人種は?」


 オーベッドと呼ばれた犬耳おじさんがこちらを値踏みするような目で見てくる。


 ここで言う「人種」とは、おそらく何の獣人だとか魚人だとか、そういった意味だろう。


 得手不得手があるからね。


 答え方として合っているかは分からないが、俺はこう答える。


「人間。特徴のない、普通の」


 別に変な返答じゃないはず。変じゃないよね?


「だとすると、まだ子供か?」


 僅かに眉を顰め、質問の続きがきた。


 こちらを質問を訝しんでいる様子はない。


 良かった。年齢を訝しまれてるけど。


「いや、成人してる」


 前世では。


「親は?」


「居ない」


 すると値踏みするような目が、やや同情的な目になる。耳もペタンとなる。


 案外、良い人なのかもしれない。


 そう思いたいけど、心のどこかで「演技かもしれない」って思っちゃう辺り前世の影響出てるなって思う。


 質問は続く。


「戦闘の経験は?」


「魔物っぽいデカイ虫を仕留めた事がある」


「ほう……手段は?」


「藁の中に誘導して外から火を点けた」


「ふむ、なるほど」


 この辺の質問は事前に対策済みだ。


 前世の面接の方が圧があったくらいだ。


「何か特技はあるか?」


「簡単な魔術」


 そう答えると驚いた表情になる犬耳おじさん。耳もピンとなった。


 ……何かマズったか?


「何が使える?」


「『火熾』と『隆起』」


 本当はもっと色々使えるが、ここは黙っておく。


 チラリと職員さんの方も確認してみると、そちらも少し驚いているようだった。


 魔術って割と稀少な技術なのか?


「誰から教わったんだ?」


「親」


 そう答えると、犬耳おじさんは少しばつが悪い顔になる。また耳が畳まれた。


「……そうか、いやすまなかったな」


「平気」


 淡々と、短く答える。


 正直、普通に良い人な反応をされると、こっちが罪悪感湧くから平静にしてて欲しい。あの犬耳見てると特に、こう、沸き上がってくる。


 我ながら勝手な願いである。


「武器を扱った事は?」


「ない」


 ここは別に嘘を吐く必要はないだろう。


 記憶の追体験で多少は知っているが、あれだけでは知らないも同然だ。


「……分かった。これが最後の質問だ、お前の名前は?」


 この質問に一瞬思考が固まる。


 想定外だった。この質問も、この質問を想定してなかった自分も。


 名前か……そういやスライムに転生してから一度考えた事なかったな。


 少年の事を思い出し、名前くらい聞いとくべきだったかな、と今更後悔をする。


 この犬耳おじさんも名前で呼んでないし、これは俺の性分なんだろうか?


 それはともかく、なんと名乗ろうか……。


 適当に前世の名前をもじる事にしよう。


「アリド」


 俺は自分自身にそう名付けた。


「アリドだな。聞いていると思うがこれから能力テストを行う。魔術が使えるならそれを見せて貰いたいが、何か準備は要るか?」


「必要ない」


「分かった、では始めよう」




 その後、俺はつつがなくテストを終え、ギルドと契約をして傭兵と相成った。




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