第24話


 遠くに見える人の町。


 それは俺と少年の旅の終わりを示唆していた。


 最初はこの少年を利用できないかと考えてたけど、今となってはそんな気持ちはどこかへと失せてしまった。


「(俺も随分と丸くなったもんだなぁ)」


 これまでの旅路をしみじみと思い返しながら、そんな事を心の中で呟く。


 まあ自分なりに色々と考えた結果だ。


 背後に森、前方には草原という境界に二人で立ち尽くしている。俺は立っているという表現で正しいかは不明だが。


 顔を上げてみれば、少年がこちらを不安気に見つめていた。


 一緒に行動していて思ったが、この少年は俺の想像以上に賢しい子だった。


 きっとこの先の展開も予測しているのだろう。


 それを実現する事は心苦しい所もあるが、地面に絵を描いて俺の意思を伝える。


 家と少年をセットで、スライムを遠くに、スライムから家に矢印を伸ばし、その上にバツを描く。


 これで大体察するだろう……俺はそちらには行けないと。


 まあ将来的には潜り込む予定なんだけどね。


 混沌神の予言――世界の滅亡に抗うには、どうしても人類との協力は必要不可欠だからね。


 少年の故郷のように町が戦場になる事もあるだろうし、触れるだけで精神汚染を防げる少年の存在は、おそらく稀少だ。


 その能力はきっと有望視されて、戦線への参列は免れないと思われる。


 だが誰にも知られなければ、そうはならないはずだ。


 俺の我儘だが、どうにも感情移入してしまい、今の段階で随分酷い不幸に見舞われた少年がこれ以上酷い目に合う事もないんじゃないかと思ってしまった。


 人並みの幸せを感じたり、普通の生活に戻って欲しい。


 もし、どうしても少年が戦わねばならぬとしたら、それは俺のような奴ではなく、彼自身が大切だと思える人の為に戦って欲しい。


 所詮、少年と俺との関係は一時的なものだ。そう考える。


 少年は何もかもを喪失した苦痛に耐えるために、俺のようなスライムに頼らざるを得なかった。


 俺も転生してからずっと孤独で居たからか、少しおかしくなっていたと思う。


 心の奥から沸き上がって来る感情を押し殺し、そっと少年の背を押す。町の方へ。


 少年の方は俺の触手を掴む。その顔は、今にも雨が降り出しそうな曇天のようであり、何かを必死に堪えているようだった。


「(あー……そんな顔はしないでくれ)」


 結局、俺は最後まで喋る事はなかった。


 仲良くなりすぎると少年が人間社会への復帰よりも、俺と一緒に居る事を選ぶ可能性があったから。


 ちょっと……いやかなり自意識過剰な気もするが、絶対あり得ないとも限らない。


「……あ……う……うぅ」


 少年は口を開き何か喋ろうとするが、言葉にならない声が漏れるばかりだ。


 きっと「いかないで」とか「一緒にいて」とか、そういった言葉が出掛かったのだろう。


 だが少年は聡明だ。それを口にすれば俺が困ると分かっている。しかし頭で分かっていても、気持ちは別なんだろう。


 精神と思考の不一致が、少年の言葉を詰まらせている。


「(何かに依存してほしくないんだよなぁ……良い手はないものか)」


 じっと見つめ合いながら思考を続ける。


 不安、焦燥、孤独……そういったものが、言葉もなく少年から伝わってくる。


「(少年の負の感情の由来は、とどのつまり喪失から来るものなんじゃないか?)」


 家族や故郷などの物理的なものに限らず、絆や愛情などの精神的なものの喪失も原因だと考えられる。


 ここでの別れで、そういった精神的な繋がりが途絶える事も少年の不安の一因となっているのかもしれない。


「(であれば、離れていても残る、精神的な繋がりを示せるようなものがあれば行けるか?)」


 何かあるだろうかと過去を振り返っていると、一つ良い物を思い出した。


 俺の触手を掴む少年の手首を掴み、掌を空に向けて開かせる。


「……え……なに?」


 下水道から脱出する前に、自分の身体のサイズを調整しようとして失敗した時の事だ。


 身体の一部が高密度に圧縮され、金属のように硬くなったのだ。


「(何の使い道も思い付かなかったが、ここで少年に贈ろう)」


 唐突に掌に置かれた黒い球体に、見慣れた困惑顔をする少年。


「(まあ、伝わらんよな)」


 しゃーない。また地面に絵を描くか。


 スライムの輪郭線を一部削って、ちょっと離れた所に丸を描く。そして黒玉を指す。


 さあ、伝わるか?


「これ、は……君の身体の一部……?」


 伝わったな、ヨシ!


 離れててもズッ友だよ的なサムシングも伝わってくれ。


 しばらく黒玉を見つめていた少年は、不意に顔を上げる。


 その顔にはさっきまでの悲壮感はなく、どこか決意めいたものを感じさせる表情だった。 


「(うーん、その顔はその顔でちょっと不安を覚えるぞ)」


 どことなく嫌な予感を感じる。外れて欲しい。


「僕、まだ力も弱いし、全然世の中の事知らないんだ」


 急に変なこと言い出した。


 大丈夫、世間知らず加減なら俺の方が上だ。そういう事じゃなさそうだけど。


「だから、もっと沢山勉強して、もっと強くならないと、君の足を引っ張っちゃうと思う」


 違う、そうじゃない。


 ぎゅっと俺の黒玉を握って、言葉を続ける。


「いつか、必ず、君と一緒に居ても大丈夫なような人間になるよ」


 自ら地獄に突き進むんじゃあない。


 俺と一緒に居るという事は、必然的に混沌神の言う「世界の敵」と戦う事になるだろう。


 生き残るためには、戦わなければならないから。


 世界の敵が一体だけなのか、複数なのか、それも分からない。


 分からないが、正直一体とは思えない。


 あの銀の怪物は強力無比な力を持っているが、たった一体で人類どころか世界そのものを滅ぼせるとは思えない。


 ならば複数居るか、人類の内ゲバを誘発する悪意を持った奴が居るか、あるいはその両方かだろう。


 そんな事を考えている内に、思い直す。


「(普通に暮らしてほしいけど……巻き込まれる可能性を考えたら、強くなってもらうのは有りか?)」


 ……改めて考えてみると、少年が強くなる事、それ自体は特に問題はないな。


 俺の身体の一部を渡した結果、どんな結論に至ったのかは分からないが……まあ俺が少年と再会をしなければ、最後まで平穏無事に暮らせる可能性もある。


「(まあ、少年が鬱になったりせずに社会復帰できるなら良いか)」


 あまり悪い方向のみに考えるのはやめよう。


 良い方向に向かう事もあるはずだ。


 再び少年の背をそっと押す。今度は抵抗をせず、少年はゆっくりと歩き出した。


「また、会えるよね?」


 返事はしなかった。


 何度もこちらを振り返りながらも、少しずつ、少しずつ町の方へと進んで行く。


「(俺も行くか。この辺りは人も来るかもしれん)」


 少年を見送り、川に潜る。


 身体のサイズを小さくして、見つかり難くなるよう変身してから移動を始める。


「(川を下って行けば海に出るはず。港町があれば人も情報も集まるだろう)」


 次の町からは人の中に混じって行動するとしよう。


 人化というよりか、スライムが人の皮を被ったような感じになるが、まあ何とかなるだろう。




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