第22話
時刻は夕暮れ時。
うっすらと暗くなって来たのでここらで野宿しようと思う。
川の周囲はまだ明るいが、森の中は影が濃くなっていた。
「(果物とか近くにあれば良いんだけど……見当たんねぇな)」
立ち止まり、周囲を確認する。
川辺には特に何もない。森は暗くてよく見えん。空にはコウモリが飛んでる。
「(少年にどう野宿だと伝えるか)」
喋れば良いんだけど、ここまで来ると意地で喋りたくなくなっている。
俺のことは言葉を話さないけど理解はできるスライムなんだと、少年はきっとそう思っていてくれている事だろう。
その思いを裏切るなど、俺にはできない。
詭弁だけど。
とりあえず土椅子を魔術で作る。
「ここで休むの?」
イエスと伝えるために椅子をぺしぺしと叩く。
少年が素直に座るのを見届けた後、魚を釣りに行く。
「……ねぇ、何か手伝う事ないかな?」
後ろからそんな声を掛けられる。
特にないんだよなぁ……。
でも何かしたい動機は分かる。きっと何もしないと辛い事を思い出してしまうのだろう。
何かしら行動する事で気が紛れるのかもしれない。
「(んー……地面に絵でも描くか)」
少年の元に戻り、魔術で小さな円柱形に土を盛り上げ、その上に触手で絵を描く。
内容は魚と木の枝。それぞれを矢印で指して、その根元にスライムと少年の顔を描く。
魚が俺、木の枝が少年だ。
「……木の枝を取ってくればいいんだね?」
触手で丸を作って答える。
……この世界でも丸って肯定的な意味なのかな?
「分かった。拾ってくるよ」
問題なかったらしい。
とはいえ一応目の届く範囲には居て欲しい。森にどんな危険があるのかは未知数だし。何より迷子が怖い。
なので触手を伸ばして少年の腰に巻き付けておく。
急に絡まれた事に驚いたようだが、あえて無視して川に向かう。
少年が触手に引き摺られて……なんて事はなく、触手の方が伸びていく。
相変わらずの困惑顔だが、椅子から立ち上がって触手を確認しながら森の方へ一歩、二歩と慎重に足を進める。
無限に伸びるような触手を不思議そうに眺めながら普通に歩き出した。
「(順応が早くなってきたなー)」
少年は俺というスライムに慣れてきたようだ。
良い事なのか悪い事なのかは後で考えよう。まずは晩飯の確保だ。
昼と同じく四匹ほど魚を釣り上げた。
少年の方も順調なようで、暗い森の中にも関わらず目ざとく落ちた枝を集めていた。
森の中って実際入ってみると落ち葉とかで溢れてるんだな。枯れたものなんて無くて、もっと鬱蒼としているもんだと思っていた。
これなら昼にも枯れ枝集められたかなって思ったけど、前世だと森とか山とか縁のない生活してたし、仕方ないね。
もう十分集まっているように思えたので、触手を軽く引いて帰還を促す。
ハッとなって周囲を見渡す少年だが、腰の触手の存在に気付き、それを辿って戻ってきた。
「(もしかして、枝拾いに夢中になって迷子になりかけてた?)」
命綱ならる命触手を巻き付けておいて良かった……。
戻ってきた少年は俺を見てホッとしたような表情になる。
やはり迷子になってたな?
まあ良いか。それより準備を進めよう。
さっき作った円柱系の土の中心を削り大きな穴を開ける。側面の下の方にも開ける。
少年が拾ってきた枝を数本残して穴に入れ、魔術で火を点ける。
割とあっさりと火が点いたし、煙も思ったほどではなかった。暗い森の中でもきちんと枯れ枝を拾ってきてくれたようだ。
「(この少年、実はサバイバルの知識あったりする?)」
本人に聞くのが一番手っ取り早いが以下省略。
この共同サバイバル生活が何日続くか分からんが、その内運か実力かは分かるだろう。
そう思っておく事にする。
考え事をしながらも作業を進め、魚を焼きに入る。
串を穴の淵に置く事で手に持ったまま焼かずとも良くなった。
文明を感じるね。石器時代レベルだけど。
魚を焼いている内に空も暗くなり、星々が瞬き出す時間になった。
人工の灯りとは縁のない大自然の中、周囲は既に真っ暗で普通の目視では何も見えない。
両面共に綺麗に焼けた魚を少年に渡す。
「……うん、ありがとう」
焚火の光に照らされた少年の顔は、どこか寂しさを感じさせるものだった。
食事が終わり、ぼうっと焚火を眺める一人と一匹。
「(前世ならここで不謹慎ギャグかますんだけどなー)」
この場に満ちている空気に色々なものが溜まっていく俺。
今の俺のスライムボディならどんなキチゲ解放ムーブでもできる気がする。
そんなアホな事を考えていると、ふと少年が顔を上げた。
「……僕、前にもこんな事があったんだ」
俺の頭が茹だって発狂する前に少年の方から口を開いた。
ポツリ、ポツリと自分の過去を語っていく。
「父さんと一緒に、山に入って野営の仕方とか、獲物の捕り方とか、食べられる植物の見分け方とか……」
サバイバル知識あるじゃん。ぜひ御教授下さい。
というか今後任せちゃっても良いかな?
「ナイフで削った木の枝に魚を刺して、焼いて食べた事もあったんだ」
なるほど、以前のは思い出し泣きってやつだったのか。
「父さんに離れすぎるなって言われたのに、離れて迷子になっちゃったりもして……」
再犯ですか。さては元々道に迷いやすい性格だな。
「凄く怒られたんだ」
残念ながら当然の事である。
うんうんと心の中だけで頷いておく。
「凄く心配されて、悪い事しちゃったなって……またやっちゃったけど」
これは何? 俺もめっちゃ怒った方が良いの? 期待されてる?
「腰に触手まかれた時は何事かと思ったけど、君は分かってたの?」
分かっちゃいない。懸念はあった。
しばらく見つめ合ったまま時間が過ぎる。
パチパチと薪の爆ぜる音、川のせせらぎ、そして虫の音が空間を満たす。
「……君が喋れたらなぁ」
そんな言葉を零しながら苦笑する少年。
すまんな少年、喋ろうと思えばたぶん喋れる。
ちょっと罪悪感湧いちゃう。
でもちょっとだから耐えれます。
「ごめんね、無理言っちゃったかな」
大丈夫だ、問題ない。俺以外。
ちょっとじゃないレベルの罪悪感湧いちゃったねぇ。心が苦しいねぇ。
吐きそう。吐く口が無いけど。作らないから。
気分を誤魔化すために触手を伸ばして少年の頭を撫でる。
撫でられている少年はなすがままで、目を閉じてじっとしている。
そのまま寝てしまいそうな雰囲気だったので、椅子から持ち上げて低反発ボディで少年を抱える。
目を開いて一度空を見上げて、それからこちらを見る少年。
「……寝る時間、で良いのかな?」
丸を作ると頷いて俺に身体を預ける。
「うん、おやすみ」
そう言って目を閉じた。
こちらへの警戒心というものがない少年を見て思う。
「(たった一日で随分と懐かれたな)」
なんか俺が彼の父親と似たようなムーブしたらしいし、他に頼れる相手も居ないのだから仕方ない事なのだろうか。
それに怪物によって人が異形化する光景も見ていただろうし、同じ人間なら安心できるという価値観が壊れているのかもしれない。
あの出来事で、他にも色々なものが壊れたかもしれんが。
少年について考察していると森からデカイ昆虫が出てきた。
「(そういやこの世界って魔物が居るんだっけ)」
襲撃される事がなかったのですっかり忘れていた。
未知の脅威なので初手から全力で殺しに行く。少年も守らなければならないため、油断はできない。
圧縮して鋭くした触手を最大出力で射出。同時にいつでも逃げられるように足を用意する。
触手は巨大昆虫に反応すらさせず、あっさりと脳天から尻まで貫いてしまった。
「(あら、思ったより弱い?)」
念のため魔力視を駆使して周囲を警戒する。
虫もさっさと溶解して吸収してしまう。
「(これは夜だからと暇になる訳じゃないかもしれんな)」
こうして俺の長い夜が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます