第21話


 触手の先端に虫を付けて魚を釣る。


 ちなみに虫は川原の石の下にいるやつを使った。

 ちゃんと天然ものだぞ。


 前世だったら触るのに躊躇しそうな見た目の虫も今生では普通に触れるようになった。


 吸収してる内に慣れたよね。慣れって偉大。


 早速、魚が食いついたので釣り上げる。


「(……釣り上げた魚どうしよう)」


 行動を起こしてから準備不足に気付く。


 あるあるだと思います。


 後ろの目で少年を見てみると、スライムが魚を釣り上げた事に驚いているようで目をパチクリさせている。


「(ワタ抜きするか。雑に吸収……少年の目の前でやって平気か?)」


 まあたぶん大丈夫だろう。


 圧縮して刃物のように鋭くした触手で腹を裂き、内臓を吸収してしまう。


 串は木の枝を削れば良いだろう。


 そこらの木から枝を一本手折って加工してから魚に突き刺す。


 魔術で焼いて、表面の皮がパリパリになった辺りでちょっと確認。


 中までしっかり火が通ってる事を確かめてから少年に渡す。


「(いきなり魚焼いたけど、受け取ってくれるかね)」


 少年はこちらと焼き魚を交互に見てから、おずおずと串を持つ。


「あの、ありがとう……いただきます」


 お礼を言われた。


 素直な子供っていいね。


 マウント取ってイキるのに命かけてそうなキッズとは大違いだ。


 じっと焼き魚を見つめる少年。


 どうしたのかと見ていると「くぅ」と少年の腹が鳴った。


 おそるおそるといった様子で一口齧り付く。


「(そういや調味料がねぇわ……味、大丈夫かな)」


 何の味付けもされていないから躊躇っていたのだろうか。


 まさかあの町の出身で魚が苦手な事はないだろうと思ったが、実は苦手だったりするのだろうか。


 空腹は最高のスパイスと言うが、それにしても限度というものがある。


 でも何か食べなきゃだしなぁ……。


 何か良い案はないかと考えながら二匹目を釣りに行こうとして、驚くべき事態に遭遇した。


「(えっ、泣いてる? どうした少年、どうすれば良いんだ俺?)」


 焼き魚を頬張りながらぽろぽろと大粒の涙を零す少年。


 唐突な状況に混乱する俺。


 微動だにできず少年を凝視している俺に気付いた少年が慌てて口を開く。


「あ、えっと、ぐずっ、大丈夫、だから」


 手の甲で目元を擦ってそんな事を言ってくる。


「何が大丈夫なん?」と聞きたい所だが、大丈夫と言うからには大丈夫なんだろう。


 本当に? いや、駄目じゃね?


 とはいえ無口キャラとして対応してしまったからには急に喋るのは憚られる。


「(落ち着け俺、困った時は前世の記憶を頼るんだ)」


 シンプルに考えよう。


 俺が子供の頃に泣くような事があった時、どうして貰いたかったか。


 誰にも干渉されずにそっとしておいて欲しかった気がする。


 なんか見える人間という人間全てが敵に見えてた気がする。


 当てになんねぇな、俺の前世。


 人生経験が違いすぎるせいだろう。


 一般的には感情が落ち着くまでつかず離れずの距離で寄り添うのが良いのかな?


 たぶんそう。きっとそう。そうであってくれ。


 構いたくなる気持ちを抑えつけて二匹目を釣りに行こう。




 少年が泣き出してから少し時間が経った。


 串に刺した魚を追加で三匹分用意したあたりで少年の感情も落ち着いたようだ。


 泣きながらもゆっくりと焼き魚を食べていたようで、手持ちの串には骨と頭と尻尾だけが残っていた。


 何か精神的に良くなるものでもあれば良いんだが……。


「(そうだ、焚火ってリラックス効果みたいなのあるんだっけ)」


 思い立ったが吉日。


 とは言うものの、青々と生い茂る草木は水分を多分に含んでいて火が点きにくいだろう。


「(何か良い魔術ないか?)」


 記憶を漁ってみるものの焚火作りに役立ちそうなものは、さっきから使っている「火熾ひおこし」くらいのものだ。


 煙が凄い事になって怪物に見つかるのも嫌だし、諦めるしかなさそうだ。


「(普通に魔術だけで魚焼くかー)」


 二匹目の焼き魚を完成させて、少年に渡す。

 ついでに可食部があまり残ってない魚と串を回収して吸収してしまう。


 ゴミを残さないクリーンな生き物、それがスライム。


 串も魚も自然から取れたものだから吸収しなくてもそのうち自然に還元されそうだけどね。


 目元を涙の跡で少し赤くしながらも、黙々と焼き魚を食べる少年を横目に三匹目を焼く。


 このまま元気を取り戻してくれれば良いんだけどねぇ。




 無事四匹分の魚を平らげた少年が遠慮しがちに俺に聞いてきた。


「あの、君は、食べなくていいの? いや、骨とか溶かしてたけど、あと串も……でもお肉は?」


 なんと俺の事を気にかけてくれるらしい。


 スライムなんだから大丈夫だろ――とか思わない辺り人の良さが滲み出てる。


 さて、それはそれとして、どう対応しよう。


 空を見上げればまだ日は高くにある。


 長考すると心配させてしまいそうなので数秒だけ考えて答えを出す。


 まず触手で少年を引っ張る。


「えっと、どうしたの?」


 少年を立たせてから土椅子を壊し、川を下る方向に移動を再開させる事にした。


 そう、返答が難しいならしなければ良いのだ。


 ……良いのか? ……まあ良いか。


 困惑顔がデフォルトの表情になりつつある少年を背に人の町を目指してまた歩き出した。




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