第20話


 時刻は昼前といった所だろうか。


 実はあれから一度も発声練習ができていない。


「(起こしちゃ悪いからね)」


 代わりに見た目を調整していた。


 やっぱり無数の目玉が至る所から生えてる黒いスライムとか発狂もんだからね。


 子供が怖がらないような愛嬌のある見た目を目指してみた。


 ゼリーのように弾力と艶のある身体を丸く柔らかい感じに整える。

 低反発で人も獣もダメにするスライムボディだ。


 目玉は人間と同じく二つ前面と仮定した場所に生やす。

 顔のパーツに類似点があった方が良いだろうという判断をした。


 索敵のために後ろにも透明な薄い膜の下に虫の目を生やしている。

 虫の目は黒いので、たぶん見た目的な影響は薄いはず。


 サイズは大型犬くらい。

 小さすぎず大きすぎずを目指した結果このサイズに落ち着いた。


「……う、ん」


 少年が目を覚ましたようだ。


 俺に緊張が走る。


 膜をどかすと太陽の光が注がれる。

 少年は眩しそうに目をつむり、体を丸めながら低反発ボディに顔を擦りつける。


 一度大きく深呼吸をしてから、何かに気付いたようにバッと起き上がる。


「あれ……え、ここは?」


 どうやら混乱しているようだ。


 まあ無理もないか。


 声をかけてやるべきか悩んだが、ひとまず様子を見る事にした。


 別に日和ってる訳じゃない。本当に。


 首を忙しなく動かしていた彼だが、ふと自分の下にあるものが気になったのか、こちらに目を向けてきた。


「……ッ!?」


 目が合った。


 どうしよう。


 普通に挨拶すれば良いのかな。


 でもスライムが急に声出すとビックリさせちゃうかもしれない。


 既にビックリ具合が頂点に達してそうだけど。


 あー……どうしよ。


 俺が悩んでいると少年が慌てた様子でスライムボディから飛び降りる。


 まあ、そうなるな。


「いたっ!」


 素足で石を踏んで、その痛みでバランスを崩す少年。


 このまま眺めていると顔面から石だらけの川原に顔から突っ込む事になる。


 流石に傍観はできないので、触手を伸ばして少年を掴み、低反発ボディの上に戻してやる。


「……え? あ、え?」


 状況を理解できていないのか、言葉にならない声が口から漏れる少年。


「(うーん……取りあえず洗濯した服を着てもらうか)」


 触手を少年の眼前に持ってきた後に、洗濯物のある場所を指す。


 困惑顔のまま触手が指した先に顔を向け、また驚く顔に変わる。


 良く驚く少年だ。

 いやまあ驚くだろうけどさ。


 自分の身体を見下ろし、顔がみるみる赤面していく。


 身体の一部を隠すようにしゃがみこんでしまった。


 俺を見て、洗濯物を見て、自分を見て、周囲を見て、ぐるぐると視線をループさせている。


「(思ったより普通の反応だな。もっと精神的にやられているものかと思ったが……)」


 食われた父親とか怪物の事は忘れてしまったのだろうか。

 あるいは思い出してないだけか。


 触手を伸ばして洗濯物を取りながらそんな事を考える。


「……あの、ありがとう、ございます?」


 洗濯物を渡すと、ごく普通の返事をされた。


 たぶん意思疎通できるかどうかが分からないのだろう。


 俺は視線だけで答える。

 伝わったかは不明。


 声はなー、出した事なくてなー、不安なんだよなー。


 靴はまだ若干湿っていたので、魔術で強引に乾かす。

 それから地面に揃えて置いておく。


 俺の上で少年がこっちをチラチラ見ながら服を着ていく。


 その視線には困惑と疑念が溢れていたが、敵意や悪意のようなものは含まれていなかった。


「(やっぱり基本的には善人か、この少年)」


 言葉が通じてるのか、何を考えているかも分からないスライムにお礼を言ったり、誘導に従ってる辺り育ちの良さがうかがえる。


 これが傭兵なら不意打ちや出し抜いて逃げる算段を立てるだろう。


 俺が少年の立場なら、この怪しいスライムをどこまで利用できるか考える。


 そんな事を考えている間に服を着た少年が俺から降りる。


 靴を履きこちらを振り返った彼の顔には様々な感情がないまぜになっていた。


 少しの間見つめ合い、やがて意を決したように少年は口を開く。


「あの……僕を助けてくれたんですよね?」


 素直な疑問が飛んできた。


 うん、まあ、そうなんだけど。


 恩着せがましく頷くのも何か嫌だなーって思うよね。


 てか服着てる間に色々と思い出したっぽいな。

 少年の顔色が悪くなっている。


 どうすっぺ。


 こんな純朴っぽい空気が出ている善人にどう対応すれば良いのか分からない。


 俺には眩しすぎる。


 んー……よし、返答せずに川を下る方向に移動しよう。


「え、えっと……あの……」


 少年は困惑したまま立ち尽くしている。


 少し移動してから、ちらりと少年の方を振り返る。


 そしてまた少し進み、また振り返る。


「ついて行けば、いいの?」


 よし、伝わっているようだ。


 俺に異世界人との会話はまだ早い。

 きっとそう。たぶん。めいびー。



 しばらく歩いてから気が付いた。


「(昨日から何も食べてないな……警備隊長食われてる時に吐いてたし、大丈夫か?)」


 注意深く少年を観察すると、少しふらついているようだった。


 血色も最初に見た時より悪くなっている気がする。


「(いかんな、何か食えるものを探す必要があるか)」


 そういや俺って飲まず食わずでも平気なんかな。


 何でも吸収できるし、暇さえあれば何かしら吸収してたから分からない。


 でもたぶん平気な気がする。渇きとか空腹とか一度も感じた事ないし。


 周辺を見回しても獣一匹見当たらない。


 ならばと川を見ても、地上からだと良く見えない。


 果物や山菜などを探そうにも森に入らないとだろう。


「(人間はビタミンが食事でしか摂取できないんだったっけ)」


 つまり同じものばかり食べてても栄養失調になる。


 とはいえ、今日の所は手軽に捕獲できるものにしよう。


 俺が移動を止めると少年も足を止める。


 彼は掌を膝に当てて体を支え、呼吸を整えている。


 体力的にも結構キツイのかもしれない。


 魔術「隆起」で地面を持ち上げる。


 高さは少年の膝くらいで良いだろう。


 土の椅子モドキの完成である。スゴイ雑だけど。


 ちらりと少年に目を向けると、彼は目を真ん丸に開いていて口が半開きになっていた。


 驚いている少年に対して座るよう促す。


 具体的には触手を一本生やして土の椅子をぺしぺしと叩く。


「えっとぉ……ここに、立つ? 座る?」


 なるほど、立つという発想はなかった。


 だがこんな場所にお立ち台を用意しないぞ普通。


 現在の状況が普通か異常かと聞いたら異常と答える人の方が多いだろうが。


 さて、座るのをどう伝えるか……。


 土の椅子の近くで触手を下から垂直に伸ばし、次に水平に、最後に土の椅子の真ん中辺りでまた垂直に伸ばす。


 伝わるか? 伝わって欲しい。伝われ。


「座る、で、良いのかな」


 良いんだよ。


 少年はおずおずといった感じで土の椅子に腰を掛けた。


 そして深く息を吐いて、全身を脱力させる。


 やはり結構キツかったようだ。


 今後は少年の体調もしっかり把握しとかないとだな。


 あ、背もたれも「隆起」で生やしとこ。




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