第17話


「               」


 今までよりも強く、音の無い声が響く。


 さっきからずっと精神的異物を取り除いていて魔力がジワジワと減っている。

 なぜこんなことになっているかと言えば動けないからだ。


「(体が動かねぇ……あの目か?)」


 銀の怪物の口の中にずらりと並ぶ数多の瞳は、しっかりと俺を捕らえていた。


 精神的な動揺による硬直からは既に立ち直っている。たぶん。


 伊達に一度死んでねえぜ。


「(あの目による金縛りは精神的なものじゃないっぽいな……「精神干渉」で感知できない)」


 何か打開策はないかと考えていると、魚市場の方が騒がしくなる。


 目も動かせないので新しく目を生やしてそちらを確認する。


「(なんだあれ)」


 人の頭が巨大化していた。

 しかも口だけになっている。いや髪の毛も残ってるわ。元からある人は。


 異形と化した町民に驚いていると、更に驚く出来事が起きた。


「(誰かが戦っている……ってあれは警備隊長? 洗脳されていたはずじゃ……)」


 しかし異形化した町民を斬りながらこちらに走って来る男は、どう見ても領主館で見た警備隊長だ。


「(一人じゃないな……小柄な人間を抱えている?)」


 髪の色が白いので老人かとも思ったが、よく見てみれば少年のようだ。

 その少年は今にも泣き出しそうな顔をしているようだった。


 まあこんな状況になったら泣きたくもなるわな。

 わかるよ、俺も泣きたい。


「(……ん? あの二人、なんで平気なんだ?)」


 俺が疑問に思うと、怪物の方も瞳のいくつかを警備隊長と少年の方に向けた。


「(あ、隊長転んだ)」


 たぶん怪物に見られたからだろう。


 警備隊長に群がる口だけ巨頭。

 首から下より頭のがでかいから普通に歩けないのだろう、顔で地面を削りながら這い寄って行く。キモイ。


 隊長は最後の力を振り絞るようにして少年をブン投げた。


「逃げろ! デュアン、逃げてくれ!」


「父さん!? いやだ!」


「  、  、     」


 声がここまで届いてくる。あの二人はどうやら親子関係らしい。


 ついでに気付いたが、あの口だけ巨頭も音の無い声を発しているようだ。


 囲まれた警備隊長の頭が肥大化していく。さっきまで無事だったのに。


 だが、他の口だけ巨頭は彼を許すつもりはないようだ。

 歯を突き立て、悍ましい音を立てながら警備隊長を咀嚼して喰い殺そうとする。


「ひっ……う、げぇ……」


 少年は目の前の光景に耐え切れず、ゲロを吐き出した。

 うずくまって動けない少年にも、涎と長い舌を垂らした口だけ巨頭が這い寄って行く。


 空に浮く銀の怪物の瞳の大半は、二人の親子に向いていた。

 が、いくつかの瞳は変わらずに俺を捉えて離さない。


「(……あの少年、怪物の瞳に見られてもゲロ吐けるし泣けてるし、効果がないのか? 何なら警備隊長は少年を手放したら頭が肥大化して行ったな……つまり)」


 一つ良いアイデアが浮かんできた。


 気合いを込めれば動けそうな気もするが、そうするとまた怪物の瞳が俺に向く気がする。


「(この「金縛り」が視線に依存するなら、見えなきゃ大丈夫か?)」


 触手を地中から少年の方に伸ばす。


 阻害は……されない。

 こちらに向けられる瞳の数も増えていない。


「(よしバレてないな)」


 少年が悲鳴を上げる。

 周囲を囲む口だけ巨頭に気付いたようだ。


 恐怖に引き攣った顔で視線を右往左往させる。


 言葉にならない呻き声を漏らして、口を魚のようにパクパクさせている。


「(この辺りか?)」


 地中から伸ばしていた触手を地上に出す。

 先端に目玉を生やして素早く位置を確認する。


「ひぇ」


「(よし、位置は完璧)」


 周囲を口だけの化け物に囲まれた、と思ったら地面から目玉が生えてきた。

 という状況の少年を思えば仕方がないのだろう。


 彼のズボンに染みができていた。

 顔は涙に鼻水に涎にゲロに、実に多種多様な液体にまみれていた。


「(許せ少年。これも生きるために必要なことだ)」


 触手を素早く少年の足に絡ませる。


 すると、


「(金縛りが解けた……やはりこの少年、何か特別だな)」


 体の自由を取り戻せた。


 自分から少年までの地面をひっくり返しつつ触手を振り上げる。


 触手に絡まれたまま宙に舞う少年。

 地面ごとひっくり返った口だけ巨頭。


「(行けると思ったけど、思った以上に身体能力上がってんな俺)」


 盗撮盗聴しながらも、湖の方に触手を伸ばして吸収を行い地道に力をつけていたのだ。

 他にする事がなかったとも言う。


 自分の能力の上昇具合を確認しつつ、少年を引き寄せ、


「          !」


 その場から急いで離脱した。


 なぜなら攻撃が飛んできたから。


「(そういや一般警備員君が言ってたなぁ! 触手が四本あるって!)」


 いつの間にか異形の胴体からは長い触手が生えていた。


 直径は二メートルほどで、恐ろしい速度で空から伸びてきた。


「(いや太さと速さがおかしいって! クソゲーか!?)」


 船の下に潜って盾にして、視線を遮りながら逃げようかと思ったが、その船は銀の触手の一薙ぎで粉砕された。

 大波が起こり、飛沫が舞う。粉砕された船や桟橋の破片が勢いよく辺りに飛び散る。


「(あ、少年は無事か!?)」


 慌てて怪我はないか少年の状態を確認すると、身体は無傷であったが、心に問題が起きているようだった。


 見開かれた目に光はなく、完全に表情が抜け落ちていた。

 体も脱力しきっているが、気を失っている訳ではなさそうだ。

 漏れ出てくる「あー」とか「うー」とかいう声からして幼児退行でもしたのかもしれない。


「(この現実を受け入れきれなくなったか? まあ暴れられるよりかはマシだ)」


 とりあえず怪我がない事に安堵する。


 生きてさえいれば金縛り無効化をしてくれそうだし。


 体を巨大な魚の姿に変形させる。だが完全に魚ではない。

 ヒレの部分をスクリューにしてある。


 これでも素早く泳げるのは事前に実験済みだ。

 逃げる手段の研究は怠っていない。


 背中に少年を固定して、湖を突っ切っるために飛び出した。


 視線からの盾にもなるし、どうやら少年に触れていると音無き声による洗脳も無力化できるらしい。


 少年を捕まえてから俺の精神に異物がつく感触がまったく無い。


 これは逃げ切るまでは手放せないな。


「          !」


 音無き声で叫ぶ銀の怪物。


 その内容は俺には分からない。


 だから聞いてやる道理もない。


 逃げ切ってやる。




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