第14話


 今までは盗撮盗聴に使ってた虫を建物の外に待機させていた。

 安全を確保するためだったが、もうそんな事は言ってられない。


 扉や窓の隙間を縫って建物への侵入を試みる。


 役所も各ギルドもまだ動き出していない。

 領主館と銀行はすでに人が働いている。


「(まずは確実に情報を手に入れる)」


 役所やギルドに侵入させた虫を変形させて人と同程度の大きさになる。

 見た目は虫人間だ。


「(やる事が多いな……情報処理能力を高めるために脳を増やすか)」


 魔力が厳しくなるが、今は時間を優先すべきだろう。

 机や棚にある資料に目を向けて、欲しい情報を吟味する。


「(ギルドの発行する権利証は身分証明に使える事を確認できた。しかし登録には戸籍か所属員の紹介が必要か)」


 戸籍が無くとも紹介があれば良いらしい。


「(戸籍は……傭兵には発行できない。理由は国家に属さない軍事力だからかね)」


 戸籍を持ってる者が傭兵になる場合、戸籍を国に返還する必要があるそうな。

 勝手になると罰則がどうとか、税金がどうのこうのとあるが、この辺は気にしなくていいだろう。読み飛ばす。


「(国家が経営する都市に二年以上暮らし、一定以上の財力がある場合に戸籍が獲得できると)」


 税金周りは飛ばす。


 傭兵ギルドの登録はどうなってるか気になるので資料を漁る。


「(……雑だな。戸籍必要なし、身分証明も不要。一定以上の武力さえ証明できれば誰でも登録できるらしい)」


 登録後はギルドから借金ができるらしい。

 利子や期限はないが、逃げたら地の果てまで追い詰められて借金奴隷として働かされるとの事。


 傭兵は戸籍が無いので国から保護される事もない。

 逃げた奴は地獄を見る事になるんだろうなと簡単に予測できる。


「(傭兵になるのは簡単そうだな)」


 身分証明としては離反者に対する厳罰が担保になっているようだ。

 傭兵は思いのほか社会的に信用されている。


 人間社会に潜り込むのに傭兵という職に就くのは悪くはないかもしれない。


 ここで、外がにわかに騒がしくなる。

 町の人々が仕事を始める時間が近づいているのだろう。


 虫人間状態からただの小さい虫に戻り、静かに脱出する。

 一応建物の外で待機させて盗聴だけでもしておく。情報は一つでも多い方が良い。


「(どのみち湖周りが静かにならないと人にバレないよう脱出できない。夕方になったら回収しよう)」


 正直この町は助からないと思っているが、それでも何人かが運よく逃げ出したり、あるいは洗脳された町民が俺の事を言いふらすかもしれない

 用心に越したことはないだろう。



 領主館の方も同時に動いている。


 壁を伝い、窓の隅から中を覗いて部屋を確認していたのだ。


 空き部屋が多い。

 応接室や客室なのだろうか。


 時折メイドが働いているのが見える。


 いくつめかの部屋で目的の場所を見つけた。


 一目で高級品と分かる机と椅子。

 壁には家族のものと思われる肖像画が飾られていた。

 使いやすいよう丁寧に整えられた備品の数々に熟練の気遣いを感じる。


「(ここ、執務室だよな)」


 しばらく待つと、老執事が扉を開けて何者かに入室を促す。


 部屋に入って来たのは高級そうな衣服に身を包んだ男。

 おそらくはこの町の領主だろう。

 見た目は三十台くらい。若くはないが老いてもいない、落ち着いた雰囲気を纏っている。


 目が合わないよう、視線を感じさせないよう先んじて身を隠す。


「爺や」


「はい、こちらが午前の分となります」


 深いため息が聞こえる。

 悲哀を感じさせるため息だ。


「……午前中に終わらなかったら?」


「御安心下さい、午後の業務時間を伸ばせば解決できるでしょう」


 悲報、領主は社畜。

 転生スライムは豪華絢爛と謳われる貴族の暮らしの実態を知るべく潜入調査を行ったが、その結果は無残なものだった。

 上からの無茶な指示、下からの突き上げ、双方からの板挟みの状況に苦悩している姿があったのだ。


「(中間管理職じゃん)」


 豪華な暮らしができるのは結局ヒエラルキーのトップ付近だけなのだろう。

 この辺は前世も異世界も変わらないようだ。


 そんな風に思いながらも、老執事が所用で外れ、領主が一人で仕事をしているタイミングで羽虫を触手に戻す。

 針のように鋭くして、窓枠と壁の間に極小さな穴を開通させる。


「(バレないでくれよ……)」


 開通後、針の先端を虫に戻す。


 視線を室内に向ける。


 領主は、


「(気付かれてない……か)」


 仕事に集中しているようだ。


 壁伝いに天井に張り付き、書類を盗み見る。


 内容は産業に関するものが多い。

 嘆願書や新しい施策に関するものもあるようで、そちらは手付かずのまま纏められている。


「(世界の敵に関する情報は……なさそうか?)」


 この領主について回れれば良いのだが、触手で本体と繋がってないといけない関係上それも難しい。


 ワイヤレスでの盗撮や盗聴が可能になれば良いんだが、今は開発に回す魔力も時間もない。


「(やっぱ重要な話は何か防諜に適した特殊な部屋でするもんなんかね?)」


 ここでの収穫は期待できそうにないな。


 そう思った矢先の事だった。

 執務室の扉がノックされる。


「入れ」


 入って来たのは二人。

 一人は警備隊長と思われる男で、もう一人は一般警備員らしい男。


 一般警備員の男はどこか萎縮しているようで、おどおどとしている様が見て取れた。


「何の用だ」


 領主の言葉に警備隊長が答える。


「この者が昨晩、奇妙なものを見たと言うのです」


 そう言って警備隊長が一般警備員の背を押して、前に立たせる。


「ふむ、具体的な内容を話せ。何を、どこで、どのように見たのだ」


 領主に問われた一般警備員がしどろもどろになりながらも答える。


「はい……えっと、昨晩の事です。空に、月から、見た事もない怪物が現れたんです」


 朗報、人類有能。


 一般警備員君が言った「月から現れた」というのは重要な情報だろう。

 もしこの怪物が音無き声の主であるなら、夜が明けたから消えたのではなく、月が沈んだから消えたのだと予測できる。


 俺は一般警備員君の話に意識を集中させる事にした。




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