第13話


 虫カメラ盗聴器つき触手を七つまで増やして町中に散らした。


 これらをビーコンの代わりにする事で地下を触手で進んで行っても正確な現在地が分かるようになった。

 今まではどの程度進んだかなんて感覚だけでしか分からないし、ミスってひょっこり人前に触手出したら一発でアウトだ。


 前に情報整理してから更に一週間経過した。


 今夜、とうとう行政区画への潜入を試みる日がやってきた。

 いざ行かん、とそう思った時、


「          」


 強烈な違和感を感じた。


「(……なんだ?)」


 空気の振動は感知できていない。

 にもかかわらず『声』が聞こえる……これが『声』と分かる。


 意味が分からない。

 理由が分からない。


 虫の目を通して周囲を見回してみるも特に不審なものは無い。


「(どういうことだ? 何が起きている?)」


 気づけば、周囲から音が一切消えていた。



 虫も、水すらも音を潜めているようだった。



 何も聞こえない。



 なのに『声』が響いている。






 この『声』の主を守るべきだ。





 ……なんで?


 何かが身体の内側に蓄積されている気がした。

 何かが身体を内側から俺を変えられている気がした。


 その予感を肯定するように、内側から湧いてくる『声』の主への奉仕精神。


「          」


 響く音無き声。


 尽くさなければ。

 守らなければ。


 止まらない自分の異変に予感は確信に変わる。


「(――ふざけるなよ)」


 激情が湧いた。憤怒。憎悪。敵意。


 俺は俺だ。

 勝手に変えられてたまるか!


「(原因はこの『声』か!?)」


 自分の聴覚機能を意図的に無効化する。

 しかし『声』は聞こえ続けている。


「(物理的な遮断は無意味……精神に直接響いて来てるってことか?)」


 少し考えてから閃く。

 魔力は精神で動く……ならば逆説的に魔力で精神に干渉できるのでは。


「(魔力に付与すべきは……いや複雑に考えるな。こういうのはシンプルな方が良い)」


 精神干渉。

 そのまんまだが、効果的なはずだ。


 早速魔力を操り、急いで自分の精神へ接触する。


「(うごッ……)」


 口があったら変な声が漏れていただろう。

 耐え難い衝撃が全身を巡る。


 意識がバラバラになりそうになったが、気合いで持ち直す。

 むしろ気合い以外で持ち直せない。


「(焦るな、まだ完全に変異はしていない。自分の感情に違和感がある内はまだ大丈夫なはずだ)」


 今度は慎重に精神に触れる。


 見つけた。

 自分の精神にこびり付く異物を魔力が捕らえた。


 急ぎ、けれど慎重にそれを引き剥がす。


「(どこに捨てれば……というか捨てれるものなのかこれは?)」


 捨てるではなく、消去するべきと判断する。

 適当な処理で二次災害が発生したら洒落にならん。


 魔力で隔離した精神的異物が俺の魔力に寄生しようとしてくる。

 根を張るように、埋めるように、ねぶるように、俺の魔力を侵そうとしてくる。


「(クソキモイ!)」


 捕獲に使った魔力ごと「破壊」を付与した別の魔力で粉砕する。


「(魔力が半分切ったか? このままだとマズいぞ)」


 急ぎ虫カメラや自分の周囲を確認する。




「(……いなくなった?)」


 気付けば、虫の声が夜に響いていた。

 湖畔には風に揺れる水音が戻っていた。

 空を見れば、遠くが僅かに白んできていた。


 夜明けが近づいてきていた。


「(どうすべきだ……居なくなったらなら直ぐに戻ってくる事はない……はず)」


 安全という確信が持てない。

 いや現実をちゃんと見よう。もうこの町に居る限り安全なんてどこにもない。


 あの音無き声の持ち主が世界の敵なのだとしたら、この町の住人が俺と同じように精神に何かを植え付けられたとしたら、魔力の操作ができない一般人では俺のような抵抗をする事ができないのなら、既にこの町は陥落済みか、その一歩手前だろう。


 たった一晩でこれだ。

 こっちは姿すら認識できていない。

 こんなのどう勝てば良い?


 夜明けと共に消えたが、消えた条件は分からない。


 夜にか現れないのか、ならば夜までは安全ではないのか。


 だが希望的観測はすべきではない。


 条件さえ整えば、世界の敵はまたすぐにでもやって来るだろう。


 沸き上がる絶望を必死に抑えるつける。

 冷静になれと、自分に言い聞かせる。


「(現状じゃ勝ち目はない。できる事を考えろ。取捨選択を続けろ。生き残るのに必要な事はなんだ?)」


 思いつく限りの選択肢は、


 一、当初の目的の通り、行政に関する情報を集めてから逃げる。

 二、情報を諦め速やかにこの場から逃げ出す。

 三、世界の敵と思われる「音無き声」の情報を統治者に秘密裏に譲渡して対応させる。

 四、情報を統治者ではなく教会に渡す。

 五、音無き声への対処法を閃ければ、それを施すことで戦えるようになる。


 五はないな。世界の敵の手札があの声だけとは限らない。

 一から四のどれか、あるいは複合でも良いだろう。


「(……リスクはあるが、多少強引にでも情報を集めよう。逃げるのはそれからだ)」


 ここで得られる情報は重要だ。

 この町が落ちたという情報が伝われば、きっと他の町の警備はより頑強なものになるだろう。

 要人の近辺や重要な施設であれば尚の事。


「(そして可能であれば統治者や教会、あるいはそれらに繋がりがありそうな人に情報を渡す)」


 もし世界の敵が予想より早く戻ってきても、上手く行けば俺が逃げるための時間稼ぎになるかもしれない。

 仮に世界の敵を倒してくれるなら願ったり叶ったりだ。


 地下から触手を伸ばし、分岐させ、銀行、町役所、領主館の近くに送る。

 更に別の方向、教会にも伸ばしておく。


「(こっからはスピード勝負だ、やる事も多いぞ)」


 己を奮い立たせる。

 何としても生き残ってやる。




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