第12話


 桟橋の下から人々の暮らしを観察し始めてから一週間ほど経過した。


 虫型カメラ兼盗聴器は三つまで増やした。


 分かった情報を纏めよう。


 この町の名前はライズヘロー。

 特産品は湖の魚と米。


 この世界、普通に米が流通しているらしい。

 俺的に地味に嬉しいポイントだ。


 でも日本米と違ってタイ米とかに似た食感かもしれない。ソースは「分析」。

 俺的に地味に哀しいポイントだ。


 米は因子を集めるという崇高な目的の為に少しばかり頂戴した。

 恨むなら混沌神を恨め。


 魚は湖の巨大魚。

 魔力を持つ動物――魔物に分類される魚で、大きさの割に味が良いらしい。

 湖に戻る事があったら味覚を生やしてから食べ……吸収してみたい。


 漁を行う人はハンターギルドとやらに所属してるようだ。

 語感からして一次産業である狩猟の技術、知識、権利を持っている組織に思える。

 ひとかり行こうぜ。いや俺は狩られる側になりかねんな。


 湖から遠くなるほど二次産業、三次産業が増えていく。


 そして、どうやらこの町の産業基盤はこの湖に依存しているように思える。

 理由は湖近辺は人の出入りが活発だから。おかげで噂なんかは集まるが、うかつに動けない。

 まあ噂話も貴重な情報源だ。

 たまに妙に口の上手い奴が居て、話を聞いてて結構面白かったりする。


 曰く、頭だけの化け物が現れた。

 曰く、湖の底には異世界に通じている遺跡がある。

 曰く、空飛ぶ銀塊が現れた。

 曰く、不可視の化け物が地下に潜んでいる。


 最期の奴は混沌神の信徒っぽい奴らが元かね?

 でも俺も魔術師に一度バレてんだよなぁ……。

 まったく違う別のものという可能性もあるし、ただの作り話が偶然の一致をしただけかもしれない。

 考えても仕方ないが、俺は人から見たら化け物だという事実を忘れてはならないと実感させてくれるものだ。


 他にも誰々が不倫してるとか、家では女を殴ってそうとか、同性愛者とか、そういうありきたりな話があったが興味を引かれなかったのでよく覚えてない。

 でも魚屋と米屋がタッグを組んで不良傭兵を爆発させたっていう話は興味を引かれた。

 素行の悪い奴がやられる勧善懲悪な話なのだが、不良傭兵の末路にはツッコミを禁じえなかった。


 閑話休題。


 町の中央には統治者の家があるらしい。

 行政にまつわる施設の大半は中央付近に集中しているようだ。

 この辺りを盗撮盗聴できたら人間社会に関する重要な情報を多く集めることができそうだと思った。


 虫なら行けるかと忍び込もうとしたが、普通に潰された。

 警備員っぽい人曰く「虫なのに随分多く魔力を持っていた」との事。

 随分と用心深い事で……。


 まあ重要施設を警護するならエリート揃いだよね普通。

 もう無策で近づけなくなったわ。

 一度なら偶然でも、二度なら必然だ。


 なので政治的なものに関しては特に情報はない。


 この一週間の半分は漏れる魔力をその辺の虫と同じ程度に抑える技術を開発するのに時間を費やした。

 人類が優秀なのは良い事だが、優秀すぎると上手く入り込めるか不安になる。


 俺にだけ都合よく無能になって欲しい。味方になってから超有能になってくれ。

 前世では逆のパターンの物語が多いが。


 商売人の話からは、この町にはあまり大きな市場がないようで、その理由は地理的な要因だと分かった。

 街道の位置的にここは袋小路であり、他の都市とは一つとしか繋がっていないようで、商品の流通量が少ないのが原因のようだ。


 とはいえ食糧の生産量が多いので軽視されているわけでもない。むしろ逆。

 重要な土地として治安は高い水準で保たれているとの事。

 まあ当たり前か。飯が食えなきゃ人は死ぬ。


 一応教会を見つけたが、当然近寄っていない。

 混沌神を崇めてた奴らは、わざわざ下水なんて場所に祭壇と神像を置いていた。

 どう考えても後ろ暗い理由があるし、その混沌神から使命を受けた俺がまっとうな教会に入るとどんな反応されるか……大変面倒な事になる予感しかない。



 得た情報はこのくらいか。

 文明的には、前世で言うと……よく分からない。

 町の灯りに使われているのは、前世であったようなガスライトや電灯ではなく「魔導器」と呼ばれるものだ。


 特定の魔術を人の技術に依らずとも使えるようになる道具。それが魔導器だ。


 ここは地理的には田舎で、この手の技術的な設備の普及は遅い方だと思っている。

 であれば、国の首都などにはもっと先進的な発明品が流通してるの可能性があるだろう。


 人々の暮らしは前世と比べても、それほど不便ではないのかもしれないとちょっと期待してる。

 同時に心配事も増えたが。


「(俺が人に擬態か変身したとして、身元不明でも大丈夫かが問題だ)」


 行政区画に入り込めないのが痛い。

 当面の目標はあの場所に入り込んで、国が戸籍情報をどう取り扱っているかを知る事だ。


 同時に各種ギルドにおいて身分証明に使える物が発行されるかどうかも知りたい。


「(なにはともあれ情報は着実に集まってるし、順調と言えるはず)」


 一応腹案があり、潜入が困難な場所には無理に入らず、そこで働いている人を盗撮盗聴していればその内情報も集まるという考えがある。


 馬鹿みたいな時間がかかるだろうし、世界の敵とやらの動向も分からないのであまり良い手とは思えないが、どうしても潜入できないならこの手段を取らざるえない。


 町民の会話から何かヒントなり閃きなり得られないかなと、今日も盗撮と盗聴に励むとしよう。





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