第11話
ここはドコ、わたしはダレ?
なんて気持ちになりかけた。
記憶への没入を連続して行うと自意識が狂いそうになる。なった。
記憶の持ち主の感情と同調してしまうと、特に危険だ。
自分と誰かの境界線が薄くなっていく感覚があった。
さながらそれが自分自身の記憶と思えてしまうほどで、俺はこの人物だったのではないかと勘違いしそうになったくらいだ。
だが、これには記憶の主の言葉や技術を自分が使ってるように感じる事ができるようになるメリットがあり、一部の技術を俺自身が習得できた。
何度かヤバイと感じる事もあったが、自分を見失う事も、発狂する事もなく多くのものを得る事ができた。
その成果を整理していこう。
まず言葉と文字が、大雑把にだが分かるようになった。
これが一番大きいと個人的に思っている。
次に魔術。この世界で魔力を使う技術は魔法ではなく魔術と呼ぶらしい。
記憶の中で使っていた、いくらかの新しい魔術を覚えた。
魔法ってのはまた別にあるらしい。詳しい事は分からなかった。
最後に感情が強く同調してしまった人の再現。
これは超すごくとても危険だと思うので、できれば使いたくない。
スワンプマンの思考実験を思い出す。
こんなところか。
意識を外へ向ける。
「(今の時間はどんくらいだろ?)」
土の中では外の事は何も分からない。
記憶への没入は時間の感覚も狂わせたようだ。
事前に付けていた目印を頼りに地上を目指す。
地中から川底まで這い出て、舞い上がる土埃を川下に流してから空を見上げる。
「(夜か……精神的には結構疲れてるが、休むのは夜が明けてからでいいだろう)」
この時間、この渓流の川底を探索する人類なんて居ないだろう。
安全な内に行動を済ませたい。
「(川沿いになら町なり村なりあるだろうし、このまま渓流下りと行こうか)」
無心で川底を這って行く。
月の光も届かない暗い水底は、今の自分の気分のようだった。
それから数日ほど渓流を下った先に大きな湖が見えた。
時刻は朝。山々の間から登る日の光が湖面に反射して美しい景色を拝ませてくれる。
しばし目を奪われ、ぼうっと眺めていると、急に視点が下がる。
「(あ、羽虫ドローンが……)」
つい制御を忘れてしまい、飛ばしてた羽虫ドローンが水面に落ちてしまった。
そして食われる。
「(気を抜くとすぐこれだよ)」
この世界の魚の食い意地に呆れながらも引き寄せて吸収してしまう。
「(さっきは湖に目を奪われたけど、湖畔に家が見えたな。町があるか?)」
吸収できる記憶は、生前に執着していたか、強く印象に残っていた事などに限定されるっぽいので、周囲の町の情報などは手に入らなかったのだ。
「(近づきたいが、夜を待つか。田舎の朝は早いんだ……俺の偏見だけど)」
今の内に出来得る限りの偽装を自身に施し、夜を待つ。
待っている間に情報収集の方法を考えておこう。
「(まず規模が知りたい。次に警備の強度。人口や施設もだな。町長的な為政者の位置も把握しておきたい……)」
遠くから観察して分かる情報から、可能な限りの分析を行い、潜入計画を立てていく。
夜、湖から見える空は広く、月が煌々と白い光を降り注いでいた。
「(柵とかは無いのか……ならまずは湖と隣接している箇所の確認だ)」
遠くから確認した限りでは、いくつかの桟橋が掛けられていて、船が出入りしていた事が分かったくらいだ。
湖で漁を行っているようで、人と同じくらいデカイ魚を捕っていたのが見えた。
ゴツイ銛でエラから頭を貫かれた巨大魚を見た時は、明日は我が身かもと震えたものだ。
「(絶対に見つかってはならない。この世界の人類の平均値がマジで分からん)」
一般人であんな戦闘力あるなら本職はどれほどだと言うのか。
記憶で見たけど、俺自身の戦闘力が不明なので相対的な評価が出来ない。
殺し合いなんて前世じゃ縁のないものだったし。
水辺の岸は浅瀬になっていて、徐々に深くなっていく地形のようだ。
湖の中心に近づくと、途中から土が垂直に削れていて一気に深くなっていた。
浅瀬と呼べるのは十メートルくらいだろうか。一気に深くなるのは二十メートルくらいから。
深くなる場所に何かないか見てみると、排水管があった。
それと、巨大魚が排水管の手前に陣取ってた。
「(あ、目が合った)」
魚類特有の虚ろな目がぎょろりとこちらを向き、
「(あれ?)」
巨大魚は一目散に逃げ出した。
それはもういきなりトップスピードで逃げて行った。
後ろや周囲を見回してみるも、何もない。
「(……まあいいか)」
巨大魚は俺を見て逃げたという事になるが、今は調査を優先しよう。
排水管の直径は小さく、潜り込むには体を相当圧縮しないと無理そうだ。
それに水流に逆らって進んだ先に何があるかも分からない。
ここに入っていくという選択肢はないだろう。
他にも何か所か排水管を見かけたが、どれも小さく潜り込むのは難しそうだった。
「(下水に潜り込むという線はなくなったな。別の案で行くか)」
向かう先は桟橋。
その下の陸に近い地面を掘り、自分を埋める。
羽虫ドローンを高く上げ、コウモリに食われる前にすぐに戻す。
街の全体像を確認するためだ。
桟橋の木を少しばかり吸収して、繊維を模倣した触手を桟橋の下から伸ばしていく。
これで桟橋の上で行われる会話を盗み聞きできるという算段だ。
しかしこれだけだと心もとないので、模倣した土を纏った触手を街の方へゆっくりと伸ばす。
そして触手の先端を近場で吸収した虫に変えて物陰に潜ませる。
今はまだ一つだが、数を増やせば集められる情報も増えるだろう。
一気に増やすとバレた時に被害が大きくなるから、数と長さを制限して素早く収納できるようにしておくのだ。
安全を確信できてから増やしていく予定でいる。
当然長期戦になるが、死ぬよりはマシだろう。
こうして、この町での俺の諜報活動が始まった。
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