第9話


 下水の終末処理設備は、重力を使って水とそれ以外を分別する装置だった。

 危うくゴミ溜めにぶち込まれるところだったわ。


 今は配管を通って外への放水場所に流れてる最中だ。

 たぶん外に向かってる。向かっててくれ。


 死体から得た走馬燈みたいな記憶だが、後から脳内でリプレイできそうだったので、安全を確保してからやろうと思っている。


 お、光が見えてきた。


 こんにちは世界って……。


「(落ちてるうううううううう!)」


 浮遊感を一瞬感じた後に急速に落ちていく。


 身体をパラシュートみたいな形状に変化させようにも滝のように落ちていく水に巻き込まれてて意味がない。

 詰んでね?


「(どうすんのこれ、ねぇ?)」


 心の中で呟いた所でどうする事もできず、俺の体は水に叩きつけられた。


 いったぁ……くはない。

 衝撃でバラバラになるかと思ったが、スライムの体は無事だった。頑丈。

 でも模倣した目と脳と表面の無機物が潰れたり飛び散ったりしたわ。仕方ないね。


 そういや痛覚とか無いな。

 なんなら神経もない。


 脳と目は何で繋がってるんだろうと思ったけど魔力ですよね、はい。

 魔力便利。いや便利なのはこの体かもしれん。


 考え事をしてたら排水に押され水底に到着したようだ。

 俺には水底が似合いらしい。


「(壊れた模倣した部位って治せるんかな?)」


 そういや「再生成」はしても「再生」は試してないな俺。


 やってみよう。


 治った模様。


 再生成より消費は軽い仕様。


 次からはこれにしよう。


 ……語尾を「よう」で続けてたけどネタが続かない。

 まあいいか。


 水底から水面を見上げる。

 日の光が差し込み、ゆらゆらと揺れている。


「(今は昼か。ずっと暗い場所に居たからか、太陽が凄く懐かしいな)」


 なんせ前世ぶりだ。


 視線を水底の光景に向ける。

 地面は土と砂利が多く、所々に水草も生えている。魚も数匹ほど泳いでいるのが見える。

 水には流れがあるようで、ダムのような巨大な水溜まりではなく川だと予想できる。


「(この世界の自然か……前世と比べてどの程度違ってんだろう)」


 ぼんやりと泳ぐ魚を目で追う。

 この光景と水音の中でのんびり過ごしながらソシャゲの周回とか流したい気持ちになる。

 世界にスマホがあるかどうか知らんけど。たぶん無い。


 理想の妄想に逃避したくなる思考を現実に戻す。

 今後の方針。情報の集め方。安全地帯の確保。人間の記憶から得た情報を基にした検証や実験。


 やる事は多い。


「(とりあえず昼の内に動くのは良くないかな。というか自分の姿は明るい場所だとどう見えるんだ?)」


 伸ばした触手の先に目玉を生成し、自分の姿を観測する。

 無機物の表皮は一旦解除。


「(黒っぽいスライムに目が生えてるだけだな。口はない。作ってないし当然だが……国民的RPGのアレっぽくなれるか試してみるか?)」


 夜までは滝の作る泡の下に身を潜める予定なので、試してみよう。




 色々試した所、お口がリアルになる都合上、愛嬌が死んだ。格好良さも死んだ。

 まあ、あの姿に成れた所で、と思っておく。酸っぱい葡萄だね。

 水色の体にもなれなかった。染料とか吸収すれば行けるんだろうか?


 とりとめのない思考のまま、ふと水面を見上げると、差し込む光は朱に染まっていた。


「(夕方か……そろそろ動く準備するか)」


 糸のように細い触手を複数本作り、ねじりながら一本に纏めて強度を確保する。

 そしてその先端に水底の石の下に居た虫をくっつける。


 そう、釣りである。


「(針はないが、触手を変形させて無理矢理引き寄せてしまおう)」


 水草の周囲に虫付き触手を伸ばす。


 ジタバタともがく虫を見つけたのか、ニジマスのような魚がスッと現れた。


「(お、食うか?)」


 意識を触手の先端に集中する。


 誘うように少しだけ引っ張った瞬間、魚は口を開いて飛びついてきた。


「(かかった!)」


 素早く触手の先端を伸ばす。

 触手が腹の中まで届いた後に引き寄せようと思っていた。


「(あれ?)」


 だがしかし触手は魚を貫通した。


 ……なんで?


「(針のように細いから? にしても頭から尾までぶち抜けるか? ひょっとして俺の力って思ったより強い?)」 


 そういや下水が沸騰した時も、高所から落ちた時も、スライム部分はダメージらしいダメージなかったな。


 だからといって慢心すべきではないが、自分のスライムボディの性能が知りたい。

 最初からこんな強いと知っていたら……。


「(いや最初からはないな。下水脱出前に色々と吸収したし……たぶんアレだ」


 久々に自分の総魔力量を測定してみようかと思ったが、先に魚を吸収しよう。


 血も極力零さないよう触手を変形させて魚を包み込む。


 血の溶けた水の色、臭い、どちらも残してしまうと自分がここに居る証拠になってしまう。

 過敏すぎるかもしれないが、できるならやっておくに越したことはない。


 何はともあれ実食。味覚ないけど。

 いや人間吸収したし舌とか作れるけど、なんか怖いからそのうちね、そのうち。


「(魚を吸収していけば水中でも素早く動けるようになるかな)」


 そんな事を考えながら分析すると「イワナ。上流域に生息する渓流魚。この世界での名称は不明」と出てきた。


 イワナって……この魚、地球と同じ進化辿ったのかよ。


「(この異世界って前世の並行世界なんかね。同じ進化を辿った生物が居るって事はありえなくはないと思うけど)」


 未知の生物や無機物ばかりだったから何もかも別なのかと思ったけど、そうでもないらしい。

 それに現在地が分かる情報が混じっていたのは嬉しい誤算だ。


「(渓流って事はここは山岳地帯なのかな……自然豊かなら人が手入れしてない場所も多いかもしれない)」


 いかんな。目新しい情報や世界に思考が散らかってる。


 やろうとしていた事を整理して順次こなして行こう。


 手軽にできて時間がかからないものは素早く済ませてしまおう。


 魚を溶かして吸収。模倣も問題なし。次。


 総魔力量の変化を確認。増加を確認。

 細かく数値化できないので体感になるが、少なくとも五倍以上は増えてる気がする。

 増えすぎててよく分からん。次。


 身体能力は増加しているかどうか。

 水底の石ころを拾って触手で握ってみると、僅かな抵抗を感じた後、砕けた。

 たぶんめっちゃ強くなってる。次。


 魔力視的に魔力に変化はあるか。

 ない。相変わらず混沌としてるが、俺を転生させた神と目的を考えれば不自然はない。

 ただ自然界にこういった魔力がどの程度あるかが不明。

 俺自身を分析しようとした時に魔力が枯渇した原因これだよな。ノアの箱舟状態目指せって言われてるし。


 簡単に済むのはこの辺りか。


 長期的な目標としては、混沌神から言われてたあらゆる因子の吸収と、人間社会へ溶け込むための情報収集。

 

 因子集めは世界各地を巡っていればその内集まるだろう。

 あるいは権力者や金持ちに取り入る事でいくらか楽ができるかもしれないな。


 情報収集については人間から吸収した記憶の閲覧と吟味から入ろう。

 これは安全地帯を確保したらすぐやりたいな。


 よし、頭の中がある程度整頓できたな、動くとしよう。





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