第7話


 遠くで響いていた争うような音が止んで、足音が近づいてきた。


 どうやら俺のすぐ横を通るようだ。


「(来ちゃうかー……来なくても良かったのに)」


 十人を超える武装集団が歩いてきた。

 灯りはランプのような道具ではなく、魔法的な光源が宙に浮いている。


「(魔法使いが居るな。擬態テストには丁度いいが、緊張する)」


 徐々に近づいてくる集団。


 やはり戦闘を行っていたのか、返り血を浴びたような人物や、怪我をした仲間に肩を貸している人物などが見て取れた。


 集団は口々に何かを喋っているようだが……やはり未知の言語だろう。

 内容がまるで分からない。


 焦点は合わせずに、視界の端で集団を眺める。


 ふと、こちらの方に目を向ける素振りを見せる奴が一人だけ居た。

 だが位置は特定できていないようで、首を傾げている。


「(もう見ない方がいいな。てかこの世界の人間、視線に敏感過ぎないか?)」


 模倣した目を解除して、目視のために開けていた隙間を魔力の無い模倣素材で静かに覆う。


 何も見えなくなるが、音は感じ取れる。


 声。


 足音。


 水滴の落ちる音。


 虫が這う音。飛ぶ音。


 水の流れる音。




 少し時間が経ち、環境音だけが残る。


「(バレずに済んだか。擬態は上手く行ったみたいだな)」


 目を再生成し、一応慎重に周囲を確認する。


 既に周囲は暗く、人の気配は無い。


「(今の内に出口を目指すか)」


 下水道脱出を目指して、再び水路を下っていく。


 何の障害もなくすいすい進んで行くと、広い場所に出た。

 貯水槽があり、様々な水路からの終着点がこことなっている。

 足場も広く確保してあり、整備用だろうか……何かしらの設備が見える。


 そして貯水槽の奥に見える巨大な排水口が出口に繋がっているはずだ。


 しかし今、この場所は凄惨な事になっていた。


「(ここで戦ってたのか。人間同士だったっぽいな)」


 貯水槽の底には沈んだ人影があり、足場には縦横にバラバラになった死体が転がっている。

 死体も縦横にバラバラだけど、通路の縦横にも肉片がバラバラに配置されててダブルミーニングだね。


 気分が悪くなりそうな光景だが、スライムになったからなのか精神的には落ち着いている。

 あるいは前世で実際に死んだ経験があるからだろうか。


 まあなんだっていいか。


 とにかく人間を吸収する又とないチャンスだ。


「(俺がやったとバレたら問題だが、バレなきゃいいのよ)」


 ちょっと軽率な気もするが、これを見逃すのは流石にあり得ない。


「(最終的に擬人化できるようにもなりたいし、人間社会に溶け込めればここの死体消失が事件になっても俺と繋げるのは難しいだろう)」


 水路から足場へ上がり、血や肉片を急ぎ回収して溶解と吸収を繰り返す。


「(まるまる残ってるのどうしよ。自分の体を圧縮したせいで包み込めない……)」


 圧縮の逆って何だろう。

 パソコンなら解凍だけど、物理的な意味だと分からん。

 嘘、俺のボキャブラリー、低すぎ。


「(んー……「伸びる」とかで行けるか?)」


 試した。

 行けた。


 行けてから「膨張」という単語を思い出した。


 あるよね、こういうの。


 閑話休題。


 体を大きくして死体を丸呑みにして溶かして吸収する。


「(よし……ん!?)」


 これは……こいつの記憶か!?


 走馬燈のように死体のものと思われる記憶が思考を駆け抜ける。


「(記憶が抜き取れるとか……やっぱスライムってチートだわ。いや俺が特殊なのか?)」


 興奮する気持ちを抑えて、他の死体も急ぎ吸収していく。


 すると、誰かの記憶の中に隠し扉の存在があった。

 時間をかけないよう、そこの記憶だけを吟味すると、隠し扉の奥には祭壇があり、そこで謎の儀式が行われていたようだ。


「(行ってみるか)」


 もし神様とコンタクトできるなら、色々聞いてみたい事もある。


 隠し扉は押し込んだ後、横にスライドする事で開くタイプだった。

 扉には魔法的な保護が掛けられていて、傷一つ付いておらず、普通の壁と見分けがまったくつかない。


「(結構強く押さないとビクともしないな。いや俺の力が弱いだけかもしれないけど……)」


 変な音が鳴ったな。音は記憶にはなかったが、何か間違えたか?

 とりあえず開けた隠し扉の先には、誰も居なかった。


 景観としては、まず奥に鎮座する厳かな雰囲気の祭壇が目を引く。

 手前側には椅子や机が並べられており、若干の生活感が残っている。

 奥に進んで祭壇の裏を見ると、言葉では形容しがたい像が置かれていた。


 祭壇の前に戻り、転生時に会った神様を思い出しながら祈る。

 ダメもとで上手く行ったら良いなってくらいの気持ちだけど。


「(神様、御出でで在らせられるならば、どうか俺の疑問に答えて下さい)」






『いいよ!』


「マジかよ」


『マジだよ!』


「やったぜ」


 おっといかん。前と同じノリで行ってしまうところだった。

 いつの間にか謎の白い空間を漂っているが、展開が早すぎて、


『君の言うゲーム的要素は何も無いよ!』


「質問する前に答えが返ってきた!?」


 ゲーミングに輝く神様は、しかしゲーム要素は無いと断言した。

 じゃあ、他には……


『君が転生した事には理由があるよ!』


「神様の早さが足りすぎている件」


『君にはこの世界に存在する因子を全て吸収して貰いたいよ!』


「それはまた……」


 なぜ、と思う前に答えが返ってくる。


『この世界が滅びた後、再生をする時に必要だからだよ!』


「ノアの箱舟かよ」


『その認識で概ね正しいよ!』


 いや、待て、さっき世界が滅びるって……。


『世界の敵が現れたからね! 負けたら滅ぼされるよ!』


「えぇ……」


『人のではなく、魔物のでもない、世界の敵だよ!』


 この神様、既に負ける予想をしていらっしゃる?


『してるよ!』


「なん……いやまあ理由は何となく察するけど」


『その通り! 人類の内ゲバが終わらないからだね!』


 知ってた。

 え、これ俺、生き残れるの?


『頑張って!』


「いやそんな……」


『超頑張って!』


 悲報、神様が投げやり。

 何か味方になってくれそうな人とか……。


『一応他の神々が聖女とか使徒とか、そういうのに神託を投げてるみたいだよ!』


「他の神々」


 この世界の宗教は一神教ではないのか。

 なら俺を転生させたこの神様は、


『私は混沌神だよ!』


「なるほど」


『じゃあ超すごくとても頑張って生き残ってね!』


「ちょうすごくとても」






 返答はなかった。いつの間にか隠し部屋に戻ってきてたし。

 どうやらこの世界、ちょうすごくとても頑張らないと生き残れないらしい。


 転生した時は「若干ハード」って言ってなかったっけ?

 どこが若干なのか小一時間問い詰めたい。


 神様の衝撃発現に自失呆然としていたが、ハッと我に返る。


「(え、この世界、思ってる以上にヤバイ?)」


 この世界の全ての敵が居る。


 それはつまり、この世界の全てを敵に回しても、世界を滅ぼし得る力を持った奴が居るってことでは?

 ヤバイ震えてきた。


「(いや混沌神は内ゲバが原因で滅ぶって予測してた。なら内ゲバを防げれば勝ち目は見えるかも)」


 でも正直、内ゲバを抑えるなんて無理じゃなかろうか。

 人間という生き物は目の前に危機が迫って来ていても……いやむしろ危機的状況ほど、苦境にあるほど、見たいものだけ見るようになって精神的に楽な道へ逃げ込むものだ。


 そして始まる足の引っ張り合いや責任の押し付け合い。


 他にもある。

 例えば、優れた者と、劣る者との対立。

 劣る者の社会的地位が高いとより厄介な事になるだろう。


 富者と貧者、賢者と愚者、統率と自由、改革と保守、闘争と融和、エトセトラエトセトラ……あらゆる対立、相違が内ゲバの要因になり得るのが人類という種だ。


「(無理。内ゲバ抑えるとか絶対無理)」


 ……考え方を変えよう。

 抑えるんじゃなくて、致命的なタイミングで発生させなければ良いと。


 裏から人間社会を操り、任意のタイミングで内ゲバを起こして致命的状況になる前に事態を収拾させる。


「(理想的にはこれだが、問題はどうやって人の中に紛れ込むか、だ)」


 生き残るためにやらなきゃならない事が多すぎる。味方が欲しい。


 一旦落ち着こう。

 頭が熱くなってる気がする。


 ……うん。ここまで考えておいてなんだが、最終的な問題解決方法は後回しにしようと思う。

 何をどう考えても今の俺では手札が足りないし、いきなり答えに辿り着ける訳なんてない。


 方針をざっくりと決めて、手札が増えてから改めて詳細を詰めれば良いだろう。


 今やるべきことを考えて……とりあえず、逃げる事にした。


 まさに今さっき起きたであろう、人類の内ゲバの現場から。






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