第5話


 ※三人称視点



 山岳都市タバヌ。


 国々を隔てる長大な山脈、その山間に建設されたのがこの都市だ。

 上層、中層、下層と高低差のある町並みは、そのまま貧富の差を示している。

 国境となっている山脈を越える人々が、必ずと言っていいほど通るこの都市は、まさに軍事的、経済的要地であり、その分、優秀な人材が多く集まる場所でもある。


 上層に君臨する者達は財力、権力、暴力のいずれかに優れ、下層に居る人々は持たざる者とされている。

 明確な格差のある都市であるが、実力のある者、才能を開花させた者を汲み上げる仕組みは充実しており、下層だからといって絶望と倦怠感が満ちているわけではない。

 しかし同時に、上から落ちる者を救済する仕組みはない。落伍者は、下層民にとっての極上の餌となる。

 過酷な競争が日常的に行われるこの都市において、実力こそがものを言うのは必然なのだろう。




 そんな都市の中層の一角、傭兵ギルドに併設されている酒場にて五人の男が丸いテーブルを囲うように座っていた。


「で、何でいきなり魔術をぶっ放したんだ?」


 五人の中でひときわ高級そうな装備をした男が、対面に座るローブを着た男にそう声をかける。


「すまん、リーダー」


 短く謝罪するローブ男。

 リーダーと呼ばれた男は息を吐いて言葉を返す。


「謝る前に何があったか報告しろ。もしくは何を見たか、だ」


 リーダーの言葉に視線を彷徨わせるローブ男。

 歯切れの悪い様子に、他の三人も何か不穏なものを感じているのか口をつぐんで報告を促す。


「……魔力が見えたんだ。姿はどんなに目を凝らしても見えなかったが、魔力だけが見えた」


「魔物か?」


「分からない。あんな魔力、見た事がないんだ」


 この五人は長く傭兵をやっている者達で、様々な魔物や賊の討伐、行商人の護衛、戦争への参加などをこなしてきた。

 今回はこの都市の下水道の調査と、魔物や害獣が居た場合の駆除を依頼されて来ていた。

 簡単な仕事の割に報酬が良く、裏もなさそうだと判断したからだ。


「割りが良すぎると思ったんだ。何かヤベェのが隠れてんじゃねぇのか?」


 口を閉じていた三人の内の一人が吐き捨てるよう言う。

 大声ではないが、テーブルを囲っている仲間には聞こえるように。


「俺らは魔力操作に適性がない。だから魔力も見えん。だが、一応どんな風に見えたか教えてくれ。それと、その『何か』の動きもだ」


 リーダーが問うと、ローブの男がポツリポツリと答える。


「まず、アレは水路の端に居た。動きはなかった。だが、ずっとこちらを観察してるような気配があった。魔力を見て、俺は背筋に冷たいものを感じた……」


 思い出すだけでも背筋が冷えるのか、彼はぶるりと身を震わせた。

 彼は次第に口早になっていく。


「あの魔力は、何と言うか、混沌としていた。人類の人種全てと、動物や魔物、植物なんかを全部をごちゃ混ぜにしたような魔力だった。絶えず変化していて、一秒だって同じ形や色をしてなかった」


 魔術の知識を持たぬ者には、それの何が異常なのかは分からない。

 仲間の顔を見た彼は、続けてその魔力の何がおかしいのかを語る。


「そんな魔力は自然ではありえない……魔力とは魂に由来する力だから、普通なら色や形は一つなんだ。であれば、混沌の魔力を持つあの怪物は万象の魂の坩堝だ。あまりにも冒涜的で悍ましい……」


 そこまで言って、ローブの男は大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

 自分の心と頭を落ち着けているようだった。

 いつの間にか乾いていた唇を噛み、舌で湿らせ、彼は続ける。


「俺は恐ろしくなって、赤熱の魔術を使った。大抵の水棲生物は水が熱湯になれば死ぬからだ。でもアレは何事もなかったかのように離れて行った。敵意や害意は感じなかったが、同時に焦りや恐怖も感じなかった。多分、俺の魔術は脅威でも何でもなくて、ちょっと暑くなったから涼しい場所に行こうってくらいのものだったんだ」


 その光景を思い出したのだろうか、ローブの男の顔には冷汗が浮かんでいた。


「……動き方や速度は?」


「詳細は分からないが、魔力は氷の上を滑るように動いていた。速度は水中に居るのに鼠やゴキブリより速かった」


「そういやよぉ、下水道だってのにやたら虫とか鼠が少なかったな。スライムもかなり数が少なかったのによ」


 仲間の言葉に、リーダーの眉間の皺が深まる。

 目を瞑り、しばしの沈黙の後、一つ息を吐いてから、今後の方針を仲間に告げる。


「今回あった事を傭兵ギルドに上げて、我々はこの仕事を降りる。再調査があるようなら別に回してもらう」


 リーダーの言葉にホッとしたような表情になるローブの男。

 他の三人は少し機嫌が悪そうだが、それは依頼に対してであり、仲間に対してではない。


「助かる。あの魔力は、見てるだけで気が触れそうになったんだ」


 ローブの男の言葉を皮切りに、他の三人も口々に喋り出す。


「俺は最初から怪しいと思ってたんだ。割りの良い仕事ってのはいつもそうだ」


「イカれた貴族とか邪教関係だと嫌っすね。面倒事になる前にさっさと帰りましょ」


「しかし稼ぎがない。手ぶらでホームには帰れんだろう」


 彼らの言うホームとは、傭兵団の拠点である。

 傭兵は大抵の場合、団を結成するか、どこかの団に所属する。

 個人で続けるにはリスクが高すぎるからだ。


 そして傭兵ギルドは、傭兵団の数と活動を把握し、ランク付けや仕事の斡旋を行う施設の事を指す。

 傭兵ギルドは傭兵達が使い捨てられないための互助組織として始まり、長い年月を経て社会的な信用を勝ち取った歴史を持つ。

 今や傭兵ギルドは、世界的な民間軍事派遣会社であり、暴力の世界の頂点に君臨している内の一つと言っていい。

 当然、国は良い顔をしないが、魔物という脅威が存在する限り傭兵ギルドはその地位を保ち続けるだろう。


 閑話休題。


「とりあえず、俺は今回の件をギルドに上げてくる。ついでに家に向かう商隊の護衛なんかがあったら受けてこよう。お前らは何か適当に頼んでおけ。俺の分もな」


 リーダーはそう言って席を立った。行き先はギルドの窓口だ。

 彼らの傭兵団はランクにして上から数えた方が早い方で、活動期間も長く、優秀であると知られている。

 つまり信用がある。そしてこの都市は実力主義だ。


「異常な魔力を持ち、並大抵の魔術では効果がない不可視の存在が下水道に居る」と、仮に一般人が言った所で誰も信じないような事でも、彼らの口からなら真実……仮にそうでないにしても、それに近いものとして扱われる。

 その為、ギルドから依頼者である役人へ、役人から貴族へ、貴族から優れた力を持つ者達へ、情報が伝わっていく。






 こうして、自分を普通のスライムと思っている主人公は、下水の上に暮らす人々にとって未知の脅威として認識されてしまったのである。





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