第4話


 謎の人に遭遇してからというもの、俺はせっせと虫やら鼠やらを捕っていた。

 あれから新しい脅威との遭遇はない。


 ちなみに吸収は、分析、溶解、吸収、模倣の順番でやるのが最高効率だと気づいた。

 試した順番では、無駄に工数が増えただけだったのだ……。


 あるよね、効率的だと思ってた自己流が、後から非効率的だったって知る事。


 まあ何はともあれ機動力は確保できた。

 何かと問われれば、薄汚れた地下に居る素早い虫……多くの人が生理的に受け付けないであろう黒光りするアイツである。

 アイツを模倣する事で高速移動できる身体になれる。気分は最悪だが。

 仕方がないんだ。今は余裕なんてないし、四の五の言ってらんないんだ。


「(あ、虫)」


 目に付いた虫を反射的に捕まえる。

 今では随分と慣れてしまった。


 吸収のための魔力操作だが、分かったことをまとめてみよう。


 分析は、魔力を送り込む事で、対象に関する情報が帰ってくる。言語化は自分の知識量に依存し、また、魔力は自分と接続してる必要がある。

 一例を挙げると「未知の虫。前世のコオロギに酷似する」みたいな情報が浮かんでくる。大体「未知の○○」と出てくる。哀しい。


 溶解は、文字通り溶けるだけ。酸性かアルカリ性かどちらでもないかは不明。たぶんファンタジー性。


 吸収は、理屈は良く分からんけど吸収して対象を自分に取り込む。生物のみならず、水とかゴミとかも吸収できた。ただ、硬いものや複雑なものは時間がかかるが、溶解しておくと素早く取り込める。なぜ複雑なものまで素早くなるかは不明。たぶんファンタジーだから。


 模倣は、魔力による疑似的な器官とは異なり、実際に肉体を変化させる。ただし吸収した事のない物質には変化できないようだ。利点としては疑似器官を作るより低燃費であることだろう。魔力を維持する必要があるのは変わらない。


 念のため毎度分析から入っている。

 今の所目立った成果はない。


 果たしてレベルは上がっているだろうか。

 そもそもゲーム的なレベルなんて概念は無い可能性の方が高そうだが。


「(色々出来る事が増えてきたけど、情報を集める手段に欠けるなぁ)」


 結局の所、自分以外の知的生命体と意思疎通、または言語を理解できない限り情報を集められない。

 これは非常によろしくない。


 人を吸収できれば、と思うが使われている言語知識が吸収できるとは限らない。

 脳を吸収したところで脳内の信号まで吸収できるかどうか……。


 異世界だしハードらしいし翻訳スキルなんてものはないだろうし日本語喋ってくれるなんて期待は持てない。

 それに人を吸収したのがバレたら討伐対象になるのは明白だ。たぶんじゃない、確信を持ってそうなると言える。


「(いっそ身寄りのないドザエモンでも流れてこないかな……)」


 若干クズい事を考えていると、遠くから音が聞こえてきた。


 そう、音だ。振動ではない。

 実は鼠の脳を模倣して作ったのだが、ちゃんと空気の振動を音として認識する機能があった。それに嗅覚も。

 鼠の目は、虫と同様あまり良くなかったが、一応虫より遠くが見えるので採用している。

 虫の目と脳も模倣して併用している。動体視力が良いのか素早く動く虫も容易に捕らえられるので便利なんだ。

 このままチートスライムを目指したいね。


 硬いものがぶつかり合うような音が近づいてくる。


「(人が歩くような音だが……鉄でできた靴でも履いてんのか?)」


 履いてた模様。

 遠くに見えた人影はランプを持っていて、その光を反射する装備を纏っていた。たぶん金属製。


「(とりあえず隠れておこう)」


 擬態を使い、水路端のゴミに体を可能な限り埋める。

 水はそれほど綺麗でもないのできっと大丈夫。大丈夫であってくれ。


 何かしら会話をしながら近づいてくる集団。人数は五人ほど。


「(前回より多いな)」


 念のため焦点を合わせないよう集団の足元を見て、膝から上は視界の隅にぼんやり映す程度に留める。

 ガッツリ見ると気づかれる可能性があるというのは前回学んだからな。


 何事もなく通り過ぎるのを祈りながら静かに待つ。


 だが、一人の足が止まる。

 何事かと視線を上げると、


「■■■■■■」


 集団の真ん中付近に居た、ローブを着た男がこちらを見ていた。喋っていた。

 辺りを探るように視線を彷徨わせるでもなく、はっきりと、真っ直ぐに、こちらに向かって。


「(バレた!?)」


 男が杖のような物を取り出し、こちらに向ける。


「■■」


 短く何かを唱えると、杖の先に赤く光る玉が浮かぶ。

 そして杖を振ると、それがこちらに向かって飛んできた。


 赤い光球が水に触れる。


「(ちょ、あっつい!)」


 一瞬で水が沸騰した。

 熱で模倣した目が、脳がやられてしまう。

 視界が、音が、一切感じ取れなくなってしまう。


「(マズい、逃げないと!)」


 急いで虫の足を模倣しようとして、ギリギリの所で思い止まる。


「(いや熱を先にどうにかしないと!)」


 上から伝わる振動を音として聞き分ける事が出来ない。

 だが状況は予測はできる。魔法的なものを使った男は、他の誰かと話した様子がなかった。

 つまり独断だ。

 仲間と言い争っているのか、情報を共有してるのか、別の事をしてるのか分からんが、即座に追撃は来ないはずだ。

 蒸気も凄い事になってるかもしれない。水蒸気爆発とか起きないよな?


 冷静になれ俺。できる事は限られている。必要な事から一つずつこなして行けば良い。


「(まずは断熱、次に排熱、最後に模倣で足と目、それと脳を再生成して逃げる)」


 魔力を操り熱の処理を可能な限り素早く済ませて、生やした虫足で水路の底を這って逃げる。

 虫の目は広い範囲を見渡す事ができるので、背後の集団の様子も見えた。


 奴らは口元を抑え、むせているようだった。


「(悪臭染み付いてそのままむせていてくれ)」


 ここが下水道なら臭いも凄い事になってるだろうな。

 追ってこない事に安堵したが……一人、あの魔法使いっぽい男の目は、しっかりと俺を捕らえているようだった。こっち見んな。




 十分に距離を取り、一先ず安全を確保できた。水路の地図もある程度は頭に入っているし、簡単に再補足される事はないだろう。


 だが、安心はできない。

 これは「運が悪かった」で済ませて良い問題ではないと俺は考える。


「(……原因はなんだ? 擬態に問題があったか? それとも別の要因?)」


 純粋に擬態を見抜かれただけなら精度を上げるしかないが、別の要因だと情報が足りない。


「(困った時には前世に頼るのが良い。転生モノの定番だ)」


 俺を見つけた相手の視点になって考えてみよう。

 前世のラノベ知識から擬態する敵の倒し方を思い出す。


「(記憶にあるのは魔力や生命力そのものを目視、あるいは何かしらの手段で感知するか、鑑定とかいうチートスキルか、染料ぶちまけるとか、嫌がるものであぶり出すとか……)」


 この場合だと擬態看破の可能性として高いのは、魔力や生命力といったエネルギーを目視する技術や体質だろう。


 次点でチートスキル鑑定。だが転生者である俺がスキルとか何も授かってないし、何の説明も受けてないので多分ない。きっとない。あったら泣く。


 染料やあぶり出しはないだろう。俺は微動だにしなかったはずだ。


「(仮に魔力の視覚化……魔力視だとしたら、どうすりゃいいんだ……いや転生モノで何かあったはず)」


 操作を完璧にするとかそんな感じのがあった気がする。

 でも擬態の変質魔力を纏ってたら意味ない……いや待てよ、擬態に魔力使わなくても良い可能性がある。


「(模倣で作り出したものは元の材質と同じになるはず。魔力がないものを模倣して外皮として纏えば魔力視を誤魔化せるんじゃないか?)」


 実験したい。魔力視を誤魔化せるなら生命力を見るのも誤魔化せるかもしれない。

 まずは模倣で纏う材質に、魔力が宿るか宿らないかを識別するために、魔力視を習得する必要があるな。


 人に見つかってしまった以上、悠長にはしていられない。最悪を想定して動こう。





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