第2話


 異世界転生なんてものは人々の妄想の中にしかないと思っていた。

 死んだの含めて夢で、携帯のアラームで目を覚まして、家にいるにも関わらず「家に帰りたい」なんて思うような日々が戻ってくるんじゃないかと……。


「(そんな風に思ってた時期が、俺にもありました)」


 ところがどっこい! 現実! これが現実!

 ぐにゃって現実逃避したくなる。


 まあ仮に転生が夢でも現実逃避したくなるんだけどさ。


「(いかんな。いじけて時間を浪費できる余裕があるとは限らんし、何かしらしないと……)」


 結論、魔力で脳は作れなかった。

 たぶん魔力不足。魔力切れで意識がブラックアウトする作品は多くあったし、俺もそうなったのだろう。


 何故消費量が膨大だったかは不明。予測はできるが、魔力についても手探り状態なので、この問題は後回しにする。


「(魔力にイメージを付与すると、体内の魔力残量が減るのか?)」


 イメージが付与されて変質した魔力は元に戻らない説。


「(試せば分かるな。そのためにはまず、自分の魔力総量を把握しなければ)」


 体内の魔力全体に満遍なく意識を巡らせる。

 そして今の状態の魔力量を覚えておく。これを暫定的に今の自分の魔力総量とする。


 ここから一部の魔力にイメージを付与。とりあえず「目」にしよう。

 すると頭の片隅にノイズが走る。ここで言う頭はニュアンス的なやつだ。実際はないし。


 ノイズは一旦置いておいて、魔力の目を解除する。

 そしてまた魔力総量を探る。


「(んー……減ったか? 微妙に、それとなく、ほんのり減った気がするな。何度か試すか)」


 目の構築と解除を更に数回繰り返し、再度計測。


「(うむ、減ってるな。解除すると魔力は戻らない。では維持だとどうなる?)」






 こんな感じで色々試す事、幾星霜。

 いや実際どのくらいの時間が経ったかまるで分らんのよ。

 体感は凄まじく長い時間が経っているが、実際は数時間程度かもしれないし数日経ってるかもしれない。


 まあ分からんことに思考を割いても無駄だし、分かった事を整理して行こう。


 付与について。

 魔力にイメージを付与すると、不可逆となる。

 付与前を純魔力、付与後を変質魔力とでも呼ぶことにする。

 変質魔力は別のイメージで上書きができない。再変質も不可である。


 構築について。

 変質魔力を用いて付与したイメージに沿う器官を疑似的に構築できる。変質魔力の量が強度に影響する。

 構築された疑似器官は維持に魔力を消費せず、解除すると魔力は消失する。

 維持に消費しないが、総量の一部が変質魔力となるので自由に扱える魔力量は減少する。


 水の入ったコップで例えるなら分かりやすいだろうか。


 水の一部を溶けない氷にする事が付与。溶けないのは性質が変わらない事を示している。

 氷の形を整え、何かしらの機能を与える事が構築。氷が大きいほど機能は向上する。


 構築された氷は、維持するだけなら浮かべておくだけなので消耗は発生しない。

 でも自由に使える水の量は、氷の分だけ減ってしまう。

 コップの大きさを超える水は入らないので、氷を取り出さないと新しい水を入れることができない。


 今分かるのはこんな所か。


 さて、これからどうしよう。


 ……いや、マジでどうしよう?

 一応魔力を疑似筋肉にすれば身体は動くよ?

 でも何も見えないし、ここどこだか分かんないし。


「(多分だけど、ここでじっとしてても何時か死ぬだけだよなぁ)」


 腹を括るか。

 魔力の一部を変質させて筋肉と鼓膜に変える。ついでに周囲の熱を感じれるようにして動くことにする。




 しばらく這いずって移動していると、自分がどんな環境に居るのかが予想できてくる。


 冷たく感じる水の中。流れがあるが、周囲から振動を感じることが少ない。

 時折上から振動を感じる。振動の発生源が水面なら、今居る水底はそこまで深くはないと思う。

 地面は硬く、平坦だが僅かに傾斜があるようだ。


「(水路か? どの程度移動できたか分からんが、水底がずっと平らな河川なんてないだろう)」


 上から感じる振動は小さいものばかり。

 水滴か、虫か、小さいながら連続して伝わってくる振動は虫かもしれない。


「(場所は地下かな?)」


 だとすると、傾斜を上る方向で行くと人の領域に行ってしまうかもしれない。

 それはマズい。今の俺は間違いなく人間じゃないし、奴らの凶悪さは骨の髄まで知り尽くしている。

 傾斜を下って行く方へ向かう事にしよう。


 場所の予測はできたが、確信を持てない事がかなりストレスだ。

 目がないという不便。振動を感じる事は出来ても、音として聞き分けることができない。分かるのは振動の大小だけだ。


「(ステータス的なものが見たい……。アレ一種のチートだよ。あるとないとじゃ行動方針の判断しやすさ段違いでしょ)」


 レベル上げすれば全部解決する世界なら得意分野なのに……。

 心の中でため息を吐く。この世界にレベルという概念があるかどうかも分からない。


「(レベル上げか……水面っぽい位置に落ちてきた虫とか取り込んだら経験値入る、とかないかな)」


 正直、藁にも縋る想いだ。

 できる事を全部試して、何かしら活路を見い出したい。


 上へと注意を向けながら、あてもなく水底をゆっくり進んでいく。


 小さな振動。上から一瞬、その後もがくように連続して。


「(来た!)」


 魔力を筋肉に変換し、触手の様に体の一部を伸ばして振動の発生源へ向ける。


「(捕まえた!)」


 掴んだ何かを引き寄せ、体の内側に包み込む。


「(これは……何だろう? うわぁ、中から何か出てきたよ……寄生虫っぽいなぁ)」


 キモイけど折角の獲物だ。

 スライム転生と言ったら、やはり吸収とそれによる強化だろう。


 でもどうすれば吸収できるんだ?

 勝手に溶けるでもなし。掴んだ際に虫は死んだっぽいけど寄生虫は絶賛蠢き中。キモイ。


 やはり魔力操作かね。

 付与すべきイメージは何が良いだろうか……候補としては吸収、溶解、模倣、分析の四つくらいか?

 一つずつ考えてみよう。


 吸収……これが安パイだよな。

 溶解……これだと溶かして、はいおしまいってなりそう。

 模倣……身体の一部が虫になりそう。

 分析……前世の記憶をベースに情報が浮かんくるのかな?


 まあ、まずは吸収から行ってみよう。

 次は模倣、分析、溶解の順だな。


 魔力に「吸収」を付与して虫を包み込む。

 ゆっくり、ゆっくりと虫と寄生虫が溶けていき……やがて完全に吸収できた。


 それと同時に、


「(虫の目玉と脳、作れそうか?)」


 情報が浮かんできた。


 活路が見えた気がした。





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