第1話


 深い水底から浮上するような感覚を覚える。

 浮上するにつれて意識が覚醒してくる。


「(……何も見えねぇ。てか身体も動かねぇ)」


 開幕で詰みました。

 バグってんじゃんナニコレクソゲー。


「(うおー動けー俺の身体ー)」


 無理。

 何? 石の中にでも居るのコレ?


「(神様よー、もうちょい説明あっても良かったんじゃね? 勢いで返事して質問しなかったの俺だけどさ)」


 石の中に居るなら息とかどうすんだよ。


 ……いや、呼吸してないわ俺。むしろ出来ない。

 でも平気です。

 何故かは分からない。


 分からないのが怖いんだけど、どうすんのよホント。


 ひょっとして人間じゃないのかな。

 ちょっと冷静になって現状の把握に努めよう。


 まず触覚。

 俺が触れているものは不明。水の中に居るような気がする。

 体表を風か流水が撫でるような感覚だけがある。熱さや寒さは感じない。痛みや痒みもだ。


 次に視覚、聴覚、味覚、嗅覚。

 なんも感じねぇ……。


 じゃあ、俺の体の形状はどうだろうか。

 触覚から感じ取るに、どうも半円形の姿であるように思える。


 知識や記憶、思考能力について。

 特に欠落は感じない。むしろ昔を事細かに思い出せるくらいだ。

 もしかしたら頭の回転も良くなっているかもしれない。


 今分かるのはこれくらいか。

 これらを整理して考えてみると、水中または風の強い場所に発生し、半円形の体を持ち、呼吸を必要とせず、触覚以外の五感を持たない、おそらく生物が俺だ。

 記憶やらについては転生特典と考えられるので一先ず除外して考える。


 んー……この条件に当てはまりそうな生物あるいはモンスター……。


 スライムかな。

 スライムだよね。

 スライムしか思い当たらねぇ。


 いやゴーレムとかもありえるか?

 でも形状がなぁ。

 ……泥のゴーレムとか?

 コアっぽいものがあって、変幻自在な身体を持つ存在。

 でもそれ実質スライムでは?


 まあいいか。


 何にせよこの世界は剣と魔法のファンタジーの可能性が高い。前世で培った俺の転生ラノベ知識が火を吹くぜ。

 でも若干ハードモードらしいしチートとか貰えてるか疑問があるな。

 まあ、ない前提で動こう。死んだら元も子もない。


 転生モノにおける人外主人公では、こういったパターンは数多くある。

 大抵の場合、魔力的なアレを、なんか、こう、アレすれば、何かアレな感じになったりするんだ。


 ふわっとした感じだけど何とかなればOKです。

 なんとかなれー。


 ……。


 …………。


 ………………。


 はい詰んだ。

 大体魔力って何だよ。

 知らねぇよ。

 前世にそんなエネルギーねぇよ。多分。


 ふー。


 落ち着こう。

 魔力を感じ取る系の転生モノを思い出すんだ。


 俺の記憶によると、身体の中心とか、コア的なものから何かしらの熱や違和感を感じる所からスタートしてるのが多い。

 まずはそれになぞってみよう。


 意識を集中する。

 知覚できる身体の内へ、内へと意識を沈めていく。


 ……。


 ………お。


 何となく感じる事ができた。気がする。

 いやきっと出来てる。

 こういうのは気持ちが大事なんだ。俺は詳しいんだ。


 意識に沿って動く液体のような「何か」を感じる。

 きっとこれが「魔力」と呼べるものなんだろう。多分。

 取りあえず、これからはこの何かを魔力と呼称しよう。


 魔力を身体の中心から表面近くまで動かす。

 体表から外に魔力を出すとどうなるのかは分からないが、男は度胸、何でも試してみるもんだ。


 そっと、慎重に魔力を外へ出す。

 身体を撫でていた液体を知覚できた。

 蛇口から出る水に触れたような感覚が魔力ごしに伝わってくる。


「(おお……)」


 思わず心の中で感嘆してしまう。

 この世界に生まれたって実感を得られたような気がした。


「(あ)」


 体外に出した魔力が水流に押されて流されて散り散りになってしまった。

 それとなく諸行無常が胸中をよぎる。胸ないけど。多分。


「(うん? 魔力は動かせたが、身体が動かせてないな)」


 まあ魔力と身体は別物か……どうすれば動くのかね?


 魔力そのものを動かす事はできた。

 しかし身体と連動はしていない。

 水の流れをしっかりと感じる事はできた……なら、魔力が触覚を担当している?


 いや、それはないだろう。

 魔力に触覚としての機能を持たせた、という方が正しい気がする。

 きっとそうだ。そうであってくれ。そうじゃないと詰む。


 魔力を操作する過程で何かしらの性能を付与できると考えてみよう。

 魔力と身体が連動して動くイメージを付与しながら魔力を動かす。


「(動けー動けー……)」


 お、魔力に引っ張られてスライム的な身体がちょっと動いた気がする。

 いや、ちゃんと動いてる。


「(っしゃオラァ!)」


 動く……動くぞ!

 人間であればガッツポーズ決めてるくらいテンション上がってきたぜー!


 上がったテンションに任せて魔力をウネウネ動かす。


 そのまま体感で結構な時間ウネウネし続けた後、ふと冷静になった。


「(魔力に性能を付与できるなら他の五感も付与できるのでは?)」


 よし、やってみよう。


 まず視覚。

 何も見えない。何も分からない。謎のノイズが思考の片隅に走ってる。怖い。


 次に味覚。

 何の味も感じない。強いて言うなら冷たさを感じるが、味じゃないだろう。


 次、嗅覚。

 何の匂いも分からない。本当に何も感じない。


 ……聴覚。


「(ん? 聞こえる……というより、振動を肌で感じてるような感覚だ)」


 大きな音ではない。むしろとても小さい。


「(鼓膜みたいに機能してるとかか? 振動を「音」として認識する器官は脳だから、耳のイメージを付与した魔力だと音として認知できない?)」


 なるほど、かなり詳細に魔力を操らないと満足に周辺を観測する事すらできないようだ。


 まず器官毎にイメージの付与。

 欲しいのは最低でも目と耳。

 人間は目から入ってくる情報を元に、脳が映像を出力し、それを目で見えている光景として認識する。

 耳は聴覚機能と平衡機能の二つの機能があるが、ここで欲しいのは聴覚機能の方だ。


 まず脳のイメージを魔力で作り上げればいいのかな。

 魔力を操作して……。


「(なんだ? 意識が……)」






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