第29話 女のシャワーを待つ男

俺は無言ままの聖女モニカ様に連れられてやってきたのは……なんと学園にある王族用の別宅だった。

ずぶ濡れになっている俺に風呂と服を貸してくれる。

実際に聖女モニカ様が世話をするというよりも、聖女モニカ様の侍女が俺の世話をしてくれた。


「お召し物はこちらを使いください」

「あ、ありがとうございます」


手渡されたのは真っ白いバスローブだった。

俺はそれを羽織り浴場を後にする。


「では、こちらへ」


侍女に促されて俺は付いていく。

どうしてよいか分からない俺に意見する術などない。

成すがままされるがままに侍女の施しを受け入れる。


だが、不安で一杯だった。


聖女モニカ様はこれから俺のことをどうするのだろうか?

もしかして……口封じ?

いやいやいやいや……何を目的に?


俺という存在を消すことに何のメリットがあるんだ?


それに殺すならいつでも、それこそ雨の音に混ざって簡単にできたはず。

分からない。


聖女モニカ様の考えは何だ?


恐怖と不安の中、俺は侍女に付いていく。

その侍女の後ろ姿を見ていたが、男のサガだろうか。

素敵な臀部(siri)に目が行く。


侍女は俺と同い年ぐらいだろうか?

ボブカットの黒髪にキリリと細長い目が彼女の特徴だ。

一目で誰もが美人と口をそろえて言うだろう。


流石、聖女様の侍女となるとレベルが高い。

多分だが、彼女も一般人ではないだろう。

どこぞの令嬢でそれなりの教育を受けている。

一挙手一投足の所作がとてもきれいなのだ。

一般人ではなかなかあそこまでたどり着くのは難しいだろう。


侍女がある部屋の前で立ち止まる。


「こちらでお待ちください」


こちらへと手を差し伸べてくれるドアの大きいこと大きいこと……。

本当にこれが私室ですか?というぐらい。

どこかのコンサートホールの入り口じゃないんだからって思ってしまう。

ドアの両端には門番が立っていた。


フルアーマーのプレートを着た騎士がこちらを睨みつける。

侍女にはこの部屋に入れと言われているのだが、どうにも入りにくい。


威圧的な騎士の視線と圧倒的な重厚感あるドアの前で俺は立ちすくむ。

そんな俺を見かねて侍女は再度、中へ入るように促してくれる。


「遠慮せずどうぞお入りください」

「あ、は、はい」


緊張してしまっているために声が多少上ずってしまう。


「し、失礼します」


俺は重いドアに体重を掛けて開ける。

そして、中に入ると更に驚くことになる。


一体、この部屋は何条あるのだろうか?

学園の教室とほぼ同じぐらいの広さだ。

前世の記憶でいうところの大学の講義室ぐらいの広さはある。


更に置かれている家具は光り輝いていた。

それは抽象的でも何でもなく、本当に光り輝いている。

どうやらどの家具にも宝石が散りばめられており輝いているのだ。


俺は戸惑いながらも汚れ一つない床に踏み入れる。


「サム……こっち」


そんな光り輝く家具の奥には、これまたデカい天蓋付きキングサイズのベッド。

そこに腰掛ける聖女モニカ様が俺を手招きしていた。


恐る恐る聖女モニカ様の傍へと歩み寄る。

一体、何を言われる?

何が目的?

俺を捨てた彼女は一体、何がやりたいのだ?


分からない。


「…………」


俺が近づくと聖女モニカ様は俯いてしまう。

益々、訳が分からない。


しばらく沈黙したのち、聖女モニカ様は


「サム……私、湯あみしてくれるね」


そう言い残して聖女モニカ様は私室に備え付けのシャワー室へ小走りで入っていった。

何がどうなっているのかさっぱりわからない俺は天蓋付きのキングサイズベッドに腰かける。


俺は現状に思考回路が付いていかなかった。

一体全体、どうしてこうなった?


広い部屋の隅にあるシャワー室へと視線を動かす。

そこではシャワーを使って聖女モニカ様が湯あみを行っていた。


俺はふと前世を思い出す。


あれ?これって……嫁と初めて行ったラブホのような感じだな。

あの時は緊張したな。

何せ、お互い初めてだったもんだから……ん?


もしかして、今の現状もそれなの?


…………いやいやいやいや、待て


早とちりだ。


でも、それ以外っていったいなんだ?

このシチュエーションで何が考えられる?


バスローブを着た男がシャワー室へ入った女性を待つという状況


……ウソだろ。


ゴクリと生唾を飲み込む。


シャワー室のシャワーの音が止む。

しかし、なかなか聖女モニカ様は出てこない。


どうしたというのだろうか?

俺に迎えに来いと言っているのだろうか?


俺はベッドから立ち上がりゆっくりとシャワー室へと足を運ぶ。


据え膳食わぬは男の恥!

っと、思いはするが相手は国が定めた聖女様だ。

俺が手を出してただで済むわけがない。


いや、でも聖女がOKならいいのか?

なんて変な期待もしてしまう。

だって、男の子なんだもん……まあ、それは無理があるか。

それに少なからず……愛していた女性でもある。


前世の記憶という理性が働くも身体年齢が若いのでどうにもそっちに引っ張られてしまう。

17歳という年だと美女とやれると考えただけで色々と元気になってしまうのだ。


俺はシャワー室の前へで立ち止まる。


「モカ……」


不敬は承知の上で愛称で呼ぶ。

ただ、俺は断る言葉を口に出せない。


俺は捨てられたのだ。

その事実だけは変わらない。

どんな意図があれ彼女を抱く訳にはいかない。


だが、現状、彼女の姿を見たら……たぶん……いや、絶対に流されてしまうだろう。

だからこそ、ドア越しに断りを入れようとしているのだが、思ったように喋れない。


「すぅ……はぁ……」


俺は深呼吸する。

お断りします、という言葉を告げるために口を開く。


「あの、俺は……」


決死の思いで口を開くもドアの向こうからの声で俺は躊躇する。


「……サム」


猫なでるような甘い声は艶っぽく、声を聴いただけで瞳がうるんでいる表情を容易に想像できてしまった。

長年、一緒にいたことがあだとなってしまう。


「……グッ」


断ろうにも断れなくなってしまった。

これはもうすべてを受け入れる覚悟を決めるしかない。

これから俺はどうなってしまうのか想像することもできない。

たぶん、大変なことになってしまうのだろう。


ワンナイトのあと捨てられるかもしれない。

それでも、今の現状を断る勇気が俺にはなかった。


「よし!」


俺は決死の思いでシャワー室のドアの取っ手に手を伸ばす。


「貴様は戦場行きだ!」

「へ?」


部屋に入って来たのはアンソニー殿下だった。


あれ、もしかして、これが美人局というものか……?



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