第26話 聖女モニカ様の傘

俺は些細なことでバイト先のオーナーと口論になってしまう。

ただ、俺にとっては些細なことではなく、まるで自分自身を深く傷つけられたように腹が立った。


「はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ」

「きさま」

「そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる」

「うぉぉぉぉぉぉ」


俺は勢いをつけて殴りかかる。

素人丸出しの突進パンチ!

しかし、俺は絶対に負けないと思っていたので手加減も必要だろうなんて考えていた。

俺にはとっておきのサポートAIが付いているからだ。


「よし、白桃、頼むぞ」

「…………」

「あれ?」


俺はいつものように左肩付近に現れるウィンドウに話しかける。


「おーい、白桃さん?ねえ、返事して」

「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」


俺の期待を裏切り白桃は返事をしてくれない。

勢いを止めることが出来ない俺はそのまま、イケメンオーナーに向かってパンチを繰り出す。

パンチを繰り出している間も白桃からの返事が返ってくるの待っていた。

しかし、俺に返ってきたのはイケメンオーナーのカウンター右ストレートだった。


「ひでぶっ」

「ほら、どうしたどうした。威勢だけか?」


何故か、白桃からの一切の反応がなかった。

そのために俺は相手の攻撃を避けるどころかまともに受けてしまう。


「おいおい、こんなもんか」

「うるせえ」

「そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか」

「お前はまだ分かっていない」

「は?」

「彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ」

「嫌だね、俺なら死にそうになったら真っ先に逃げるね。あと、君、クビね」

「ぐふ」


殴られまくってフラフラ状態、立つのもやっとという感じ

そんな状態の俺に最後のパンチが送り込まれる。

俺はオーナーのパンチを画面で受け止めると同時に目の前が真っ暗になる



☆彡



ふと気が付くと俺は床に寝そべっていた。


全身が痛い……


殴って蹴られてのコンボを貰いすぎた。

何発殴られたのだろうか?

もう、そんなことはどうでもいい。


最悪の日だ。


「マスターどうしたんですか?」


今頃になってようやく俺の左肩付近にウィンドウ画面が開かれてお見えになる白いブリキのおもちゃ。


「あ、出たな薄情者」

「薄情者とは失礼な、一生懸命に回線を復帰させていたんですよ」

「そうか、その回線が切れていたせいで俺はこのざまだ」


俺は鼻で笑いながら皮肉を込めて白桃と会話する。


「まあ、そのようですね」

「全身が痛くて起きれない、何とかして」

「今は無理ですね、回線が不安定です」

「えー、マジかよ」

「マジですよ、マスター」

「はぁ、仕方ない」


俺は痛みに耐えながら起き上がる。

何故かって?

そりゃあ、帰るためだ。

一刻でも早くベッドの中に入ろう。

そして、目が覚めたらもしかしたら、エリザベス先生が裸エプロン起こしてくれるかもしれない。


「あっ!」


俺は帰ろうとしたのだが肝心なことを思い出す。


「どうしました、マスター」

「いや、そういえば、バイト先のオーナーに殴りかかったから、バイトをクビになったんだった」

「はあ、そうなんですね。それで?」

「帰る場所がない。ちくしょう!やってられるか」


痛みに耐えて起き上がったがどこへ行くことも出来ないことに嫌気がさして再度、仰向けで寝ろこぶ。


「はぁ、床……冷たい」


床が冷たいという事実以外何も頭に浮かんでこなかった。

一体、これからどうすればいいのかすら分からない。


ポツポツと雨が降り始める。


ポツポツという雨音は次第に強くなっていきサーという雨音へと変わっていく。

もう、動く気になれなかった俺はその雨を仰向けで全身に感じていた。


「冷たい」


正直な感想はそれだけ。

その他のことは何も考えられない。

無気力ってこういうことなのだと実感する。


だが、雨音が更に強くなっていく。

サーという雨音が一瞬にしてザーと激しい雨音へと音を変える。


「……痛いな」


雨音が強くなるにつれて次第に傷口が痛み出す。

これはヤバイと上半身を起こして動こうとした。

雨風を凌げる場所を考える。


しかし、不思議なことが起こった。


「……あれ?」


ふと、俺の周りだけ雨が止む。

だが、周りを見渡しても雨はまだ降っている。


激しい雨音が続いている。

だが、俺には雨が当たっていない。

ふと、上を見上げると大きめの傘が俺の頭上に浮かんでいた。


「……サム」


どうやら、大きな傘が浮かんでいたというのは錯覚で誰かが傘をさしてくれていたのだ。

そして、心配そうに俺に声を掛けてくれる。

聞きなれた声。

俺は振り返り声の主を見上げる。

なぜか声の主は今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「モカ……?」


なんと、俺の後ろにモカ……聖女モニカ様が俺に傘をさしてくれていた。

一体、どういう風の吹き回しだ?

それとも……俺を嘲笑いに来たのか?

って、モカがそんなことをするはずもないな。


「…………」


なぜか聖女モニカ様は黙ったまま俺に雨が当たらない様に傘をさしてくれる。



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