第25話(エリザべス視点)

(エリザベス視点)


「ねえ、エリザベス先生」


後輩のナタリーが甘い声で話しかけてくる。

見た目が幼く小動物のような仕草、それにこの甲高い声。

学生時代から多数の男子がこの子のことを狙っていたな。

まあ、この子自身、それで怖い目にも合っているから難儀なもんだ。

私なら大歓迎だというのに……。


「ナタリー、もうお前の先生ではない。それに今は任務中だ」

「あ、すみません。エリザベス先輩」

「はぁ、早く学生気分は抜けよ」

「はぁーい」


この子、優秀なのだが言動が少々軽率なのが傷だ。


「で、エリザベス先輩、そろそろじゃないですか?」

「ああ、そうだな」


私とナタリーは魔導具を使った追跡調査を行っていた。


「先輩は盗聴器の仕込みは成功したのですよね?」

「当たり前だ、何のためにあのような男と見合いなぞしたと思っている」

「結構、言われてましたね」


バキッ!


私は見合いの席のことを思い出し、手に持っていたコップを握りつぶしてしまう。


「ちょっと先輩、やめてください」

「ああ、すまない……だが、思い出しただけではらわたが煮えくり返りそうだ」

「どうどう」

「私は猛獣か!」

「いえ、そんなことはないですよ(似たようなものですけど)」

「何か言ったか?」

「……ほら、何が聞こえてきてますよ」


ナタリーが盗聴器の対となっているスピーカー魔導具の音が出る部分に指をさす。

耳を澄まして聞くと僅かだが小さな声が聞こえてくる。


『ザザザ……おい、開けろ』

『合言葉』

『デーモンの魂、閣下バンザイ』

『入れ』


魔導具から聞こえてくる声は紛れもなく先ほどまでお見合いしていた男だ。


「やはりアジトに行きましたね。突入しますか、先輩?」

「いや、まだだ」


現状、あのチャラチャラした男が犯罪者と決めるには早計だ。


『にしても、今回は出来が悪くないか?』

『おいおい、いちゃもんつけるなら売らねえぞ』

『わかったよ、いくらだ?』

『今回は正直やばかったんだ、それなりに頂くよ』

『ちょっと待て、これ以上高くなるのか?』

『バラ騎士が動いているって言われてな』

『バラか、厄介だな』

『詳しいのか?』

『いや、ほとんどが謎だよ。ただ、騎士団の中でもエリート勢が配属されるなんて噂は聞いたことがある』

『へえ、騎士団のエリートね』


ふむ。

どうやら相手も私たちが近づいていることに感づいているようだ。

これは早めに動くべきか。


「先輩、早めに動いた方がいいかもしれません」

「そうだな」


ナタリーも同意見のようだ。

優等生なだけあって、状況が見えている。


『おいおい、本気か?』

『ボスからの命令なんだ』


ちょっと待て、ボスだと?

まさか……あいつと繋がっている?

私は心当たりある人物の顔がを思い浮かべる。

そう、史上最悪の犯罪者の顔を!


「では、機動隊に連絡を入れます」

「いや、ちょっと待て」


私はすぐにでも突入する準備をするナタリーを制止する。


「どうしたんですか、先輩?」

「いや、気になることを言っている」

「え?」


再度、スピーカーに聞き耳を立てる。

すると


『流石にこれはいくら何でもあんまりだ』

『とは言われてもボスの命令になんて逆らえねえよ』

『こちらはかなり貢献しているはずだ』

『だから、ボスの命令なんですって』


どうやら価格交渉が上手くいっていないようだ。

違法キメラの取引などすぐにでも成敗してやりたいが……。


『ならば、ボスに話がしたい。できるか?』

『うーん、わかりましたよ。ただし門前払いされたら潔く引き下がりなよ』

『ああ、分かっているさ』


これは千載一遇のチャンスだった。


「先輩、ボスって」

「ああ、長年追いかけていたヤツだ。ついに尻尾を掴めるな」

「では、泳がせますか」

「そうだな」


男たちはすぐに移動を始める。

多分、ボスのいるアジトとやらへ向かうのだろう。


「ナタリー、アルファ部隊に連絡を」

「了解です」


私の指示を先読みしているようにナタリーは迅速な対応を行う。

この手際の良さ、新人とは思えない。

さすがナタリーだ。


その後も私たちは聞き耳を立て男どもの会話を聞く。

どうやら男どもはアジトを出て移動しているようだ。


そして、移動中の会話は世間話をしていた。

だが、その内容ときたら……


『それにしても今日、あんた、お見合いしていたのか?』

『ああ、最悪だったよ』

『そんなに酷い女?』

『ああ、酷い女だったよ。外見以外は女じゃねえな』

『見てくれは良かったのか?』

『いいね、正直、おもちゃとして抱くだけなら最高だぞ、あれは……ただ、如何せん中身がな』

『あんたみたいな人が中身を言うなんてよっぽどだな』

『俺のほうがマシだろ、料理出来ない、家事出来ない、おまけに趣味はロボットの改良だとよ』

『女として終わってるな』

『だろ?』


まあよくも私のことが言えたものだ。

自分たちは犯罪を犯している自覚がないのか?

中身だけならお前たちのほうが終わっているだろうに。


「先輩、意外とあっさりと受け流していますね」


心配そうに顔を覗き込んでくるナタリー。


「ふん、あんな男の評価は私にとってはゴミも同然だ」

「そういうものですか?」

「カス男に惚れられるよりマシだ」

「カス男ですか……同意ですね……あれ?何やら別の男性の声が……もしかして、ボスですかね?」


私達は会話を真剣に聞き耳を立てる。


『なんだ、おまえは?』

『撤回しろぉぉぉ!』


スピーカーから聞こえてくる音は先ほどまで蚊が鳴くような音だった。

それが急に大音量で流れてくるので驚き跳ねる。


「キャ、なによもう」

「……この声?」

「先輩、知っているんですか?」

「ああ、なんだ、私の生徒だ」

「あ、今回の任務で送り込んだ子」

「いや、奴は詳細を知らない。私が動きやすくなるように使ったのだ」

「へぇ、でも、そんな子がどうして?」

「いや、私にもわからない」


何故、サミュエルが怒鳴っているのだ?


『おい、お前』

『おいおい、雇い主になんだ、その態度は?』

『そんなのはどうでもいい、それよりもエリザベス先生に謝れ!』

『は?先生?ああ、そういえば、お前はアイツの生徒だったな』

『そうだ』

『で?なんで俺が謝る必要がある』

『そうだな、言葉のあやだ、謝る必要はない』

『なんなんだ、お前は』

『俺はお前がエリザベス先生の結婚相手に相応しくない。よって辞退しろ』

『……ふーん。嫌だと言ったら』

『お前はエリザベス先生の良さを一切分かっていない!』

『なんだあの女の良さって、ほれ言ってみろ。お前の惚れた女の良いところ言ってみろよ』

『ああ、いくらでも教えてやる』


それからサミュエルは私の特徴をことごとく上げていく。

正直、自覚のないことも含まれているので気恥ずかしい。


「へえ、この子、先輩のことよく見てますね」

「ああ」


私は今、どんな顔をしている?

こんなにも女として見られたことは初めてだ。

たぶん、あまりいい顔はしていないな。

ナタリーが私の顔を見ながらにやけているのが分かる。


『最後に、これだけ言わせろ』

『はいはい、どうぞ』

『エリザベスは最高の女だ。異論は認めない』

『あの鋼鉄の女が最高?笑わせるなよ』

『はぁ、やっぱりお前は分かっていない。彼女が時折見せる恥じらいや仕草は可愛いの一言で言い表せないほどだ』

『はいはい、そうですか。じゃあ俺がその先生をセフレにでもしてやるよ』

『きさま』

『そんなにもいい女なんだろ、孕ませて捨ててやるよ。そうしたらお前にくれてやる』

『うぉぉぉぉぉぉ』


先ほどの男の言葉にキレたサミュエルが殴りかかっているようだ。

どうやら取っ組み合いの喧嘩になっている。

しかし、どう考えても、あのいけ好かない男のほうが強いだろうな……。


『おいおい、こんなもんか』

『うるせえ』

『そんなんじゃ、愛しの先生も守れないんじゃないのか』

『お前はまだ分かっていない』

『は?』

『彼女ほど強い女性は守ってやるとかではなく、一緒に傍にいてやること。それが大切なんだ。最後の最後まで隣で手を握る存在になるべきなんだ』

『嫌だね、俺なら死にそうになった真っ先に逃げるね。あと、君、クビね』

『ぐふ』


魔導具からの音が静かになる。


「どうやらあの子、気を失いましたね」

「そうだな、誰か迎えに行ってやってくれ」

「もう先輩が迎えに行けばいいじゃないです……か?」

「どうした?」


ナタリーは私の方を向き驚いていた。

一体どうしたというのだ?


「先輩」

「ん?」

「涙」

「え?」


私はナタリーの言葉で初めて頬を伝うものに気が付く。


「な、どうして……」

「先輩、彼……カッコいいですね」

「う、うるしゃい、涙が……止まらない」

「いいじゃないですか」

「ぐす……誰か、あいつを迎えに……ぐす」

「はいはい、私が行きますよ」

「頼む」


私はその後、しばらく泣き止むことが出来なかった。

理由が分からない。


「それじゃあ、行ってきますね」

「ああ」

「(最後まで傍で手を握るか……あのフレーズに先輩はやられたんだろうね。私たちのような職業だと猶更だよね)」


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