第8話 (モニカ視点)

「ちょっと、なんでダーリンにあんなこと言うのよ」


先ほどまで耐えていた感情を爆発させ、わたしはトニーに強く抗議した。

身に着けていた高級アクセサリーも投げつける。

それとあまりにもサムが不憫でサムのことを思うと涙が止まらない。


「君はまだ自分の価値が分かっていない」


トニーは投げつけられたアクセサリーを振り払い強い口調で返してくる。


「分かっているよ、聖女だと言いたいんでしょ?」


だけど、私も頭に来ていたので口調としてはかなり強く反論してしまった。


「その通りだ。そして、君は俺の妻になる女性だ」

「そんなわけないでしょ。全部演技だって言ってたじゃない」


そう、この婚約は神聖教会や国民の支持を仰ぎ目的を達するまで期間限定婚約なのだ。


「大声で言うな!誰がきいているか分からない」


だけど、このことを知っているのは当事者とごく一部の人間のみ。

ついつい血が頭に上りトニーを問い詰めていたことに、私は「ハッ」と我に返り手で口を覆い涙をぬぐった。


そして、先ほどよりも声量を落としてトニーへの抗議を再開しようと思った。

しかし、さきに口を開いたのはトニーだ。


「それに、お前がダーリンといっても現状では俺がダーリンになる。それを忘れるな」

「違う、あなたは本当のダーリンじゃない。わたしのダーリンはサムだけ。これまでもこれからも……」


私の決意は固いということをトニーへ抗議する。


「教会が、国が、民が、それを望んでいない。聖女は勇者である俺と一緒になるべきだという声が大きいのだ」


トニーもあまり大きな声を出せないが威圧するような喋り方で正論を説いてくる


「だから一時的に婚約ということにしたんでしょ。それにあなたとわたしは公務以外は一緒に生活しない」


だけど、わたしはわたし。聖女である前にダーリン……サムが大好きなモカなのよ。

そこは譲れない!


「……わかっている」

「だから私生活はダーリン……サムと一緒にいるの!」

「それはダメだ」

「約束と違うじゃない、それに明日の朝ごはんも帰って作らないと」


頑なにわたしとサムの生活を邪魔しようとするトニー。


「これは……サムとも話が付いている」

「本当に?」

「あ、ああ、本当だとも。彼は君に対しての様子がぎこちなかっただろ?」

「え?そうね……もしかして、あれは演技だって言いたいの?」

「そうだ、彼は聖女のことを考えて、周りに悟られないように演技をしているんだ」


わたしだけ知らなかった?

でも、どうしてダーリンは私に何も言ってくれなかったの?

そうか、言いそびれたのね。

あの時、エリザベス先生に叱られてたから……

それにダーリンがあんなにすがってくるなんて今までなかったし、あれも演技だった?


「……わかったわ。でも、絶対に魔王を倒したら婚約破棄してよね」


わたしの言葉にトニーは暗い顔をする。


「ああ、生きていればな」


いくらなんでも失言だと感じた。


これから行われるのは魔王討伐。

当然、命の保証なんてない。

ましてや勇者として戦陣に立つトニーは命がけと言っていいだろう。


「……悪かったわよ」


そう、これは魔王を倒すために王国と神聖教会が一致団結するための政略婚約。


でも、ダーリンをダーリンって呼べないのがこんなにもつらいなんて。

しかも、なんでトニーなんかをダーリンって……おぇ

そっか、サムか……サム、サム、サム……ああ、会いたくなってきた!


私を聖女ではなく、モカとして見てほしい。

パイロットとしての才能はないけど、マギネスギヤが大好きでオタクなサム。

ダメなところもあるけど優しくてとても手先が器用なの。

彼は機械の修理をするけど手で再び組み立てられたその機械は、どんなに古く傷んでいても、まるで新品のように見事に復活する

それぐらいすごい人。

愛してやまない愛しのダーリン。


だからこんなウソの婚約なんて早く解消しなきゃ。

でも、トニーは約束してくれている。

魔王を倒したら婚約破棄してくれてサムと一緒に生活できるように……。

サムにもこのことは伝わっていると聞いている。


サムも頑張ってくれているんだよね。

サムとの将来のため、絶対に負けられない!

待っててね、本当のダーリン……全部終わったらすぐに新婚旅行よ!


わたしはトニーと別れた後、着替えと入浴を済ませ自室に戻った。

聖女となったことでかなり豪華な部屋を用意してもらっている。

質素なベッドから天蓋付きのベッドになり大きさも倍以上だ。

しかし、落ち着かないわたしは衣装ケースに入っている男性用の肌着を抱きしめる。


「サム……会いたいな」


くんくんと匂いを嗅いでサムを思い出し、肌着に顔を埋めながら静かな夜を過ごしていた。

しかし、あることに気が付いてしまう。


「……匂いが薄くなっている!」


赤ちゃんのような匂いがしていたサムの肌着。

私が顔を埋め頬釣りを繰り返したことで自分の匂いが移ってしまったのだ。

このままじゃ……わたし、死んじゃう!


居ても立っても居られないわたしは衣装ケースからもう一枚の男性用の肌着を取り出し抱きしめる。


「これはまだ、大丈夫!」


予備のサムがまだ残っていることに安心してそのまま眠りにつくのだった。



☆彡



(???視点)

月が綺麗で静かな夜。


王城の窓辺で金髪の男性が月を眺めていた。

虫のさえずりがかすかに聞こえる中、無音といえるほど僅かな物音しか立てずに彼に近づく者が現れる。


「影か?」


男は動揺することなく物陰に隠れる者に話しかける。


「いかがなさいましょうか?」


声は少々籠っている。

マスクをしているのだろう。

そして、その声は明らかに女性ということが分かる。

見えたりはしないがひざ下から声が聞こえてきた。

声の響きや方向から見えない相手は膝をつき首を垂れている様子がうかがえる。


「サミュエルを処分しろ」

「……よろしいのですか?」


男の命令に少し戸惑いを隠せない影と呼ばれる者。


「何がだ?」


自分の判断に疑問を投げかける影に少々、苛立ちをつのらせる男。


「聖女様がお知りになったら」


明らかに男のほうが上なのだが、進言をやめない影


「事故に見せかけろ。内容は任せる」

「かしこまりました」


何も見えないがなんとなくの気配で礼節は知っている人物だとわかる。


そして、またしても無音で去っていく。

気配がなくなったことを確認したことで動き始めたと喜ぶ金髪の男性。


「ああ、やっと君が来てくれた。愛しているよモニカ……もう誰にも渡すものか……モニカさえいれば何もいらない……」


月に手を伸ばし、ほほを染める男性。





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