第7話 女々しい

ふと、気が付くと自室の天井が見える。

そして、右手がとても暖かった。

これは誰かと手を握っている?


体を起こすことなく顔と視線だけを右手に向ける。

すると、女性が俺の右手の傍にいた。


「あれ?」


可憐?と思ったが違う。

前世の記憶を思い出してしまったせいで少しばかりだが記憶の混乱が起こっていた。


女性は俺が目を覚ましたことに気が付くとグッと顔を近づけてくる。


「あ、サム!」

「モ、モ、モカ?」


俺に話しかけてくれたのはモカだ。

俺の右手をモカは両手で祈るように握りしめていた。

モカはもしかして、泣いていたのだろうか?

目が少し赤く腫れあがっている。


「よかった。急に倒れたから……大丈夫?」


俺のことを心配してくれていることが嬉しいのだが……どうしてここに?

アンソニー殿下は?

もしかして、モカがアンソニー殿下と婚約したのはやっぱり夢?


じゃあ、転生前の記憶って何?全部夢なのか?

ダメだ、あまりにも沢山の情報が入ってきすぎて整理が追い付かない。


「大丈夫?」


モカが心配して俺の顔を覗き込む。

すぐにでも唇と重ね合わせることが出来るぐらい覗き込むモカ。

こんなにも大胆だったかな?


「なあ、モカ?」

「ん、どうしたの?」


正直、モカとアンソニー殿下との関係を聞くのが一番手っ取り早いか。

ただ、本当だったら……俺はどうすればいいだろうか?


「急にこんなこと言って変かもしれないんだけどモカは俺と結婚……」


俺の話は遮られ目の前にあったモカの顔は一気に離れていく。

そして、罵声のような声が飛んでくる。


「おい、気安くモカと呼ぶな。聖女モニカ様だ」


急に俺とモカの間に割って入ってくるアンソニー殿下

なぜこんなところにアンソニー殿下が?

もしかしてだけど、やはりあれは現実なのか?


「ちょっとトニー、サムには……」


モカがアンソニー殿下をトニーと呼ぶと同時に俺の胸に痛みが走る。


「いや、ダメだ。お前は聖女だ。このような下賤な者と対等に会話をするなど」

「なによ、その下賤な者って私は……」


トニー……か……二人ともいつの間にかそんなに仲良くなっていたんだな。

俺は全然、気が付かなかったよ。

モカは付き合いの長い俺から見て絶世の美女だ。

また、アンソニー殿下のことをトニーか……

俺の恋敵は王子様か……これは敵わない……だろうな。


それにいつの間にか俺のことはダーリンからサムに降格しているよ。

それじゃあ、俺もけじめをつけないといけないな。

なあに、前世でもこうやって女に捨てられることはあった。

初めてじゃないんだ……落ち着けよ、俺!


まずは前世の教訓を受けて……泣いてすがってみるか?


「なあモカ……たのむよ……謝るからさ……俺を捨てないでくれよ……世界一、モカを愛してるんだ」


俺はベットから降りてモカの足元で土下座をしてみた。

正直、情けないと思ったりもするが、何か行動してみないと事態は好転しない。

ただ、これが良いかどうか分からなかった。

一種の賭けだと思っている。


「なあ、モカぁ~」


俺はまだ続けてみた。

しかし、何の反応も帰ってこない。

これは失敗したかもと、モカの顔色を窺おうと顔を上げると、目の前にキラリと光るものが現れる


「う、うわ」


突如、俺に抜き身を剣を向けるアンソニー殿下


「貴様は恥を知れ」


俺は両手を挙げて降参の意を示す。


「ちょっと、トニー待って」


アンソニー殿下の腕にしがみつき制止を促してくれるモカ


「おい、離せモカ。こんな男は生きている必要などない」

「お願い落ち着いてトニー」


モカはなんとか矛を収めてもらおうと二人の間に割り込みアンソニー殿下に正面から抱き着く。

その必死な制止に答えるアンソニー殿下

すぐに剣は鞘にしまわれて、モカを抱きしめる。


「わかったよ、モカ」

「あ、ありがとう、トニー」


抱き合う二人を見て流石にこれはもう復縁は不可能だと思い知る。

前世の時とは状況がまるっきり違う。


モカはこれから俺以外の人と力を合わせて幸せになろうとしているのだ。


それによく考えてみろ、相手は王子様だ。

俺が逆立ちしても敵うはずがない。

むしろ、モカの幸せを考えるなら喜ぶべきことだ。


俺は情けない態度から一変し、節度ある態度に切り替える。

そう、諦めることが肝心だ。


「見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。アンソニー殿下、聖女モニカ様」


俺は膝をつき深々と頭を下げる。


「今後はこのようなことがないように致します、どうかお許しを」


俺の謝罪の言葉を聞いて満足してくれるアンソニー殿下。


「それでいい。いくぞモニカ」

「ちょっと待ってよトニー。サム、またね」


またね……か。

アンソニー殿下とモカが結婚すれば彼女はいずれ王妃。

身分が違いすぎる。

なるべく、会わないほうが良いだろう。


ただ、自分が思っているよりも冷静でいられる。

どうやら前世の記憶や経験が蘇ったからだろう。

現状を俯瞰して客観的に見れていると思う。

よく考えてみろ。

モニカは聖女に選ばれたのだ。

たかが、騎士の息子と結ばれるなんて分不相応だ。


「今更、新しい恋なんて……出来るかなぁ……はぁ、無理だろうな……なぁ、可憐」


俺は一人残された部屋で、独り言をつぶやきながらため息をついた。


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