第5話 悪役令嬢とモブの婚約破棄

『ロゼッタ、今この瞬間を持ってお前との婚約は破棄する!』


「ん?」


夜会のパーティ会場で何やらイベントでも開催されたのだろうか?

若く凛々しい金髪の男性が声高らかに宣言した。

にしても、内容が少々穏やかではないのだが?


「そ、そんな……私はいつもアンソニー殿下のことを思って……」


俺はイベントが行われているであろう場所が見えるところへ移動する。

そこでは2人の男女が少し離れた位置で会話をしていた。


「うるさい。そのような戯言を信じる俺ではない」


男のほうは声量も大きく、威圧的な感じだ。


「アンソニー殿下……」


対して、女性は真っ青な顔をしており声も震えている。

彼女の髪は情熱的な赤色でこの国でも珍しい。

また、手入れが行き届いているおかげで、艶がよく光っているように見えるほどだ。

だが、その髪も艶がなくくすんだように見えてしまっている。


「俺にふさわしい女性が現れたのだ!」


ちなみに男性はこの学園では超有名人で王子様のアンソニー=ヴォルディスク

第二王子であるが次期国王としての期待が高い。

優秀がゆえに第二王子のアンソニー殿下を推す貴族が多いとか。


にしても、婚約破棄って聞こえたんだが?

その理由が相応しい女性?

王子様……優秀だと聞いていたが……大丈夫か?


「そんな……私の何が不服なのですか?」


対する女性もこの学園では超有名人。

公爵令嬢であり、第二王子の婚約者ロゼッタ=ヴィンダーソン

言い争っているのは婚約者同士なのだ。


「そんなもの自分の胸に手を当てて考えろ」

「そんな……アンソニー殿下」


王子様の破天荒な言葉で崩れ去るロゼッタ令嬢。

正直、見ていられないな。

だが、周りの女性は何故かロゼッタ令嬢に冷たい


(いい気味)

(ホント)


おいおい、ロゼッタ令嬢ってそこまで嫌われているの?

俺はいたって普通の令嬢だと思っていたが、どういうことだ?


『俺のこれからを支えてくれる最高の伴侶を紹介しよう』


またもアンソニー殿下が声高らかにしゃべり始める。

すると見慣れた女性が現れてアンソニー殿下の隣に並ぶ。


「え?……あ……」


俺は目の前の事実にショックを受ける。


「彼女がこれからの俺を支えてくれる、そして未来の国母となる聖女モニカだ」


声が出ない

理解が追い付かない

体も微動だにできなかった

呼吸も次第に出来なくなり呼吸困難になっているのがわかる。

まるで自分の体ではないようだ。


「は?……モニ……カ?う……うそ……だろ?」


口の中が乾いて上手く声が出ない。

そんなことよりも……なぜだ!

何故、そんなところにモカがいる?

ドレスも一緒に選んで同じ店でオーダーメイドしたものじゃないだろ?

そんなに高級ではないが、今着ている服は明らかに必要金貨の枚数の桁が違う


優雅に手を体の前に組んで立っているモカ。

その左手の薬指には眩しく輝く指輪が俺の心臓を焼き払う。

そう、一目で見てわかってしまうほど豪華で俺が送った指輪と違うからだ。


モカの指には俺の知らない指輪が光り輝いているのを見て少しづつだが可笑しくなっていく自分がいた。

さらに追い打ちをかける様にアンソニー殿下は俺を指さし忠告をしてくる。


「そこのお前も分かっているな?彼女は聖女として選ばれたのだ。今後、気安く話しかけるのはやめてくれたまえ」


アンソニー殿下はモカの肩を抱き寄せ俺のほうを見て勝利の笑みを浮かべる。

その光景を見た俺はどのように解釈すればよいかわからなかった。


「いいか、次から聖女と廊下ですれ違う時は跪いて動くなよ」


アンソニー殿下の訳の分からない言葉が俺には全くと言っていいほど響かない。

それよりも、モカに捨てられたという事実のみが俺の脳を破壊する。


「そんな……モニカ……あなたは……」


ロゼッタ令嬢は何かを言いかけるがその言葉に被せる様にアンソニー殿下は言葉を放つ


「ロゼッタ、モニカは神聖教会から聖女と認定されている。立場は君より上だということを理解しろ」


アンソニー殿下の言葉はどれほどロゼッタ令嬢に突き刺さったのだろう。

彼女はその場でバタンと勢いよく倒れてしまい、気を失う。


「ロゼッタ!」


倒れたロゼッタ令嬢に駆け寄るのはアルフレッド殿下だ。

アンソニー殿下の腹違いの兄である。


「おい、ロゼッタ、大丈夫か?」


アルフレッド殿下が抱き上げ声を掛けるが返事がなかった。


「すぐに彼女を医務室へ」


彼はロゼッタ令嬢を抱え上げ、そのままこの場を去ろうとする。

アルフレッド殿下はアンソニー殿下へ鋭い眼差しを向けるがすぐに出口へと向きを変える。


夜会の会場が混乱する中、俺はモカが別の男に抱き寄せられていることを見つめ続ていた。

それに先ほどからモカは俺と目を合わせてくれない。


「なんで……」


彼女に手を伸ばそうにもそれすら許さない様な気がした。

ただ、頭の中にあるキーワードで思考回路が停止する。

そう、俺は「捨てられた」のだ。


俺と先ほど倒れたロゼッタ令嬢は婚約者に捨てられた。

その事実をどう解釈すればよいのか分からない。

これが現実なのかと受け入れることが出来ずに必死に頭の中で否定するも目の前の現実が否定を否定する。


頭が可笑しくなったんだろうな。

ふと、遠い記憶が思い出される。


それは悪役令嬢の婚約破棄というアニメで見たことのある場面だ。


「あはは、俺はモブだったのかな……そして、ロゼッタ令嬢はまるで悪役令嬢だな」


ん?

……って、あれ?

もしかして、これはゲームのイベント?


いや、俺はそんなものを知らない

ゲームってなんだ?

乙女ゲーム?いや、俺はプレイしたことがない。

アニメや小説で見たことあるとか?

ちょっと待て


……そもそも、ゲームやアニメってなんだ?


更に頭が混乱してきた。

どうなっている?


モカに捨てられたから頭がおかしくなった?

ありえるな。

確か、この世界の身分制度は小説で見るような絶対王政で、魔法技術が発達しており都市部機能は産業革命時のイギリスに近い。いや、でも食文化は日本に近いのか?


……だ・か・ら!産業革命ってなんだよ!日本ってどこだよ!?


いや……思い出した。

俺……転生者なのか……!


何も出来ない俺はその場で動けない状態でモカを見る。

その後もずっと俺とは目を合わせないモカ。

思考が混乱して挙動不審な俺に対して軽蔑の目を向けるアンソニー殿下


「ふん……では我々も行こう」

「はい」


モカはアンソニー殿下の言葉に笑顔で返事をする。

そして、アンソニー殿下が構えると腕を取り体を寄せるモカ。

二人はゆっくりと歩幅を合わせて夜会の会場から出ようとしていた。


それを呆然と見つめるだけの俺

今の俺にはどうするのが正解なのか分からなくなっていた。

今自分のおかれた環境を整理するには時間が必要だな。


にしてもなんだか、懐かしい感じがする。

前世を色々と思い出すなぁ……って、なんだ……頭が……痛い……割れそうだ。


「キャー、ちょっと人が倒れたわ」

「……サム!(ダーリン)」


薄れゆく意識の中、女性の悲鳴が聞こえた

それと同時にモカの声も聞こえたような……気がした。


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