ⅩⅢ 旅立ちのススメ(2)
「か、海賊!? 童顔のあなたが? ……で、でも、この前は通りすがりの旅の医者だと……他にも錬金術師って言ったり、悪魔召喚する魔術師だったり……いったい、どれが本当のあなたなの?」
その突然の告白に、当然のことながらマリアンネはまた違った意味で面食らう。
「童顔て……どれも本当の僕だよ。でも、本職は海賊でね。それも〝魔導書を専門に狙う海賊〟だ」
対してマルクはいたく冷静に、ちょっと嫌そうに眉を
「
「ああ、そうさ。この前、僕の父…いや、本当は父親代わりだった人なんだけど、その育ての親が魔導書の不法所持の罪で殺されたっていう話をしたのは憶えてるかい?」
さらにわけがわからなくなるマリアンネに対して、以前、家を訪れた際に口にした話題についてマルクはなぜか触れる。
「え、ええ……確かそんなこと言ってたね。わたしのパパと一緒だって……」
「そう。僕らはどこか似たような境遇だ……でも、僕と禁書政策の因縁はそれだけじゃない。僕の本当の名前はマルク・デ・スファラニア。今は亡きスファラーニャ王国を統べる王家の第四王子として生まれた。王家唯一の生き残りさ」
「こ、今度は王子さま!?」
たたみかけるが如くさらっと告白してくれる驚くべき情報の数々に、彼女はもう完全についていけてない。
「父君も母君も兄弟達も……僕は魔導書の禁書政策をとらなかったことを大義名分に、エルドラニア王国とプロフェシア教会を率いる預言皇庁によって、国ごとすべてを奪われたんだよ……禁書政策さえなかったら、育ての父も本当の家族もそして故郷の国も、僕はすべてを失わずにすんだんだ……」
「そう、だったんだね……あなたが魔導書にこだわる理由が、なんとなくわかったような気がするよ……でも、それと海賊になって魔導書を奪うのと、どう関係があるの?」
マルクの出自を知り、彼が自分以上に禁書政策の弊害を被ってきたことは理解できたものの、その過去と海賊の話がぜんぜん繋がってこない。
「復讐だよ……といっても、故郷を滅ぼしたエルドラニアや預言皇庁に対しての個人的なものじゃない。魔導書の禁書政策そのものと、それを是とするこの世界に対してだ!」
「世界への復讐……?」
「ああ。禁書政策のために不幸になっているのは僕らだけじゃない。白死病の流行だって、誰もが魔導書を自由に使えれば、悪魔の力で病魔を抑え込むことができただろうし、そうなればニャンバルク市民に犠牲者が増えることもなく、今回のゲットー襲撃もなかったろう……他にも飢饉や災害、あらゆる不幸が魔導書の使用で防げるはずなのに、その力を王権と教会が独占しているのさ。今のこの世界ではね」
「……ゲットーが襲われることも……なかった……だったらみんなも、それにわたしも……」
彼の口にした〝もしも〟の結末には、マリアンネも思わず強い反応を示す……白死病さえ流行らなかったら、ゲットーの仲間達が殺されることも、そのために自身が大量虐殺をはたらくこともなかったのだ。
「現在、はるか海の向こうに見つけた新天地(※新大陸)での植民地政策を推し進めているエルドラニアは、領地運営のために希少な魔導書を教会図書館の奥深くから取り出し、武装された護送船団で向こうへと運んでいる……それを奪い、写本を作って広く流布することで禁書政策を根幹から揺るがす……それが僕の狙いさ」
「魔導書の写本を……?」
一見、なんの脈絡もなかった彼の過去とこれからなそうとしているその行いが、ようやくにして繋がり始めた。
「ああ。たとえ非合法だろうと、皆がそれを欲しているからね。だが、そのためには力がいる……その力がこれから作ろうとしている新たな海賊の一味だ。僕は父さんが死んだ後、新天地へ渡って海賊の船で働いていたからね。その一味もエルドラニアとの交戦で壊滅しちゃったけど、今は僕がその船を受け継いで海賊船の
「……なるほどね。そのための魔導書を狙う海賊ってわけか……」
いろいろと驚くべき新情報が多すぎて、正直、頭が混乱して眩暈を起こしそうではあったが、マリアンネにも彼が言わんとしていることが、なんとなくわかったような気がする。
「この前言ったように、今、僕が旅しているのも世に埋もれた魔導書を探し出して、やっぱりその写本を作って拡めるためなんだけど、もう一つある旅の目的が、その一味に加わってくれる仲間探しなのさ」
「仲間探し?」
「ああ。僕の船に乗ってくれる仲間だ。だが、誰でもいいってわけじゃない。海賊稼業に役立つ能力はもちろんのこと、それ以上に僕と同じ想いを持った同士でなくちゃならない」
「同志……」
その、なぜだか心に響く言葉を、マリアンネはオウム返しのように呟いた。
「ああ、そうさ。僕や君と同じように、魔導書の禁書政策によって運命を狂わされ、その理不尽に対しての強い恨みや怒りを抱いている同志だ……だから君を誘ったんだよ、マリアンネ・バルシュミーゲ」
ここまで長々と説明をしてきたマルクであるが、改めて彼はマリアンネに本題を告げる。
「大罪人である自分は、もうみんなと一緒にいられない…と、さっき君は言ったね? どうせ同じ凶状持ちなら、僕と一緒に海賊をやってみないかい? ずっと僕らを苦しめてきた、この世界を変えるために」
「……!」
同じ凶状持ちなら……大罪を犯してしまった自分には、最早、居場所などどこにもないと思っていた彼女の心を、マルクのその誘いは強く捕える。
「もちろん、君が持つお父さん譲りの錬金術と火器に関する知識や、あのゴーレムの力も海賊としてはたいへん魅力だしね。ぜひとも欲しい人材だ」
「わ、わたしは……その……」
それどころか自身を必要としてくれている彼の言葉に心を揺り動かされるマリアンネではあったものの、それでも踏ん切りがつかずに彼女は眼を逸らして逡巡する。
「まあ、答えは急がないよ。じつはこれまでにも幾人かに声をかけてあってね、賛同者は来年四月の新月の夜、エルドラニア最大の港町ガウディールの宿屋〝宝島亭〟へ集まる約束になっている……もしこの誘いに乗ってくれるのなら、君もそこへ来てくれ。そしたらすぐに新天地へ向けて出航だ」
そんな思い悩む彼女に考える猶予を与えるかのようにして、マルクはそうしたこれからの予定を告げる。
「それまで僕はもう少し各地を廻って、魔導書と仲間集めを続けるつもりさ……さて、僕も教会に目をつけられると火炙りにされかねない身の上なんでね。騒ぎが広まる前にそろそろ失礼するよ。君らも急いだ方がいい……じゃ、そゆことで。君もガウディールへ来てくれることを期待しているよ、アウフ・ヴィーダーゼーエン(※じゃあまたね)!」
そして、口早に言うことだけ言ったマルクは、思いの外にあっさりと、さっさと別れを告げて旅立ってしまう。
「……え? あ、ちょ、ちょっと待っ……んもお! 勝手なんだからあ……」
別れを惜しむどころか、余韻も残さず去り行く彼の後姿を、マリアンネは頬をぷっくり膨らませて不服そうに見送る。
誘うだけ誘っておいて、相手の気持ちも確かめないまま去ってしまうとは、なんと身勝手で自由な人なんだろう……あんな風に言ってたけど、ほんとはそれほど本気ではなかったんだろうか? ……いや、それとも、もうすでに自分が答えを出しているとわかっていた?
「……海賊……それに新天地かぁ……それもいいかもしれないな……」
崩れたゲットーの門を抜け、破壊されたニャンバルクの街を小さくなってゆく彼を見つめながら、マリアンネはぽつりと呟く。
「どうしようか? ゴリアテちゃん」
続けて、背後に立つゴーレムの方を振り返ると父の形見であるその土人形に、もう出しているその答えへの相棒としての意見を戯れに求めた。
(Die Alchemistin das Massaker 〜殺戮の錬金乙女〜 El Pirata Del Grimorio/CERO Episodios : Marianne 了)
Die Alchemistin das Massaker 〜殺戮の錬金乙女〜 平中なごん @HiranakaNagon
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