ⅩⅡ 殺し好きの悪魔(3)
「………………」
潰れた屋根の隙間から這い出ると、さっきまでとは違って外は妙に静かだった……。
まだ遠くで人の叫ぶような声は聞こえているが、逃げ惑う人間の姿はすでに周囲に見られない。
そして、肝心のマリアンネとそれを乗せるゴーレムはというと、道の真ん中でピタリとその動きを止めていた。
「止まってる……よかった……」
「ま、マリアンネ!」
それを見てマルクと、そして頭陀袋を放り出したヤーフェルもその足下へと駆け寄る。
「少しは落ち着いたかい? そしたら早速で悪いんだけど、ゴーレムをゲットーに戻してくれないかな? もうわだかまりはなくなったと思うけど、街の人達にとっては恐怖の対象であることに違いはないだろうからね」
「さあ、我らの家へ帰ろう。すっかり燃えてしもうたが、おまえさんのおかげで生き伸びた者達が待っておるぞ?」
俯いたまま、静止したゴーレムの肩に座るマリアンネに対し、マルクとヤーフェルは穏やかなな口調で、そう優しく語りかける。
「……ダメだよ、ゴリアテちゃん……わたし達、まだやめちゃダメなんだよ……」
しかし、マリアンネはそれには答えず、赤ずきんの影に顔を隠すと、何かブツブツと小声で呟き続けている。
「……ん? どうしたんだい?」
「どうしたんじゃ? どこか具合でも悪いのか?」
見えないその顔を覗き込むようにして、二人は心配そうにさらに声をかけるのであったが。
「……ダメなんだよ……ここでやめたら、パパも、殺されたみんなも浮かばれないんだから……わたしが…わたし達がみんなの無念を晴らさなくちゃ……」
彼女は赤ずきんの下で悲痛な表情を浮かべ、歯を食いしばるようにしてそんな独り言を口にしていた。
「くっ……やるよ、ゴリアテちゃん!」
「オオオオオオ…」
そして、キリっと前を向き直ると、再びゴーレムはその巨体を動かし始める。
「うわあっ…!」
「なっ……!」
マルクとヤーフェルはまたも踏み潰されそうになり、今度もとっさに傍へと逃れる。
「おい! どういうことだよ!? まだぜんぜん怒りが収まってないじゃないか!」
続けざま、マルクは後方斜め上を振り返ると、そう大声を張り上げた。
「いいや。ちゃんと俺は依頼通りに仕事をこなしたぜ? そのお嬢ちゃんも含め、この辺りにいるやつらからは怒りの感情をすべて消し去ってやった」
しかし、そこに浮く半透明をした学者風の悪魔は、鼻メガネを人差し指で押し上げながら、マルクの文句に反論する。
「だが、その嬢ちゃんは意外と感情より頭で動くタイプのようだ。怒りは収まっても納得がいかないのさ。強い義務感とでもいうやつか……いや、辻褄が合わないんだろうな。この理不尽な扱いに対する責任をとらせねえと、その不条理に自らの心が壊れちまうんだろうさ」
「そんな……じゃあ、どうすりゃいいんだよ? おまえの力でなんとかならないのか!?」
悪魔の超常的な力により、彼女の心情を的確に把握してみせるグラシア・ラボラスを見上げ、マルクは焦りを覚えながら再度大きな声で問い質す。
「そんなもん俺の知ったことか。俺は契約した通りに願いをきっちりかなえてやった。あとはそれこそ、貴様のその手八丁口八丁で説得でもなんでもすればいいだろう?」
だが、悪魔は嬉しそうに薄ら笑いを浮かべると、先刻の意趣返しとばかりに冷たく彼を
「ま、一番てっとり早いのはあのお嬢ちゃんを殺しちまうことだ。そうしたらゴーレムも止まるし、お嬢ちゃんも苦しみから解放されて万事一件落着だぜ? それなら対価なしでもよろこんで手伝ってやる。クククク…」
「なにが一件落着だよ! 誰がその手に乗るか。いいよ、もうおまえの力には頼らない。ああ、あとは僕独りでなんとかしてみせるさ。さあ、契約満了だ。おまえはさっさと地獄へでも帰るがいい」
加えて、言う通りに確実だが非道な選択肢を提示してほくそ笑む憎たらしい悪魔に、マルクもキレるとそう言い返し、追い払うかのようにシッシッと手を振ってみせた。
「ほう…そうか。そいつはまあ頑張ってくれや。だが、説得に失敗して、ますます死人が増えなきゃあいいんだがな。んじゃあ、あとは貴様の活躍を影ながら応援しつつ、勝手にお手並み拝見とさせてもらうぜ……」
すると悪魔はさらに小憎らしい台詞をその場へ残し、周囲の闇へ溶け入るかのようにして薄らいで消える。
「あいつめぇ、やっぱり最低最悪の悪魔だな……よし。一か八かやるしかないか……口八丁、上等じゃないか! 失敗したら、ほんとニャンバルクの街はもうおしまいだ!」
そんな悪魔の消えた宙空を睨みつけ、悔しそうに歯ぎしりをするマルクは、くるりと不意に踵を返すと、ヤーフェルが放置した頭陀袋の方へと走った。
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