ⅩⅠ 暴走の乙女(3)

「──オオオオオオ…!」


「ひいぃ……た、助けてくれえぇぇぇーっ…!」


 その間も、冷酷な眼をしたマリアンネの意思を汲みとるかのようにして、土の巨人は無差別に人家を次々と破壊し、慌てて逃げ出してきた暴徒でない市民達も、降り注ぐ大量の瓦礫に頭を抱えて逃げ惑っている。


「もうよい! やめるんじゃマリアンネ! ゴーレムを止めるんじゃ!」


「…んしょ……暴徒は全員いなくなった! だからもう大丈夫だ!」


 本の入った頭陀袋を二人して荷台から下ろし、そんな暴れる巨人の足下へ駆け寄ったヤーフェルとマルクは、踏まれないよう注意しながら声を張り上げてマリアンネを制止する。


「おまえさんもゴーレムも立派に役目を果たした! これ以上はもう闘わなくていいんじゃ!」


「ほら、約束してたお父さんの本取り返して来たよ! さあ、ゲットーへ戻って一緒に消火の手伝いをしよう!」


 そして、亡き父の蔵書で膨らんだ大きな袋を見せつけ、巨人の肩に乗った彼女へさらに重ねて訴えかける。


「パパの本? ……ああ、ほんとに取り返して来てくれたんだね。ありがとう……」


 〝父の本〟というその言葉に、凍てつく氷のように冷たい表情をしたマリアンネも、さすがに気を惹かれたのか? マルク達の方を見下ろした。


「でも、今、忙しいからそこら辺に置いといて。わたし達、これからこの街を消し去らなくちゃいけないんだあ……」


 だが、思ったほどの興味を彼女が示すことはなく、やはり冷酷な面持ちを保ったままで淡々と怖いことを口走っている。


「ひ、ひやあぁああああーっ…!」


 その時、ゴーレムによって半壊させられた建物の中から、一人の男が悲鳴をあげて飛び出してきた。


「あ、ゴリアテちゃん、そっちに一匹逃げたよ? 踏み潰しちゃって」


「オオオオオオ…」


 それを見たマリアンネは、まるでハエでも叩き潰すのと変わらないように、なんら躊躇いを抱きもせずに巨人へその殺害を命じる。


「よさぬか! 彼らにはもう我らを襲う意思はない! もう終わったんじゃ。自分達を守るためとはいえ、殺人はダーマの戒律でも定められた最も忌むべき大罪。これ以上無駄に罪を重ねるでない!」


 そんな少女と従順な土でできた巨人の前方に、ヤーフェルは両手を広げて立ちはだかると、彼女を教え諭すようにして声を張りあげる。


「……大罪? なにを言ってるの長老さま。大罪を犯したのはこいつらだよ。そんなやつらを放っておく方がむしろ罪なんじゃないかな? だから、ちゃんと一人残らず罪を償わせなくっちゃ」


 しかし、彼女は表情を崩さぬまま…否。むしろ薄ら寒い冷笑まで湛えた顔で無慈悲な反論を平然と言って寄こす。


「ま、まあ、数名は逃げたかもしれないけどさ。ゲットーを襲った暴徒達はほとんど君らが始末しちゃったと思うよ? 報復も充分できたことだし、もうここらで手打ちにしてもいいんじゃないかな? それにこれ以上やると暴徒以外の人達にまで被害が広がるだろうし」


 そこで今度はマルクも割って入ると、道に転がったたくさんの痛ましい屍体を眼で指し示しながら、そう理路整然と彼女の説得を試みる。


「ああ、それなら心配いらないよ。だって、この街に住む者全員が…ううん、この街自体が〝罪〟だもん。こんな街があったから、パパもわたし達も酷い目にあったんだよ。それに、わたし達の住むとこが焼けちゃったのに、こいつらの家だけ残ってるのも不公平だもんね……だから、この街を住民ごとすべて消し去ってやるんだあ……」


 だが、そんなマルクの説得も聞く耳は持たず、微塵も疑いは抱いていない様子で自らの正義をますます補強する。


「さ、わかったらそこをどいて? でないと踏み潰しちゃってもしらないから。さ、ゴリアテちゃん、行くよ?」


「オオオオオオ…」


 そして、眼下の二人に注意を促すと、止めていたゴーレムの足をまたゆっくりと動かし始めた。


「ひぃ…!」


「うわっ…!」


 言うが早いか蹴飛ばされそうになったヤーフェルとマルクは、慌てて傍らへ飛び退くと辛くも難を逃れる……最早、二人の命すらどうも思ってはいないらしい。


「ゴリアテちゃん、片っ端から壊して進もうか?」


「オオオオオオ…!」


 他方、再びズーン……ズーン……と不気味な地響きをあげ、その恐怖の歩みを再開した少女と土人形は、巨拳による家々の破壊をなおも引き続き繰り返してゆく……。


「だめじゃ。なにを言うてもあの子の心にはもう届かん……それほどまでに、深い怒りと悲しみに染まったあの子の心は壊れてしもうたんじゃ……」


 その悪鬼羅刹が如き一人と一体のおぞましい後姿を、またも呆然と見送ることしかヤーフェルにはできない。


「こうなったら、もう悪魔の力に頼るしかないか……この状況からするとあいつ・・・だな。長老さん! ちょっとこの本持っててください! 僕がなんとかしてみます!」


 対してそのとなりでなにかブツブツ呟いていたマルクは、不意に頭陀袋を放して踵を返すと、そう叫びながら近くの半壊した家へと向かった。

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