Ⅹ 父の仇(3)

「……んくっ…そんな……わたし達があなた達に何をしたっていうの?」


「だから言ったであろう? ダーマ人であることが最早、大罪なのだと。さあ、お喋りは終わりだ。さっさとあの巨人の弱点を教えろ。さすれば命だけは助け、改宗してプロフェシア教徒として生きることを許してやる」


 息苦しさを堪え、そのあまりにも理不尽な主張にマリアンネは抗議するが、まるで聞く耳を持たぬ執事は命の交換条件にゴーレムの弱点を要求してくる。


「さあ、とっとと答えろ! でなければ貴様も父親と同じように…」


 ところが、シュトライガーがもう一度、短剣を突きつけて脅しをかけようとしたその時、パーン…! という乾いた音が周囲の闇に木霊し、不意に執事はその言葉を途切れさせた。


「……な……ば、バカな……」


 目を見開き、驚いた顔で後退る彼の脇腹には、銃弾による風穴が開けられると、みるみる真っ赤な血が服の布地に広がっていっている……。


「ゴリアテちゃんじゃなく、わたしなら簡単にどうにかなると思った? 大間違いだよ。わたしもパパに…偉大な錬金術師エリアス・バルシュミーゲに生み育てたれた娘だもん。いわばゴーレムと同じだよ?」


 そんな彼を冷徹な眼差しで見つめるマリアンネの小さな手には、細い煙をたなびかせる一丁の短銃が握られていた。

「…ゴハっ! ……な、なぜ貴様が……そんなものを……」


「パパは火薬造って売ってたし、火器のカラクリにも詳しかったからね。この銃もパパが造ったものなんだ。しかも、火縄のいらない燧石フリントロック式だよ?」


 口から血を吐き出し、信じられないという様子で譫言のように呟くシュトライガーに、腰のベルトに吊るした革製ホルスターへ銃を差し込みながら、どこか自慢げな口調でマリアンネは答える……ゴリアテとともに家を出る際、短銃も装備してきたマリアンネは、こっそり手を伸ばして後ろ手に引金を引いたのである。


「あなたはパパやみんなの命を奪った……それは、あなた達プロフェシア教徒の教えでも大罪のはずだよ? でも安心して。わたしの方こそ、その罪深き肉体から魂を解き放ってあげる……」


 驚愕の表情を浮かべる瀕死のシュトライガーに、マリアンネはそう告げると今度は右側のホルスターから新たな短銃を引き抜いて撃鉄を起こす……もう一丁、燧石フリントロック式銃を持っていたのだ。


「……お、おのれ、邪教徒めが…」


 再びシュトライガーが悪態を吐こうとした瞬間、向けられた短銃の銃口がパーン…! と火花を散らし、額に穴の穿たれた執事は目を見開いたまま即死する。


「人を撃ち殺しちゃったのになんにも感じないな……ああ、そうか。こいつら、人間じゃないからか……」


 氷のように冷たい瞳で倒れ伏すシュトライガーのむくろを見下ろし、その醜く歪んだ彼の死相にマリアンネはぽつりと呟く。


「……そうだ。ゴリアテちゃん! もう動いても大丈夫だよ! そんなの早く蹴散らしちゃってよ!」


 それから思い出したかのように顔を上げると、なおも斬りつけられている無抵抗なゴーレムに、安心して闘うよう大声でそう伝えてやる。


「まだまだあ! この正義の剣を食らえっ!」


 その時、駆け抜けて行った城伯が反転し、性懲りもなく馬を駆ってまたもファルシオンで斬りかかってきた。


「オオオオオオ…!」


 刹那、不意に動いた土の巨人は、その巨大な拳で馬ごと城伯を殴り飛ばす。


「ぶへえっ…!」


「ブヒヒヒヒヒーン…!」


 強い衝撃を食らった馬はど派手に横倒しに倒れ、放り出された城伯は土煙を上げながら、ゴロゴロと冷たい地面の上をおもしろいように転がってゆく……。


「あなた、なんか変な恰好してるけどニャンバルク城伯でしょ?」


 無様に転がったその騎士にゆっくりと歩み寄りながら、冷めた眼をしたマリアンネは敬語も使わずにそう尋ねる。


「……うぐぐ……よくぞ見破ったな。いかにも。正義の騎士・屠殺シュラフテン王とは仮の姿……しかしてその実体は、ニャンバルク城伯ジョハン・フォン・ニャンバルク三世であるぞ!」


 派手な転倒の割には無事だったらしく、ヨロヨロと立ち上がった城伯ジョハンはバケツ型兜を脱いであっさりその正体を明かす。


「ホーレンソルン家の一門にしてニャンバルク城伯たる我を殴り飛ばすとはなんたる無礼! 巨人ともども小娘もそこになおれ! 我自らの手で首を刎ねてくれようぞ!」


 そして、自身の置かれた立場もわきまえずに貴族風を吹かし、ファルシオンの切先を突きつけて斬首刑を宣告してくる。


 無論、その言動は、ただでさえ殺意を宿したマリアンネの心をますますもって苛立たせる……。


 そうしたあらゆる面において勘違いをしているところが、イスカンドリア皇帝を選ぶ選王侯の一人〝ブランデーバーグ辺境伯〟となった弟パードラシュ・フォン・ホーレンソルンとの違いを生んだのであろう。


「くっ……あなたさえいなければ、パパもみんなもこんなことには……ゴリアテちゃん! かまわないから思いっきりやっちゃって! パパの仇を思いっきりぶちのめして!」


 悔しそうに奥歯を噛みしめたマリアンネはみるみる怒りを露わにすると、改めて父親のゴーレムに叫ぶようにしてそう命じる。


「オオオオオオーっ…!」


 そんな彼女の気持ちが伝わったのか? 跳び出した土の巨人はこれまで以上に大きな唸り声をあげ、その勢いのまま、城伯目がけて巨拳を振り下ろす。


「…む! 再び我に闘いを挑むかこの巨人め…ぶぐへぇっ…!」


 その大質量の巨大な拳の直撃を受け、なおも騎士気取りの城伯ジョハンは拳とともに地面へめり込んだ。


「オオオオオオ…」


 血塗れの拳を地面に開いた穴から引き抜くと、その底では甲冑ごと城伯の屍体がペシャンコに潰されている。


「パパ、仇は討ったよ……」


 その無惨な城伯の残骸を穴の上から見下ろし、変わらぬ冷徹な眼差しでマリアンネは独り呟く……だが、父親の仇討ちを見事果たしても、彼女とゴーレムの殺戮はそれだけに止まらなかった。


「でも、まだまだみんなを苦しめたやつらが残ってるもんね。全員、ちゃんと始末しなきゃ……行くよ? ゴリアテちゃん。んしょっ…と」


「オオオオオオ…」


 しゃがんだゴーレムの腕を伝ってその肩へまた腰掛け、マリアンネは土の巨人とともに逃げる暴徒を追い始める……。


「──た、助けてくれえぇぇぇーっ…!」


「く、来るぞ! は、早く逃げろぉぉぉーっ…!」


 一方、そのゲットーを襲撃した市民達は、仲間ばかりか〝屠殺シュラフテン王〟一派も殺されるのを目の当たりにすると、誰もが武器を打ち捨てて、我先にとゲットーから脱出しようとしている。


「ダメだよ、逃げちゃ……自分達だけ助かろうだなんて、そんなの許さるわけないじゃん……」


 ズーン……ズーン…と再び低い足音を闇に響せ、燃え盛る家々の間の通りを直進するゴーレムとマリアンネは、ゲットー出口に詰めかけた市民達へも容赦なく背後から襲いかかる。


「は、早くしろ! 道を開け…ぐへあっ…!」


 大きく腕を振るったその一撃で、十数名の市民達が横薙ぎに薙ぎ払われて木の葉のように宙を舞う……命だけは助かった者も中にはいるが、半分以上が骨を砕かれ落命したことだろう。


「う、うわあぁぁぁぁーっ…!」


「か、神さまぁぁぁーっ…!」


 幸運にもその一撃を避けた者達は、息つく暇もなくゲットーの門から外へと流れ出すが、狂気を帯びた少女の追撃はそれでもまだまだ終わらない。


「あ、何人か外しちゃったね。ゴリアテちゃん、あいつらも後追って片付けるよ?」


「オオオオオオ…!」


 マリアンネを乗せたゴーレムは左右の門柱に手をかけると、バキバキ…とそれを崩しながら、門を壊して市街地へも踏み出した──。

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