Ⅹ 父の仇(2)

「なんと情けない……おのれ、よくも我が兵を!」


 その無様な負けっぷり…というのは少々酷であるが、その手も足も出ない家臣達の有様に城伯は馬の上で激昂する。


「あの娘は確かエリアスの……そうか。あれもエリアスが錬金術か何かで造り出したものだったか……おのれ。どこまでも我らを小馬鹿にしおって……」


 他方、そのとなりでシュトライガーは目敏くも、家の影から覗いていた赤ずきんの少女の正体に気づく。


 城伯達が戦闘に気を取られる中、彼だけはゴーレムの肩にいた少女のことをずっと疑問に思っていたのだ。


「閣下! 少々敵の目を惹いていてください。私に良い策がございます」


 少女がマリアンネであるとわかると、シュトライガーはその口元を悪どく歪め、どことなし愉快そうにそんな頼みごとをする。


「うむ、よかろう。ここはこの屠殺シュラフテン王に任せておけ!」


 それに城伯は胸を張ると、バケツ型兜の中で大きく自信満々に頷いてみせた。


「では、お任せいたしました……」


「やあやあ我こそは正義の使徒、護教の騎士、屠殺シュラフテン王なるぞ! 邪教徒のしもべたる悪しき巨人よ! 正々堂々、我と勝負せい!」


 闇の中へ走り去るシュトライガーを見送ると、すっかり騎士道物語の主人公気分に浸っている城伯ジョハンは、ファルシオンの切先を差し向けてそう名乗りをあげる。


「おい、巨人よ! そなたも名乗らぬか! 相手に名乗らせて名乗らぬとはなんと無礼な! 一騎打ちの作法も知らぬのか!?」


「オオオオオオ…?」


 なおも城伯は古き良き時代の騎士になりきり、朗々とゴーレムに騎士道の作法を説いてみせるのだが、ゴリアテは無表情に小首を傾げるだけだ。


「わっ…なんか変なの出てきた……どうしよう? あれもっちゃっていいかな

……?」


 それをマリアンネは家の影に隠れたまま、嫌そうな顔で眺めて悩む。


「ま、あの兵士達の親玉みたいだもんね。ほっとくとまた犠牲者でちゃうし、あれも気にせず潰しとこう……ゴリアテちゃん! かまわずにやっちゃって!」


 それでも襲撃してきた暴徒の仲間に違いないので、口元に手を当てると大声でそうゴーレムに命じようとしたのだったが。


「捕まえたぞ、小娘!」


「きゃっ…!」


 不意にマリアンネは背後から首に腕を回され、橙色オレンジの焔にギラリと光る、鋭利な一本の短剣が彼女の目の前に突き立てられる。


「親も親なら子も子だな。またも邪教の術で我らをたばかりおって……さあ、父親のようになりたくなかったら、大人しくあの巨人に動くなと命じろ!」


 左腕で彼女の首を絞めつけながら、そのフードを被った男は短剣をチラつかせてマリアンネを脅す。


 それは、今しがた闇に消えたシュトライガーだった……彼は城伯がゴーレムの気を惹いている内に、ぐるっと道を廻り込むと家と家の隙間に開いた空間へ潜り込み、背後からマリアンネのもとへ密かに忍び寄っていたのである。


「…うくっ……あ、あなたはニャンバルク城の執事……」


 絞めつけられる首に息苦しさを感じながらも、その声と話の内容からマリアンネもそれが誰であるかに気づく。


「ああ、そうだ。シュトライガーだ……おい! デカブツ! これを見ろ! この娘の命が惜しくば抵抗はやめろ! そこで指一本動かさずに切り刻まれるんだ!」


 その呟きに頷いたシュトライガーは、強引にマリアンネを家影から引っ張り出すと、見せつけるようにしてゴーレムの側も強迫する。


「オオオオオオ…」


「閣下! 今です! 動けぬ巨人を討ってください!」


 そして、主人を人質に取られて動きを止めた隙を突き、ゴーレムへ攻撃を仕掛けるよう城伯に合図を送る。


「うむ! なんとも卑怯だがよくやったぞ、シュトライガー! さあ巨人よ! 我が成敗してくれようぞ! ハァっ…!」


 その声に城伯は馬を走らせると、そのまま脇を駆け抜けざま、動きを止めた巨人の胴にファルシオンで斬りつけた。


「むむっ! なんという硬さ! だが、我は負けぬぞ!」


 兵士達のハルバート同様、その刃は呆気なく弾き返されてしまうが、人質を取られた従順な土人形が反撃してくるようなことはない。


「ハァっ…! せやあっ! ……ならばこうだ! ハイヤっ! とりゃあっ…!」


 やり返さないのをいいことに、城伯はその傍を駆け抜けながら、何度も何度も動けぬ巨人を肉斬り包丁でかすめ切る……それしきで傷つくことはやはりないが、なんとも屈辱的な仕打ちである。


「…ぐぅ……ゴリアテちゃんによくも……閣下ってことはあの騎士……そうか。これも全部、あなた達の仕業だったのね……なんで、なんでパパばかりかみんなにもこんなひどいことを……」


 いいようにされるゴーレムを見せつけられ、締めつける腕に身悶えしながらも、その悔しさに眉間を歪めてマリアンネは執事を問い質す。


「なぜかって? フン。愚問だな。それにはおまえの父親が賢者の石エリクシアの製造法を教えなかったことや、街に白死病が流行したこと、数えあげれば理由はいくらでもある……だがな、一番の理由は貴様らが〝ダーマ人〟だということだ!」 


 するとその問いに、小娘の戯言たわごととはぐらかすようなこともなく、シュトライガーは意外なほど真剣に、大真面目な様子でそう答えた。


「我らが〝はじまりの預言者イェホシア〟の教えを拒み、あまつさえ死に追いやったダーマ人は存在するだけですでに罪! プロフェシア教の理想とする神の王国実現のため、この地上から一人残らず葬りさらねばならぬ! その死を持って罪深き運命から解き放ってやるのだ。むしろ感謝こそしてほしいものだな」


 いつになく能弁に、続けてシュトライガーは身勝手な正義を熱く語る……。


「にも関わらず、教会の護り手たる皇帝陛下ともあろう者が、金のためにダーマ人を庇護するなどなんたる背信行為! 私はそれが許せぬのだ!」


 見かけによらずこの執事、じつはかなりの敬虔なプロフェシア教徒にして過激な反ダーマ主義者だったのである。

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