Ⅷ 妄信の暴徒(3)

 しかし、人間とは本能的に平等を求めるもの……街で唯一、疫病に苦しんでいない彼らに負の感情を抱く者も少なくはなかった。


 例えば、ニャンバルク城内においても……。


「──シュトライガー、あのなんとかいう錬金術師はまだ黄金変成の方法を掴めておらんのか?」


「鳥ではなくトリスメギストスですね。マルク・デ・トリスメギストスです。だいぶエリアス・バルシュミーゲの蔵書を読み込んでいるらしいのですが、いまだその秘密を解き明かすまでには至らないようです」


 食堂でワインを飲みながら、つまらなそうに尋ねる城伯ジョハンに対して、執事はいつもの淡々とした調子でそう答える。


「ええい! 退屈じゃ! シュトライガー、いい加減、少しぐらいなら街へ下りても大丈夫であろう!? ずっと城の中に閉じ込められていては退屈で死んでしまうわ!」


 その返事に暇を持てあましていた城伯は、ついにそのイライラを爆発させた。 


 彼はここ数日、白死病の蔓延のために執事に止められ、ニャンバルク城からの外出を控えさせられていたのだ。


「なりません。ニャンバルク市内ではますますもって白死病が大流行をみせているとのこと。そんな所へ遊びになど行かれましては、閣下ご自身も白死病にかかってしまわれますぞ? どうしても外に出たいとおっしゃられるのなら、城の周りで狩りか散歩でもなさっておかれませ。ちなみに周辺地域でも流行してるため、遠出の狩りももちろん禁止です」


 だが、実直な執事は取り付く島もなく、ジョハンのワガママをバッサリと斬り捨てる。


「城の周りの山ではろくな獲物もおらんではないか! それに我はもっとド派手に飲めや唱えやの遊びがしたいのだ! そもそもなんで白死病などが我が城下で流行っておるのだ! 我はそんなこと許した憶えはないぞ! 市の参与会は何をやっておる!?」


 しかし、イライラの募った城伯のワガママはそれしきでは収まらない。やり場のない怒りの矛先を無茶苦茶にも病魔へ向けると、さらに自由都市ニャンバルクの参与会まで非難している。


流行病はやりやまいなので致し方ありますまい。いくら防ごうとも病魔は等しくすべての者の上に降りかかって参ります。誰が悪いということも……」


 それに至極真っ当な意見でなだめすかそうとする執事だったが、その途中でなぜかその言葉を止める。


「いや、違いますね。この白死病の猛威の中にあって、一ヶ所だけなぜかなんの害も受けていない場所があります」


「なに? そこはどこだ!? そこならば遊びに行ってもよかろう?」


 わずかに表情を曇らせ、再び口を開く執事シュトライガーに対して、城伯ジョハンは俄かに顔色を明るくして尋ねる。


「ダーマ人どものゲットーです。なぜかあそこからは白死病患者が一人も出ていないと聞きました。改めて考えると、なんだか妙な話だとは思われませぬか? これほど流行っているというのにやつらだけが無事でいるというのは……」


 城伯の質問の意図とは少々違う方向性で、その問いへの返答としてシュトライガーは続ける。


「これは、もしかするとやつらが白死病を流行らせているのやもしれませぬ! いえ、そう考えれば、やつらだけが病にかからないというのも納得がいきます。あのエリアスと同じ穴のむじな、錬金術で白死病を撒き散らす毒薬でも作ったのか、それともダーマの秘術で疫病を司る悪魔でも使役しているのか……おそらくは我らプロフェシア教徒を滅さんとする魂胆でしょう」


「なんと! この白死病はダーマ人のせいだったのか! ならば許せん悪行であるな……」


 それはあまりにも差別的で強索付会な理論の飛躍であったが、そもそもが直情型の性格な上に鬱憤の溜まっていた城伯は、この陰謀論にすぐさま飛びついてしまう。 


「そうです! いまだ〝はじまりの預言者〟イェホシアの御言葉を信じぬばかりか、このような非道、けして許してはなりませぬ! こうなれば我らの手で、神にそむきし邪教徒どもへ正義の鉄槌を下すのです! そうだ! 狩り・・です! 悪の権化どもの巣窟へ狩りに参りましょう!」


「おお、狩りか! それは城の周りなどよりもよほど退屈しのぎになる良い狩場・・だな……やつらには賢者の石エリクシアの件でも借りがあるからのう……ニャンバルクの平和と正義のため、ド派手に邪教徒狩りとまいろうぞ!」


 意外や敬虔な信徒にも宗教的に加熱する執事の言葉に比して、城伯はもっと俗的な感情と逆恨みから、その恐ろしい提案にも賛同する。


「しかし、相手は皇帝陛下の隷属民。事は慎重に運ばねばなりません……責めを負わないよう、閣下は身分を隠し、変装して名も偽ってください。そうですね……屠殺シュラフテン王など如何でしょう?」


屠殺シュラフテン王か……うむ。この狩りには相応しい良い名だ。では、蔵からこの城に伝わる古い甲冑を出してこよう。いにしえの騎士の姿ならば、誰も我とは気づくまいて」


 興奮気味とはいえ、いつもの冷静さをも忘れない執事の中二病的進言に、一転して上機嫌になった城伯もその名を気に入るともうノリノリだ。


「秘密保持のため、衛兵も少数精鋭のみを連れて参りましょう。なに、我らと同じ思いの者達は大勢います。すぐに大軍勢に膨らみましょうぞ……」


 そんな浮かれる城伯を見つめ、執事は薄寒い微笑みをその顔に浮かべると、なにやら意味深な言葉を最後に付け加えた──。

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